第22話 思い出話に花は萎れる
寒の戻りだろうか。もう春だというのにとても寒い。特に朝と夜は冷え込む。末端冷え性には辛い夜を過ごしていた。
「さっむ! 暖房つけよう」
エアコンのリモコンを手に取り、電源ボタンを押す。しかし、エアコンはうんともすんとも言わない。
「あっれ? 昨日まで普通についたのに」
電池切れだろうと思い、乾電池を探したがどこにもない。エアコンについているボタンを押せばいいが、おやすみタイマーをつけておかないとエアコンつけっぱなしは喉を傷めてしまう。今日は諦めて暖房つけずに寝ようと思い、布団に包まって目を閉じた。
「寒いし、寝れない……。足が冷える」
喉傷めたくないから暖房つけられないし、どうしようかと悩んでいるとあることを思いつく。
自室を出て、隣の部屋のドアを3回ノックする。「どうぞ」と返事があった。もう寝ているのかと思っていたが、助かった。
「失礼します……、お姉ちゃん」
「何よ、こんな夜中に」
「寒くて寝れないし、エアコンつかないし来た」
「そんなしようもないことで」
その反応ごもっともです……。
「まぁまぁ、そんなこと言わずに一緒に寝よ。ねっ?」
「べ、別にいいけど」
赤くなった頬を掻きながら目を逸らす姉。先日のことがあってから姉は少し素直になった。以前はツンツンしてたけど今は丸くなった印象。
「じゃあ、おじゃましまーす」
「って、一緒の布団に入るの!?」
「そのほうが暖かいじゃん?」
「シングルベッドに2人で寝るなんて狭くて無理! 床に布団でも敷いて寝なさい」
「ちぇー、分かったよ」
流石にこのベッドに二人で寝るのは厳しい。押し入れから布団を出し、ベッドの横に敷く。 暖房の効いた部屋。おやすみタイマーが設定されており、喉を傷める心配もいらない。
姉はファッション雑誌をペラペラと流し読みしていたが、時計を見て「もうこんな時間か」と呟いて寝支度をする。私は暖かい部屋でぬくぬくの布団に包まっていた。
「もう電気消すわよ」
「はーい」
煌々と点いていた電気が消える。明日は休みだけれども夜更かししないのが姉だ。私なら絶対夜更かしして1人で宴を楽しむのになー。レッツパーリ―!!
しかし、いつもと違い私がいるからか姉は落ち着かない様子。姉には申し訳ないことしたなーと思いながら目を瞑る。
しばらく沈黙が続く。姉も流石に寝てしまったかなと思っていたが、そうでもなかった様子。
「なんか昔を思い出しちゃう」
「昔って?」
「あんたが4歳の頃『物音がする、お化け怖いよー』って泣きながら私の部屋に来たことよ」
唐突に始まる思い出話。しかし、私は知らない。私が4歳の頃はこの世界に存在しないはず。しかし、姉の思い出の中では確かに私は存在しているのだ。私の思い出の中に姉は存在しないのに。
「そんなことあったかなー?」
「え、覚えてないの?」
私は覚えていないふりをする。姉は、ふふっと笑いながら話を続ける。
「普段ならにぃーやんのところへ泣きつきに行きそうなものなのに私のところに来たのは意外でよく覚えているわ。どうして私のところに来たの?」
「えー、分かんない。その話自体覚えてないもん。」
「でしょうね」
昔は、兄が声優になる前の、私がオタクになる前の、私たちは仲が良かっただろうか? きっと、兄が声優になる前、私がオタクになる前、姉がいじめられる前は今とは少し違った姉妹だったのだろうと思う。
姉は懐かしくなったのか思い出話に花を咲かせる。勿論私の知らない、姉もしくは兄の中でしか存在しない思い出話に。私は初めて聞く話ばかりでどう誤魔化そうか頭を抱えた。
「まぁ、7つも年が離れていれば私が覚えていてもあんたが覚えていないことだってあるわよ」
「小さい頃のことって忘れちゃうもん」
まぁ、仕方ないかと姉は諦めモードである。これ以上は追求してこない。おかげで何とか誤魔化しきった。
聞いたことない、実体験したことないのにも関わらず、本当に私が体験したかのように語られる思い出話に複雑な思いが溢れる。
「私も、そこにいたかったな……」
思わず呟いてしまう。それにはっとして、両手で口を覆い隠す。しかし、姉の寝息が聞こえてきたため安堵する。
「良かった……。お姉ちゃん寝てしまったか。おやすみ、お姉ちゃん」
目が覚めるとベッドには姉がいない。目を擦りながら時計を見ると昼前である。食卓へ行くとコーヒーを飲みながら新聞を読んでいる姉だけがいた。化粧もばっちりでいつもより気合十分という感じ。しかし、新聞を広げて読んでいる姿はお父様にそっくりである。
「おそよー。あんた人の部屋でよくあんなに爆睡できるわね」
「おはよー。なんか快適だったんだよ」
あはは、と笑いながら自分の分のコーヒーを入れる。
「お姉ちゃんどこか行くの?」
「まぁ、ちょっとね」
「ふーん」
休みの日は大抵家にいない姉だから珍しいことではないが、気合入り過ぎて怖いんですけど……。それ以上は追求しないし、姉も何も言わなかった。
「そういえば、今日はお兄ちゃん早く帰って来るって。ライブのお稽古も終盤だろうに」
「早くって言っても日付は変わるわよ」
「そうだね」
「私もそれまでには帰って来ると思うわ」
「お姉ちゃん日付変わるまでに帰んないと眠くて倒れちゃうでしょ?」
「そんなことないわよ」
規則正しい生活を送る姉にとって夜更かしはかなりの負担である。それでも元気に兄を出迎える純真無垢な姿に私も兄もほっこりしてしまうのがいつものことだった。
「もうこんな時間か。そろそろ行ってくるわ」
「はーい、いってらっしゃい。あんまり遅くなんないでね」
「ええ」
いつものように時間きっちり出て行き、手を振って玄関を出る。その姿は昔から知っているような気がした。
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