第18話 シャンプーは飲み物ではありません
声豚として1つやり遂げたいことがあった。
「遅くなってごめんね」と言いながら息を切らし、目の前の席に着くのは私の元家庭教師であり、人気女性声優の桜之宮さくらである。
「いいえ。お仕事お疲れ様です」
「ありがとう。うちも何か注文してくるね」
「いってらっしゃいでーす」
ニコニコしながらさくら先生に手を振る。その笑顔とは裏腹に欲望のままに『あること』を企んでいた。
今日もさくら先生はふわりとチェリーブロッサムの甘い香りを漂わせている。同性ではあるが、その香りにドキッとしてしまう。女の子って無条件にいい匂いするのが不思議なんだよな。私は頑張ってほんのり柑橘系のオードトワレを足首につける。オードトワレ、ナニソレオイシイノ? 状態は未だに続いている。
先生はいつものごとくホットココアと今日はコロッケパンもトレーに載せて席へ帰ってくる。オサレなカッフェにどうしてそんなゲテモノじみたメニューがある? と思いながらも芋大好きな先生らしいと言うか、美味しそうですね。ゲテモノとか言ってすみませんでした。
先生は「いただきます」と言って、コロッケパンを頬張る。美味しそうに物を食べる女性というのは可愛らしくて見ていて安心する。あぁ、こういうところにも惹かれたのかな? なんて見ず知らずである先生の旦那さんのことを考える。
「あ、ごめんね。うちお腹減ってて。色乃ちゃんも一口食べる?」
「じゃあ、一口だけいただきます」
そう言ってコロッケパンを受け取り、口へ運ぶ。ふっくらコッペパンにシャキシャキキャベツの千切りと甘いお好み焼きソースがかかったような昔懐かしのコロッケ屋さんのコロッケがサンドされている、って感じのパンである。
「………! 美味しい……」
「でしょ?」
その満面の笑みと思いのほか美味しいコロッケパンにゲテモノなんて言ってすみませんでしたと心の中で謝罪する。
「ありがとうございます。あ、てか本題! 忘れてた」
「せやね。今日はどうしたん?」
先生はコロッケパンにご満悦の様子。完全に本題を忘れていたという雰囲気である。まぁ、今日の話は大したことではない。転生について話す訳でもない。まぁ、転生の話もできたらいいかなと思って誘ったけれども。
人生で1回はしてみたかった『あること』を遂行するための情報収集(インタビュー)を開始する。
「最近髪が傷んできているんですよねー。先生めっちゃ髪綺麗やし、シャンプー・コンディショナー何使ってんのかなー? って」
「うち!? うちはキューティターゼ使ってるよ」
自分の髪を褒められたことに驚いたのか一瞬目を丸くする。いやいや、私のほうが目を丸くしますよ。そんな高級シャンプーを使っているとは。キューティターゼとは、人気女性声優たちがこぞって愛用している、格安シャンプーの10倍以上はするお高いシャンプーである。そりゃ、そのキューティクルが保たれる訳ですよ。
「あの有名なシャンプーですよね!」
「ちょっと高いけど自分の髪質に合ったやつを選べるし、香りも好みなんよね。周りにも結構使ってる人おるし。キューティターゼ使ってからは傷み知らずかも!」
周りにも結構使ってる人がおること知っています。女性声優さんがラジオで言ってた。ツキッターでもつぶやいてた。やはり絶賛されるんですね。
「そうなんですね。一回試してみようかな」
「ちょっと高いから拓央君におねだりしてみたら? なーんてね」
悪戯っぽく笑う先生の髪は艶やかで見惚れてしまうほどである。決して高級シャンプーを使っているから見惚れてしまうという訳ではなく、表情や仕草なども相まってのことだ。家庭教師をしてもらっていた頃は意識したこともなかったが、桜之宮さくらはとても可愛らしい人である。そりゃ、もう旦那さんもきっとイチコロだったんだろう。
「あはは、お兄ちゃんにおねだりしたら絶対買ってくれる気はしますね」
「溺愛されてるもんね」
本当の使用目的は洗髪ではないため、こんな高級シャンプーを兄にねだるのは申し訳ないのである。いや、だって飲み物としては高いでしょ。お値段が。
「今度使ったら感想聞かせてね」
「あ、はい」
試飲の感想を聞かれるのか。いや、違う。きっと使い心地のことであろう。普通シャンプーは飲まないから。飲み物じゃないから!
試飲することしか頭に用途がなかったが、普通に洗髪に使ってみればいいのだ。いや、シャンプーってそういうものだからね?
転生の話をすることもなく、ただひたすらにシャンプーの話で盛り上がってしまった。普段の私なら天気の話ですらそんなに盛り上がらないのに。
先生と別れた後にすぐさまネットショッピング。何種類ものシャンプーを注文する。そんなにシャンプーばかりあってもどうしようもないのだけれども、飲み比べがしたくて。シャンプー飲みたいだけで現住所の特定もしたし。
数日後何種類ものシャンプーが届いた。色とりどりのパッケージが眩しいが、その中でもひと際異彩を放っていたのがキューティターゼだった。
準備したシャンプーを使用している声優の名前を書いた使い捨てのプラスチックコップを並べる。そしてそれぞれシャンプーを注いでいき、白湯で溶かす。白湯を入れる前は白やピンクなどカラフルだったが、みるみるうちにただの白い泡になる。知ってた。食欲は失せる。それも知ってた。
「い、いただきます………」
1種類ずつごくりと一口飲んでいく。
「まっず!!やっば!!」
そして1種類ずつ感想を書いていき、星の数で評価していく。しかし、どれもこれも美味しくはないため星1つである。星1つもつけたくないレベルである。これがレビューでよく見る『星○つもつけたくないですが、~のため星○つです』ってやつかと感心してしまった。拓央君の使っているシャンプーも勿論不味い。舌が苦味しか感知していないようだ。
「キューティターゼ、不味い、星1つ」
声豚として1つやり遂げたかったシャンプーの試飲はこれにて終了。どれもこれも不味い以外の感想が沸いてこない。シャンプーは味を比べる次元でもなかった。何なら飲み物じゃないから!責任もって全部飲んだけどね!
ちなみに試飲後キューティターゼで洗髪した。使い心地は今まで使ってきたシャンプーとは全く違ったため、ダメージにも強そう(小並感)
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