第16話 アイドルコンテンツには必要不可欠な存在・中
姉からの苦情により鑑賞中止。いや、静かに見ろってことだろうけれどもそんな気分になれなかった。
ツキッターの非表示もだけど、友人と思われる人からのRHINEが届いて以降、特に機嫌が悪いように感じる。
何があったのか探ってはいけない気がする。しかし、あんな姉の姿はらしくないからいつも通りの姉に戻ってほしい。
鑑賞をやめ、静かにベッドでゴロゴロしていると隣にある姉の部屋からスマホの音が連続して鳴っているのが聞こえてくる。一切鳴りやむ気配はない。スマホの音が途中で鳴りやみ、何かを床に叩きつけるような音が聞こえ、静かになった。
流石に心配になって姉の部屋へ行く。ノックしても返事はないため一言「部屋入るね」と告げてから扉を開けるが、それでも返事はなかった。部屋には電気も点けずに布団に包まっている姉がいた。床にはスマホが落ちている。
「お姉ちゃん大丈夫? 本当にどうしちゃったの?」
「………」
やはり返事はない。しかし、寝ている様子でもない。落ちているスマホを拾い、ベッド横にあるテーブルにスマホを置く。落ちていたスマホはロックがかかっておらず、RHINEの通知だけが画面を覆い尽くす。今まで見たことないような通知の量に驚いてしまう。私は友達が少ないから滅多にRHINE来ないから驚いたわけではない。普通にこの量は誰でもびっくりするよ!
「もう出て行って……」
姉の切実な声が漏れる。
「ごめん、もう行くね」
「………」
こっちの世界に来てから初めて見る姉の姿に戸惑いを隠せないでいるが、過去にもこのようなことがきっとあったのではないのかと思う。その時私はどうしていたのだろう? それって私と言っていいのか。私は転生前の過去の記憶はないから、どうすればいいか分からない。どうもせずただ放っておくのがいいのかもしれない。でも放っておけない。だって、こんな姉は姉らしくない。兄は過去にこのような状況でどう手を差し伸べてきたのだろうか?
私は、まず想像力が欠如しているということに今気づいていない。どうして姉がこのような状況になっているのか、やっぱり言ってくれなきゃ分かんない。だって、私は超能力者じゃないもん。
でも、姉の心境を察してそっとしておくのが想像力を働かせることだと思った。
夕飯になっても食卓に来ることもなく、旅行中のお母様もいないし、兄は仕事でいないし、お父様と二人だ。特に会話もなく、すぐに夕飯を食べ終える。もうちょっとゆっくり咬んで食べたほうが良いな。
食べ終えた食器を片付け、すぐに自室に戻る。姉の部屋からは何も聞こえてこない。きっと布団に包まっているのかもしれない。私も布団に包まって兄の帰りを待つ。
夜も遅い時間、下から玄関の扉が開く音が聞こえてくる。
「ただいま」
誰も玄関まで出迎えることもない。私もいつもならば出迎えに行くけれども、そんな気になれなかった。姉もきっと同様であろう。
兄が帰って来てからしばらく経ってから食卓へと向かう。勿論、兄と話すためだ。姉について。
食卓の扉を開けると兄がスマホを見つめながら ぼーっとしている。ストレスフリーだと公言していても流石に疲れることは兄にだってあろう。
「おかえり」
「あぁ、ただいま」
「お茶入れよっか?」
「頼む」
いつもと明らかにテンションが違う私と兄。兄は流石に疲れているだけだと私は思い込んでいた。
コップにお茶を注ぐ。何だか昼間のデジャブのようだ。昼間姉が座っていたところに兄が座り、スマホでツキッターを見ている。ただ、兄はエゴサをしているという点では姉とは違う。やはりエゴサーチってしてしまうものなんですかねー……。冷蔵庫のこの位置本当スマホ盗み見に適し過ぎていて怖いわ。私もこの席座るときはスマホに気をつけよう。
エゴサしているのはどうやら例のゲームのことだ。どれも絶賛する内容。流石にサクラかと思うくらいの絶賛したツキートで溢れていて気持ち悪い。
コップを兄の手元へ置く。兄はお礼を言うよりも先に「はぁー」とため息をつく。そしてはっとして「ありがとう」と言いお茶を一口飲む。
絶賛されているのにため息をつく理由が分からなかった。そして兄は深刻そうに尋ねてくる。
「冴香は?」
「お姉ちゃんなら多分寝てると思う」
「そっか」
兄はより一層深刻そうな顔でうつむく。話しかけづらさもあったが、ただひたすらに姉のことを思う気持ちが勝った。熱い心に熱い頭。頭冷やして来い! ついに核心に迫ろうとする。
「お兄ちゃん」
「何だ?」
「あのね、お姉ちゃんの様子がおかしいの」
「やっぱり……」
兄は姉がこうなることを予想していたようだ。その声に悲壮感が溢れる。私にはやっぱり分からなかった。それは私がこの世界に存在していたはずなのに、存在しなかったから。
兄は深刻そうな面持ちで、一息吐いてから私に語り掛ける。
「色乃はきっと知らないだろうけど、四~五年前のことだ。俺の仕事が徐々に増え始め、ユニット活動も始まった時に冴香はいじめにあったんだ」
私は初めてその出来事について知る。まだ一カ月そこそこの関係性ですし。でも兄からしたら「家族でも知らないことは存在するのだ」とでも言っているようだ。
私は兄を見据え、相槌を打つ。それくらいしかできなかった。兄は私の知らない姉の過去を淡々と語る。
「同じ大学に通っていた幼馴染の子に兄が声優の芦原拓央であることを言いふらされて、同級生から嫉妬された。大学では無視や陰口が続いたようだ。反対に俺だけを目当てに仲良くしようとする奴もいた」
「………」
「だから、声優としての兄には触れたくない。何も知りたくない。そうやってすり寄ってくる奴に嫌悪感を抱いている」
私は今まで自分以外の女の子にファンサして愛想振りまいている兄を見て、自分以外の女の子に嫉妬しているだけだと思っていた。しかし、本当に嫉妬深かったのは姉ではない。周囲の人間だった。
「冴香には『声優なんて辞めて!』って言われて、初めて喧嘩したこともあった。しかし、妹のためとは言えそれはできなかった。俺の一度きりの人生だからな」
「そんなことがあったんだね」
初めて知る真実に、初めて聞く妹を突き放したような冷たい声。そりゃ、「妹のために辞めます」と言ってホイホイ辞められることでもないだろう。ここまで苦労して人気声優の座に登りつめたのだから。まぁ、私の知っているのはインタビューで語られたことだけなんだけどね。
「そういえば、RHINEの通知もえぐいことになってた。たまたま見てしまったの。もしかしてすり寄ってくる人たちってこと?」
「そうかもしれない。ゲームやアニメが始まったタイミングだけ連絡をよこす奴らがいる。その寂しさを紛らわすためにコミュ力上げて、声優を何も知らないような人たちと毎日のようにつるんでいた。その名残だろうかほぼ毎週のように外出するのも」
自分を自分として見てもらえなかった姉の努力の結晶が今現在の姉である。しかし、それをも打ち砕こうとする質の悪い輩がつきまとっている。それはきっと兄の旬が過ぎるまでは。
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