第15話 アイドルコンテンツには必要不可欠な存在・上

 二〇一X年 ――日本

 現代はアイドル戦国時代と言われるほど、ソロのアイドルやアイドルグループが活躍している。個々によって特徴も活躍の場も違い、個性豊かである。

 それは三次元のみならず、二次元でもそうだといえるだろう。ゲームやアニメ、二.五次元舞台・ミュージカルなどでもアイドルを題材にしたコンテンツは山のように存在する。そのためか、昨今の声優は演技だけではなく、歌や踊り、ビジュアルまで求められる始末である。それは、兄である芦原拓央や元家庭教師の桜之宮さくらも該当する。

「う~ん、悪くはないんだけどね……」

 今日配信開始した男性アイドル育成アプリゲームをダウンロードし、いざプレイしてみたのだが、私の性には合わなかった。「not for me」である。作業しながらポチポチできるタイプのゲームだ。

 キャラクターデザイン原案は誰もが知る人気少女漫画家で、カードは美麗なイラストばかり。個性豊かなイケメン君が勢揃い。楽曲提供は数々のアニメソングを手掛けてきた有名作詞家・作曲家ばかりで、テーマソングも盛り上がるいい曲だと思う。シナリオライターは有名な人ではないが、そこそこ面白いストーリーだった。キャラクターボイスは今流行りの大人気声優をここぞとばかり起用している。てか、ほとんど同じような事務所の声優ばかり。いずれはライブとかするんだろうな……、と勘ぐってしまう。勿論、兄も出演どころか主演である。絶対に大ヒットすることが確約されたゲームとも言えよう。

 兄が声を当てるキャラクターは、ダンスが得意で運動神経抜群の純真無垢な十七歳のセンターだ。キャラクター設定やイラストは私の好みと合致するが、ゲーム内容がなー……。

 世の中これだけたくさんのコンテンツが出回っているのだから好みにそぐわないものがあってもおかしくはない。ゲーム内容以外は好みだし、いいんだけどアプリ置いておくだけで放置してしまいそうである。ただでさえ忙しくて自分に余裕がなくなるとどんなに好きなゲームでも放置してしまうのに。

 このもどかしさなんともいえないのでとりあえずお茶を飲む。

 お茶を飲みに食卓へ行くと姉がただスマホをいじっている。

「お姉ちゃん、今日も暇そうだね」

「この土日はねー」

 スマホから目を離さず、返事をする姉。話す時は相手の目を見て話すって習わなかったのか? まぁ、私はスマホをいじっていなくても人の目を見て話せないので姉に注意できる立場ではない。

 冷蔵庫からお茶を取り出し、コップへ注ぐ。冷蔵庫の前に立ってると、姉がスマホで何見ているのか丸見えなんだよな。どうやらツキッターを見ているようだ。姉のツキート内容とか興味ないのだけれども一つ気になることがあった。

「お姉ちゃんは徹底してゲームとかアニメを見ないよね」

「そうね」

「どうして?」

 声優としての兄に一切興味ないとは言っていたが、ここまで徹底する理由が分からない。

 どうしても興味のない情報でもキャッチしてしまうのがツキッターである。今日配信開始された兄が主人公のゲームについて姉のツキッターにもトレンドとして流れてくる。目につくそのゲーム関連のツキートを次々非表示にしていく。

「だって興味ないんだもん」

「本当にそれだけ?」

「そうよ」

 いつもサブカルチャーの話題になると「興味がない」の一点張りである。しかし、興味がないだけでこんなに過剰に反応するものだろうか? 興味がないなら無視しておけばいいのに、一切目につかないように排除してしまうことで、姉はサブカルチャーに対して敏感だという印象を受ける。

 しばらく沈黙が流れる。ただ静かで、私がごくごくとお茶を飲む音だけが食卓に響く。姉からは何も話そうとはしなかった。

 この沈黙を破ったのは姉でもなく私でもなく姉のスマホの音だ。その音に反応して私も思わず、姉の方へ振り返る。姉はツキッターを閉じ、RHINEを開いた。他人のスマホを覗き込むのは好ましいことではないが、どうしても気になる内容だった。


『冴香、拓央君の新しいスマホゲーム配信されたからしてみたよ! 超いい感じ! さすが拓央君だね!』


 姉はため息をつきながらそのメッセージへの返事を考える。『ありが』まで打ってみたり、『そうなん』など中途半端なところまで文字を打っては消しを繰り返している。そして先ほどより大きなため息をつき、スマホを閉じた。その一連の状況を私はじっと見すぎていたのか姉がこちらを睨み付けながら強い口調で言う。

「あんた何見てんのよ! 人のスマホじろじろ見んな!!」

「ご、ごめんなさい……」

 再び沈黙が流れ、気まずくなる。そりゃ怒るよね。私はコップを流しに置いて自室に戻る。それからしばらく経ってから姉も自室に行ったのだろう。階段を登る音と扉の開閉音が聞こえてきた。

 姉の口調が強いのにも素っ気ない態度も慣れたと思っていたが、今日は何かが違うような気がする。あのRHINEもツキッターも『うんざり』とは違う何かを感じる。うまく言葉に言い表すことができない。強いて言うなら『嫌悪』なんだと思う。

 転生直後の頃より姉のことを理解してきたと思っていたが、流石にまだ分からないこともあるのだな、とあまり気にしないようにした。気にしないようにするためにもライブのBlu-rayを鑑賞することにした。

 「ぎょえぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!! 拓央くーーーーーーーん!!!!!!!!!! しゅきーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!! 結婚してーーーーーーーーー!!!!!」

 うん、いつも通りである、と思っていたがそんなことはなかった。平和な鑑賞会中に大きくドンドンとノックの音が聞こえてきたので、一時停止し、扉を開けながら言う。

「どなた様ですか? 鑑賞会の邪魔はご遠慮くだ……」

「あんた、うるさいのよ!!」

 そこには怒りに震えながら怪訝そうな表情で、かつ涙目になっているようにも見える姉が立っていた。

「ご、ごめん!」

 姉は何も言わず自室に戻って行った。姉が扉を強く閉めると家中にその音が響き渡った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る