第14話 名探偵冴香と助手の私

 「あの女誰?」と言う声のトーンが怖いんですけど……。まるで浮気現場に遭遇した妻みたいである。

兄も過去に彼女の一人や二人いただろう。いや、百人くらい、いやいや、百人乗っても大丈夫な物置倉庫が大丈夫じゃなくなるくらいの女を抱いていてもおかしくないし、この世の女性があれほどのイケメン(声豚フィルター)を放っておくはずがないであろう。それでも嫉妬深い姉のことだ。過去にも兄に「あの女誰よ!?」って問いただしてきたのかもしれない。推測に過ぎないが。

「跡をつけるわよ」

 そう言って私の手を再び握り、兄と女性を追いかける。勢い余ってもう既に追いつきそうなくらいまで距離を詰める。だから、歩くのが速いって!

「お姉ちゃん、あの女の人は声優の北浜悠宇さん。今放映中のアニメで共演してるの」

「じゃあ、なおさら怪しいじゃない」

 実は拓央君と北浜悠宇は数年前に交際が囁かれたことがある、と言う要らない情報を姉に吹き込んだら発狂するだろうな、と思いながら心の中でそっとじ。

「ま、まぁ、落ち着いて。跡つけても誰も幸せにならないよ。辞めよう」

「でも……、にぃーやんにヘンな虫がついたら嫌だし、私だけ見ててほしいもん」

 この百%重みのある言葉、米俵背負ってる気分である。

「それにあんたも気になるでしょ?」

「気になるけど……」

 勿論、気になるけどあまり推しのそういうところ見たくないのだ。それに妹である私に見せてくれる微笑みを他の女に見せているのかもしれないなんて考えたくもない。私も相当嫉妬深いのだ。

 姉は追求型で私は逃避型とここもまた正反対な性格を発揮する。しかし、姉の言うことは絶対である。私に権限はない。独裁的な女王様の言う通り兄たちを追跡する。声優ゴシップに興味ないわけではないし、まぁ、いいか。

 有無を言わせるまでもなく姉は私の手をぎゅっと握り、引っ張りながら歩く。めっちゃ痛いんですけど。どんな握力してんだこの人。

 兄は北浜悠宇と談笑しながらカフェへ入る。私たちもすかさず入り、兄たちの後を追う。兄たちにばれないように、会話が聞こえる微妙な距離の席に座る。兄は全く私たちに気づく様子はない。

「何なのぉ!? あんな訳分かんない女と楽しそうにして!」

 姉の嫉妬心にやれやれ系主人公になりそうである。

それに訳分かんない女ではない。人気声優の北浜悠宇である。

「それにあんなちっこい女だと目立っちゃうじゃない!」

 確かに北浜悠宇も背が低い故に高身長の兄と並んで歩いているととても目立ったカップルに見える(カップルとは認めていない)。

「あんなちっこい女」と言っているが、姉もそんなに変わらないと思うぞ。

「そういえばあんた、その髪型あの女と同じじゃない?」

「え、あ、そうかな……」

 適当にはぐらかすが正解である。私の好きな声優の一人である北浜悠宇に憧れてこの髪型にしているからね。

 店員さんが注文を取りに来てくれる。取りあえず二人ともマンゴージュースを注文する。兄たちの席にも店員さんがやって来て注文を済ませたようだ。

 談笑している二人とは対照的に二人を睨み付ける姉。その視線が怖すぎてちびりそうだ。

「ちょっと、お姉ちゃん! 見過ぎだよ」

「ちょっとだまらっしゃい!」

 こうして監視は続く。何も気づいていない兄は北浜悠宇に「今日も可愛らしい服だね」などと甘い声(声豚フィルター)で言っている。みるみるうちに姉の表情が険しくなる。あぁ、こういうところとか見たくなかったからつけたくないって言ってるのに。

 注文していたマンゴージュースを運んできてくれた店員さんも姉の鬼のような形相にビビってすぐさま「失礼しました」と走り去る。それに私は会釈する。こういうポジションにつく日が来ようとは。本来ならこのポジションは姉のものである。

 姉は一瞬にしてジュースを飲み干す。もっと味わって飲もうよ……。

「なんか楽しそうなんだけど。あと、周りのガヤのせいで聞こえない」

「仕方ないよ。混んできたし」

 めっちゃ拗ねてる姉。まるで子供みたいである。しかし、姉のようにあからさまに嫉妬心を出しているわけではないが、私も動揺と嫉妬心が隠せないでいた。

「あんたも嫉妬してるくせに。ずっとにぃーやんのこと見てるし、ジュースもないのにずっとストロー吸ってるし」

「そりゃあ、私だってお兄ちゃんのこと好きだもん。お姉ちゃんに負けないくらい」

 過ちを犯すくらいには兄のことが好きである。声優・芦原拓央としても好きだし、兄としても大好きである。だから、誰にでも微笑んでほしくない。わがままかな?

「そ、そう……」

頬を微かに赤くしながら髪をクルクルと指先で弄ぶ。イライラしている時も照れる時も出るよね。その癖。今回のクルクルは可愛い。

こんなに可愛くて、そこそこ美人で(幼児体形ではあるが)、人あたりも良いのに何故一切浮いた話がないのか。自分から家族にそんな話をしないだけだと思っていた。しかし、実際は嫉妬深く、重い女で重度のブラコン故にモテないのだろうと確信した。

私も姉のごとくモテないだろうなと思う。なんなら姉よりもモテない要素を詰め込んだ私だからな。がはは……。自分で言っていて辛くなってきた。

いつの間にか兄たちも注文した飲み物を飲み終えたのか席を立つ。私たちもそれを見て店を出る準備をする。兄が会計を済ませるとすぐさま姉も会計を済ませて店を出る。そして予想だにしない展開が待っていた。

「色乃、冴香。ずっと何しているんだ?」

「に、にぃーやん……」

「お兄ちゃん」

 そこには私たちに気づかず、先を歩いていたはずの兄と北浜悠宇がいた。北浜悠宇は「誰?」と言いたげな表情である。私から事情を説明しようとすると、姉が真っ先に口を開く。

「た、たまたま色乃と買い物してたらにぃーやんと女の人が一緒に歩いてたから気になっただけ」

「そっか」

 そう言う兄の声色はどこか冷たく、私たち姉妹を突き放したようだった。しばらく沈黙が続いたが、甘い声で沈黙が破られた。

「ねぇ、この子たちもしかして拓央君の妹さん?」

 もしかしなくともそうである。そして姉は「この子」と言う年ではないですよ。あなたと同じ二十六歳です。

「そうだけど」

 照れくさそうに兄は答える。

「可愛いね。拓央君がよく話してるもんね。私ではかなわないよ」

 北浜悠宇の言葉に私たち姉妹はへ? っと、間抜けな顔をする。そして北浜悠宇は語りだす。

「拓央君ったらガード固すぎ! 何回もアタックしたのに全敗。涙が出そうだよ! だって、女の子だもん!!」

 この人素でもこんなキャラなの? と寒気を催したが、どうやら素なようだ。

「今日は今放映中のアニメのロケ。休憩中で、北浜さんとぶらぶらしてた。もうすぐ再開だから行くな」

 そう言って兄と北浜悠宇は去っていった。何だったんだろう? という虚無感が半端ない。というかロケにそんな長時間の休憩とかあるんですか? 休日にロケですか?

 姉はほっと胸をなでおろす。ない胸を。

「うーん、まぁ、良かったんじゃない? 謎も解決したし」

「そ、そうだね」

 そういうことにしておこう。邪魔しただけとか余計なことには気づかなかったふりをしておく。こうして名探偵冴香と助手の私の大捜索は幕を閉じた。 ちなみにOPでパラパラを踊ったりしないが、姉の場合『見た目は子供、素顔は大人』って言葉がよく似合っている。

 それにしてもまだ姉の買い物しか済んでないから私も買い物したい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る