第13話 百合姫

 今、購入した某声優雑誌読んでいる。拓央君が主人公を務めるアニメの特集記事が掲載されている。妹を題材にしたラノベの主人公であるため、作品のみならず私たち姉妹についても語ってくれている。

『僕には二人の妹がいます。一人は二歳下で、もう一人は九歳下です。二人とも僕のことが大好きで、可愛いです。僕も妹のことが大好きです。』

 業界内でも有名な拓央君のシスコン節が炸裂したインタビュー記事となっている。また、妹との思い出話まで掲載されており、なんだか照れる。雑誌を手にしながらベッドの上をゴロゴロしているとニヤニヤが止まらない。今日みたいな天気のいい日はベッドでゴロゴロするのが一番である。

 しかし、休日だというのに遊ぶ友達が一人もいないというのも寂しい話だ。

どこかふらふら散歩に行きたい気分にもなる。今日みたいな天気のいい日はベッドでゴロゴロするのが1番とは何だったのか。気分の移り変わりが激しい。

 今日は土曜日。姉も休みで家にいる。むしろ休みなのに家にいることが珍しい姉。いつもどこか友達と出かけているらしい。その友達一人私にも分けて。きっと天気の話しかしないだろうけど。どんだけ天気の話好きなんだよ。

 暇だし、友達いないから姉でも誘ってどこかへお出かけでもするか。私から姉と出かけようなんて初めてのことである。私相手とはいえ、暇するより動いてることが好きな姉からすればいい案だと思う。早速姉の部屋へ行き、誘ってみる。

「お姉ちゃん、どっか出かけようよ! 暇そうだし」

「別にいいけどオタク系のところはパス」

「いや、普通に服とかショッピングーとか、パフェ食べるーとかさ!」

「あぁ、そう」

「私も準備してくるからお姉ちゃんも準備しといて」

「はーい」

 どうやら姉も乗り気らしい。全然ノリノリじゃなさそうだったけど。部屋着から着替えて化粧をし、鞄の中に色々物を詰め込む。女子は鞄が小さいほうがモテると聞いたことがあるが、無理でしょ。小さい鞄なんて長財布入れたら終わりじゃん。余計なこと考えながら準備しているとノックの音が聞こえてくる。

「準備できたんだけどー、まだ?」

「もうほとんど準備できたけどちょっと待って」

 準備するの早くない? 私が遅いだけ? スマホを鞄の中に入れ、部屋を出る。そこには長い髪を指先でクルクルし、弄ぶ姉が待っていた。

「ごめん、ごめん!」

「行くよ」

「うん」

 出かけることを両親に告げ、家を出る。こっちの世界に来て姉妹でお出かけなんて初めてでワクワクする。



 今日のファッションチェック! まずは姉から。マスタードイエローのニット(背中がざっくり開いた寒いニット)に黒のミニスカ、そしてキャメルのロングブーツ、アウターは黒のダウンとカジュアルかつ甘めのコーディネート。あまりスカートを履いた姉は見ないのでレアだ。そして私、某スポーツ用品ブランドのメンズパーカーにジーパンスキニー、ロングコートからフードを出すスタイル。そしてパーカーと同じブランドのスニーカーだ。まるでデートしているカップルの気分である。いや、無言でデートとかないでしょ。何か喋ろう。ねぇ?

 他力本願が座右の銘である私も流石に息が詰まりそうな沈黙に耐え切れない。ついに姉に話しかけようとした瞬間姉から話を切り出してきた。何でこうもタイミングって悪いほうへ進むんだ。

「色乃、にぃーやんとは仲直りした?」

きっと先日のことであろう。きちんと謝ったし、もう気まずいこともない。

「喧嘩はしてないよ。ちょっとお兄ちゃんには悪いことしちゃったかなーって感じだったからちゃんと謝った」

「そう。だったらいいけど」

 姉も姉なりに気をかけていてくれたようだ。もう、そういうところ優しいんだから。一応ライバルなのに。

 電車に乗り、もっと都会の街へ繰り出す。東京という時点でかなり都会なんですけど。田舎者なのでビビってしまう。大阪の都会は自転車に乗った人がいるのに、東京の都会には自転車に乗ってる人っていないよね。それ高三の時から疑問だった。いや、今もかなりの疑問だからその答えを教えてくれる優しい人はDM送ってほしい。

 電車の中でも無言のまま外の風景を楽しむ姉。可愛い。電車に乗ったらまずスマホを取り出しそうな風貌しているのに。見た目は小学生のようだが、何だかんだで美人な姉。横顔が兄にそっくりである。ほのかに香るローズは姉の気高さを表しているようだ。そんな姉に見惚れているといつの間にか目的地に着く。

 目的地はたくさんの人が降車する駅だ。この人混みの中では姉が迷子になると一生会えない気すらする。しかし、姉に迷子癖はなかった。むしろ私のほうが酷かった。

「あんた、こっちよ!」

「あ、ごめん!」

 人の流れに沿って歩き、迷子になるのがいつもの私のパターンである。姉が手を引いて歩いてくれる。まるでどっちが小学生なんだか。どっちも小学生じゃないんですがそれは……。

「人の流れに沿ってどっか行くその癖、何とかなんないの? めっちゃ困る」

「あはは、何ともならないです……。ごめんなさい」

東京の人も「めっちゃ」って言うよね、とかしようもないことを考えながら姉の説教を聞き流す。私の聞き流しスキルを舐めてもらっちゃ困るぜ。このスキルのおかげでがみがみ言ってくる先生や同級生を無視し、ストレスフリーに生きてきた。「はーい、何も聞こえませんよ~。この人何言ってんだろう?」くらいにしか思っていないので、言ってる側としてはほとんど意味のない戯言になってしまう。残念。しかし、姉にそんな態度取ってると痛い目見そうなのでちゃんと反省する。それにしてもこの人いつまで手握ってんの?

姉は一向に握った手を離そうとはしない。何この百合っぽい展開!? 私も姉に見惚れてたりしたけどさ……。ちょっと恥ずかしい。恥ずかしさを堪え、うつむきながら歩く。もう流されるような人波もないんだけど。今から私島流しにでも遭うの?

「お、お姉ちゃん」

「何?」

「手、その、もう迷子にならないから……」

「あ、ごめん。そういえば繋いだまんまだ」

 そう言って手を離すが、今まで何も思わなかったの!? え!? え!? 姉の手の温もりが段々消える。ちょっと照れるんですけど! どぎまぎしながら突っ立ってると姉は先に行ってしまう。その後を追いかける。歩くの速くない? 流石は都会人。

 やっとの思いで姉に追いつくと早速服屋に入っていく姉。まだ寒いのにもう春服が並んでいる。季節先取りされても寒そうだな……くらいの感想しか思い浮かばない。しかし、好きなブランドの服は除く。早く買わないと再販しない限り買えなくなってしまうからね。

 これはどうだろうと様々な洋服を手に取る姉。打って変わって私は好みではないためちょくちょく見る程度である。そうしていると姉が楽しそうにこちらに向かってくる。

「ねぇねぇ、こっちとこっちどっちが似合う?」

 背中がざっくり開いた露出度の高いシックなティーシャツと襟が花柄でノースリーブの白いブラウスを提示してくる。春物というより最早夏物なんじゃねーの?

うーん、と悩んでいると姉は輝く茶髪を指先でクルクルし始める。ちょっとせっかち過ぎやしませんか?

もう二十六歳にもなって露出は避けていただきたいためノースリーブのブラウスを選択する。

「こっちのノースリーブのはブラウスかな。お姉ちゃん華やかなほうが似合うし!」

「だよねー。どちも似合うから両方買おう!」

 あの……、最初からどっちも買う気でいたんじゃないですか? なんで聞いたの? 真剣に考えたんだけど……。

 私を置き去りにしてレジへ向かう姉。真剣に考えた私がバカだったようだ。ここでの模範解答は「『どっちも冴香に似合うよ(イケボ:CV兄)』と言いながら財布を取り出し、レジに向かい清算を済ませる」でした。彼女のいないそこの君は参考にしてみてね!(煽り)

ってそんなもの知るか!

 姉が清算を済ませ、服屋を後にする。次はどこに行くとも決まっていないけれどもフラフラ歩き出す。すると前方には見知った男性の後ろ姿と見知った女性の後ろ姿があった。

「お、お兄ちゃん……?」

「やっぱりにぃーやんよね? てか、あの女誰?」

 そりゃそうなるよね、姉は。だってあの女性は声優さんだもの。

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