第11話 ラブコメ展開を探究する

 「そんなこと言うくらいならしなければ良かったのに」と言う人もいるが、やってみなきゃどんな感情になるかは分からない。やらない後悔よりやる後悔のほうがまし。そう思いたいのだけれども……。はぁ……。

 今朝のことを反省しつつ家に帰りたくなくなる。本当やる後悔のほうが大きくなるなんて考えてなかった私はバカ野郎なのですか? はい、そうです。

 学校もそんなにいて心地いいものではないが、今の家も同様である。癒しのお母様はご友人と旅行に行っていていないし、姉はきっと定時で帰ってくる。兄は……、分からない。お父様は相変わらずだろう。

 どこも行くところもないし真っ直ぐ帰るかと重い腰を上げる。いつもならば、授業が終われば一番に学校の門を出て帰路に就く。しかし、今日は私より早く帰る者もいる。そんな珍しい人たちを横目にやっと帰路に就く。とぼとぼとゆっくりと地面を踏みしめながら。

 どんなにゆっくり歩いても近い家なのですぐに到着してしまう。今日はフルコマ(一限~五限まで)だったので帰りは遅めである。定時上がりの姉と玄関先で会うとは。

「おかえり」

「ただいま。お姉ちゃんも今帰りなんだ」

「そう。ママいないし」

「だね」

いつも通りの姉とぎこちない私、それに姉が気づかないはずがない。

「あんた、朝から様子が変だし、にぃーやんも何かおかしいんだけどどうした?」

 流石姉である。兄のことは伊達に見てないし、人の言動に敏感である。それもまた気遣いできる女の愛され要素なのかもしれない。

「いや、特に。ちょっとお兄ちゃんと気まずくなっただけ」

「そんなの見てりゃ分かるわよ。そういうことを聞きたいんじゃなくて、何があったのかっていう出来事の話」

 誤魔化しは効かないな。そんなこと言えるはずない。言葉が詰まる。その間にも姉はイライラし始める。その態度怖いんですけど……。その態度外でも見せてあげてほしいくらいだ。

「まぁ、ちょっと、その、お兄ちゃんにキスしてしまったっていうか……、はい」

 私は分が悪そうに答える。その反応にイライラを隠しきれていないが、姉は淡々と話し始める。

「その気持ちは分からなくはないわよ。兄としても、一人の男性としてもにぃーやんは完ぺきだもの。少し部屋掃除が苦手なくらい。そこは目を瞑っていられる範疇だわ。前にも言ったと思うけどあんたはにぃーやんのこと声優としてしか見てない。芦原拓央と言う一人の人間なのよ。私も他人のこと言えないほど暴走することもあるけれども。もっと芦原拓央という人間のことちゃんと見てあげなさいよ。声優・芦原拓央じゃなくて。まるで声優じゃないと価値がないみたいじゃない」

 そう熱く語っていただいた。語りは熱いけど、まだ玄関先にいるのでとても寒い。私は無言で玄関の鍵を開け、家に入る。姉の言葉はいちいち胸に響く。

何も言わない、言えない私に腹立てながら家に入り、玄関の扉を強く閉める。

「お兄ちゃんのいいところ、たくさん知っているつもりだった。でも、もっと芦原拓央を見るのも大事なのかな」

「さあ。私の個人的な意見でしかないから。押しつけがましく言ってごめんなさい」

「ううん、大丈夫」

 姉は申し訳なさそうに小さく呟く。私も小さく首を振りながら返事をする。

 今日は姉と夕飯を作ることになっている。早く手を洗って準備しなければ。そう思っている時に私のスマホと姉のスマホが同時に鳴る。スマホを取り出し、開くとRHINEの通知だ。兄から家族のグループに。

『後輩君の家に泊まるので夕飯はいらない』とのことだ。既読ついていないし、姉もまだ知らないだろう。姉にその旨を伝えてから手洗いし、夕飯の準備に取り掛かる。

 夕飯を作り終え、二人で先に食べ始める。お父様と食卓に並び、ご飯を共にすることはレアなことである。スーパーレアって程でもないが。無言で黙々とご飯を食べる。これだけ静かだと一人で食べてるのと変わらない。

 姉も私も夕飯を終え、食器を片付ける。片付け終わるまで無言を貫いていたが、その均衡が崩れる。

「にぃーやん、今日帰ってこないのはあんたのせいではないと思うよ」

そう照れながらそっぽむく姉は可愛らしかった。私を気遣って言ってくれたのか、うじうじした私の態度に苛ついているのか。きっとどっちもだろう。

「うん。ありがとう」

 朝からぎこちない表情しか見せられなかったが、今度は自然な笑顔がこぼれた。

何も言わず自室に向かった姉について行くように私も自室に向かった。そこには微かに兄の香りが残っているようなそんな気がした。きっとそんなはずないのに。

 久し振りにツキッターを開く。矛盾だらけのツキッター。私はこの世界では存在するはずのない人間なのにツキッターはばっちり残っている。これもさくら先生の言うタイムパラドックスであることに今気づく。

 柄にも似合わないが、恋愛相談とかしてみようかなと考える。前の世界にいた自分として。本当の自分自身でいられるのはさくら先生の前だけだと思っていたが、ツキッターも本当の自分でいることを許してくれるような気がした。



『久し振りの浮上。最近好きな人ができたけど、その人のことちゃんと見れていない。外見だけの恋はあり? なし?』



 アンケート機能を用いて相談を試みる。外見だけに惚れているという表現は何か違う。モヤモヤしてつい拓央君が出てるライブのDVDを再生する。 Blu-rayで見たいな……。Blu-rayで販売してほしいな。

「私は拓央君のどこが好きなんだろう?」

 思わず呟いてしまう。拓央君の好きなところは、演技、声、トーク、マルチな才能……。姉の言う通り声優としての拓央君にしか興味ないのかもしれない。兄としての芦原拓央をあまり知らないし、知ろうともしていなかったのかもしれない。それは芦原拓央の声優という職業に惚れているだけなのかもしれない。

 いつもならば既に発動しているはずの声豚魂も沸いてこない。そんなことは拓央君と出会ってから初めてのことで自分自身でもびっくりしている。

 こっちの世界に来て、見ず知らずの人たちを家族や友人とし、芦原拓央を兄として受け入れているつもりではあったが、どこかまだこの現実に受け入れられていないのかもしれない。自分では分からない。ただのファンである私が芦原拓央と共同生活しているだけに過ぎない。それを真実と言っていいのか分からないが、その真実に今気づいた。こっちの世界に適応してきたつもりでしかなかったと。

私は兄のファンではあるが、その前に妹である。 兄の本当の人間性を知ることができればこのモヤモヤも犯した過ちをも消し去ってしまうことができるような気がした。

 DVDを停止し、ツキートも消す。そして兄の兄たる姿を知るために研究を始める。それがラブコメ展開につながると信じて。

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