第9話 女子会はいつものカフェで慎ましく開催される
今日も今日とて学校で話した人の人数は三、四人。日に日に減っている気もするが。今日は先生と天気の話をしました。『今日は』というより『今日も』か。
今日は雨も降っていることだし会話が弾む。「雨だるいなー」とか「洗濯物外で干せない」とか。どうやら私は先生の愚痴を聞く係のようだ。別に、私は他に話す人とかいないから良いのだけれども。
頑なに友達を作らないわけではない。こっちの世界での私のポジションというか、周囲の人にとっての私はどのような人間なのかがいまいち分からないというのか。まぁ、そんなの言い訳にしかならないか。
人の名前を覚えるのも顔を覚えるのも苦手で、とりあえず挨拶と天気の話しかできない日々が続く。 とりあえず同調しやすいのが天気の話だ。「寒いね」と言われれば「そうだね」と言っておけばいいし、「暑いね」と言われれば「そうだね」と言っておけばいいし、「雨だるいね」と言われれば「そうだね」と言っておけばいいのだ。人間としてのコミュニケーション能力欠如しすぎじゃない?
しかし、今日は天気の話以外もできそうだ。何故なら今日は元家庭教師で現人気美人声優の桜之宮さくら先生と会う約束をしているからだ。さくら先生の仕事が終わってからになるから一旦帰宅してから夕飯を食べに帰る。
今日も兄は仕事でいないし、お父様はいつも仕事で帰りが遅いし、姉も友人との外食でいない。一応姉はコミュ力の鬼であり、その能力も相まって愛されキャラっぽい。だから、姉の交友関係は広く、外出も珍しくない。ソースは姉。
お母様と二人の夕飯を摂る。毎日美味しいご飯が食べられて幸せなので外食できなくても私は無問題。
「ごちそうさま。ママ、ちょっと友達と約束していて駅まで行ってくるね」
「そう、あまり遅くならないようにね」
ごちそうさま、と手を合わせてから食器を流しまで持っていき、コートを羽織る。その姿を見るお母様はニコニコしながら手を胸の前で小さく振る。お母様も可愛いです。
「うん、いってきます」
「いってらっしゃい」
玄関を出ると小雨が頭の上に落ちてくる。一見止んでいるようにも見えるがそうではないらしい。冷たい風が緩く吹いている。その風も相まって寒さが強く感じる。暖冬とは。
RHINEが鳴ってスマホを確認する。もうそろそろさくら先生も駅に着くようだ。
それにしても仕事早く終わるんだなとか触れてはいけないことに触れそうになる。あと、ご飯とか作らないのかな? とか。
アニメよりソシャゲでよくお見掛けするからそれはそれでいいが。ソシャゲも人気キャラの声を当てていることが多いし、ライブで精力的に歌って踊っている。そんなこと約十年前の私は想像もしていなかった。
駅に着くころになると不思議と雨って止むんだよね。小雨だったし。
駅に着くと先生も丁度改札から出てくる。ナイスタイミングだ。
「お待たせー。寒いし早くカフェ入っちゃおうか」
「大丈夫です。ですね。入りましょう」
そう言って前回一緒に入ったカフェに入る。コーヒーの香りが店中に広がっている。勿論、今日もコーヒーを頼むし、先生はココアだろう。
窓際の改札口から目立つ端の席しか空いていないようだ。そこに席をとる。先生は前回同様に買い出し係だ。先生はロングコートを脱いで財布のみ持ってレジに並ぶ。
今日の先生は黒のニットワンピ。シンプル。チェリーブロッサムのほのかな香りも健在である。
「お待たせ」
「いえ、ありがとうございます」
「あ、今回もお金はいらないよ」
「なんか悪いです。でもありがとうございます」
遠慮はしないタイプ。開き直って人の金で美味しくいただくタイプ。
コーヒーが冷めるのが待っている間に本題へ移る。
昨日先生からRHINEがきて、ここにいる。
「あの、話って何ですか?」
「あぁ、そだね。あのね、気づいてしまったの」
そう深刻そうな表情で先生はゆっくり話し始める。やはり声優ということもあってか綺麗な声なんだよな。
何でソシャゲばっかりに出ているんだ。もっと活躍の場が増えてもいいと思うのだが。今はそんな話ではない。
「な、何ですか? 意味ありげな顔が怖いんですけど」
「あ、ごめん、ごめん! ただ、私の妄想に過ぎないからそんなに真剣に聞いてくれなくてもいいよ」
そんなことでわざわざ自分の時間割いてまで呼び出さないでしょ。きっと本当に大事な話なのだろう。姿勢を正してしまう。
「前回会った時に色乃ちゃんのお母さんに電話したじゃない? 転生前の世界に色乃ちゃんは存在してないことになってるのよね?」
「は、はい」
「なのにうちは色乃ちゃんの元カテキョの記憶がある。それってやばいことなんじゃないかな? 色乃ちゃんはいない存在なのに元カテキョしていたという事実があるのは辻褄が合わない。タイムパラドックスが起きてるよね?」
読書家であり、妄想力に長けた先生ならではの話ではあるが、言われてみればそれもそうだ。今日この日までこの矛盾に気づかなかった。
「確かに……、でも、だからって何かできるわけでもないですよね?」
「そうなんよー、それはうちも頭を抱えるところ。それにだからと言って何か困ることがあるのかも分からん」
先生は頭を抱えながらため息をつく。
私もゾッとすることに気づかされたけれども、だからと言って困ることは何もない。
何故このようなことになっているのかは純粋に気になるけど。
先生とも再会できたし、拓央君や温かい家族に愛されながら暮らすことはいいことだと思っている。
「何か困ったことが今起こってへんとしてもこれから起こる可能性はないし、気づかんうちに起こってるかもしらんとは思わん?」
あまり何も考えたことがないので何とも言えない。困ったことより嬉しかったことのほうが多くて、その発想はなかった。思わず考え込んでしまう。
「うーん、あまり何も考えたことなくて。困ったことが一切ないかと言われるとそうでもないですけど、そんなに困ったこととか不便なこととかなくって」
「それやったらいいんけど……」
「逆に先生は困ったこととかないんですか?」
そこまでの考えがあるなら何か先生にもないのかと問いただしてしまう。先生も多分この様子だと何もないのだろうけど。
「うちも何もないし、何か起こってるとも思われへん。気づいてないだけかもしれんけど……」
2人して頭を抱えていると店内に見覚えしかない高身長イケメンが入ってくる。
「どうして桜之宮さんと色乃が一緒にいるんだ?」
「お、お兄ちゃん!?」
「拓央君!?」
「こんばんは。お二人の関係は?」
兄の突然の登場に先生も私も抱えていた頭を上げ、見上げてしまう。最寄り駅だし、仕事帰りの兄がいるのは不思議なことではないかもしれない。それより兄にとって私と同業者である桜之宮さくらが一緒にいることのほうが不自然極まりないと思っているだろう。本当のことを話せるわけがないし……。今が一番困った状況である。
「拓央君の妹さんだったんですね!」
私が兄と視線をそらしていると先生から兄に話し始める。先生は私と知り合いではなかったというふりを始める。まさかここで先生の演技力を試されるとは誰が想像していただろうか。さっきまでの関西弁も封印される。プロの演技をタダで鑑賞できるとは貴重な機会なんだぞ! 心して観るんだ、ここにいる何も知らない人たち!
「色乃ちゃんが私のスマホを拾って届けてくれたの! そしてこの画面をみた色乃ちゃんと意気投合しちゃって」
そういうと先生はスマホを取り出し、ロック画面を見せつける。そこには兄も出ているアイドルアニメの人気キャラが映っているではないか。マジか、先生も好きなんですね……。そんな気はしていました。
演技のど素人がプロの演技に乗っかる。それは自滅行為では?
「え、もしかして桜之宮さんって兄とお知り合いということはアニメやゲーム関係者ですか?」
「そうなの! 私も声優で。ごめんね、今まで隠してて」
「いえ」
筋金入りの芦原拓央オタクのくせに今度芦原拓央と共演する声優を知らないのも不自然な話ですけど、ここは知らないふりを貫く。それにしてもこんなど素人の茶番に乗っかってくれるとは感動すら覚える。
「そっか、そんな意気投合物語があったとは」
「そうなんですよー。拓央君の妹だとは思いもしなかったです。でも言われてみると少し似ているのかも」
嘘でしょ!? 兄が騙されている。純粋なバカなの? おバカキャラはそういうキャラで売ってるだけでしょ? それとも騙されたふり? 演技力ピカイチのプロの演技? 演技に演技で返してるだけ? 騙されていてほしい反面、おバカキャラで売ってるわけではなく、神聖のおバカであってほしくないという天秤にかけられたような複雑な気持ちである。そんな私の心情も知らず、とどめの一発と言わんばかりに兄は口を開く。
「桜之宮さん、そういえば『桜之宮』ってもしかして本名ですか?」
「そうなんです。旧姓です。今まで通り旧姓で活動は続けていますが、『都島』が現在の苗字です」
「前回共演した時はまだご結婚されてなかったですもんね。もうハレアゲのアフレコ始まってるのに知らなかったです」
今更苗字に触れはじめちゃったよ! マ、マジか……。私の兄、いや、拓央君は本当に神聖なるおバカだった。信じたくなかった一面である。もういっそうキャラであってくれたほうがよかったのに。
そして天然ほわほわお姉さんは兄のその様子を見て今日もきらりと輝く左手薬指の指輪を見せつける。この2人がW主演だなんてアフレコ現場大変そうだな……。とんでもアニメができちゃうよ。まぁ、演技は一級品の拓央と演技は苦手でも幾多の経験を積み重ねてきた桜之宮さくらだし、大ヒット漫画が原作なのでその他制作スタッフも力が入っている。期待はしてもいい作品だろう。そして私は何様だ。
こうして好きな声優さんを目の前で拝めるなんて、ありがてぇ……、ありがてぇ……。私は涙を流しながら両手を合わせる。そんなことは放っておいて楽しそうに話している兄と先生。こんな目立つところでいいんですか? まぁ、いいか。
人気声優様たちはひとしきり楽しんだようで満足したご様子だ。
「私はこれで。またね、色乃ちゃん。それと拓央君も」
「あ、はい。また」
「またアフレコ現場で」
そういうと先生は先に店を出る。外から店の中に残っている私たちに向かって胸元で小さく手を振る。そして電車が来たのか慌てて改札のほうへ走っていった。
「俺たちも帰ろっか」
「だね」
まさかの展開に何のために先生と集まったのか忘れてしまっている。忘れちゃいけないことな気がするのに。
帰りの道中兄は言った。
「まさか、色乃と桜之宮さんが知り合いだったとはびっくりしたよ。あれ何ていうの? 女子会?」
「え、あ、うん。そんな感じ」
いや、本当に拓央君はおバカさんだったんだね。また1つ知らない(知りたくなかった)真実を知ってまった。
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