第8話 制服はセーラー派?ブレザー派?それともジャンスカ派?・続

「お兄ちゃんはー、制服ならどれがいい? 私はどれも好みなんだけどー、お兄ちゃんがセーラー服が似合うってことはすでにイベントで確認済みだしー、うーん、悩むなー……」

「ど、どれでもいいけど……」

兄はそっぽ向きながら小声で言う。その様子からだと冬服ジャンスカ黒タイツだな。特に意味はないが。ジャンスカ黒タイツの百合らしさを兄で堪能したい。欲望のまま上目遣いでオーダーする。

「じゃあ、冬服ジャンスカ黒タイツをー、お・ね・が・い!」

「ジャンスカは初めて着る」

「大丈夫、大丈夫!まぁ、着てみなよ」

「お、おう」

 兄は意を決して着替え始める。知らないというくせにさっさと着替える。着替えている姿も良い。ついスマホで動画を撮ってしまう。グッジョ――――ブ! 私!

「これでいいか?」

 着替え終えた兄の震える声と羞恥に晒され、紅潮する顔面に萌える。そのいじらしい可愛い顔たまらん!

「いいよ、いいよ~! お兄ちゃん! バッチグー! たまらん!」

 スマホで連写を止められない。さらに過剰な要求をしてしまう。

「お兄ちゃん! 切なそうな表情で! 後輩との結ばれぬ恋に愁いる女子なんだよ!」

「お、おう……、そういうシチュエーションがあるんだな」

 理解が早い。伊達にそういう世界で仕事していない。そして役者の顔だ。すぐさまオーダー通りの表情を見せてくれる。興奮のあまり日本語もあやふやな私は女装男子好き魂が止まらない。ジャンスカですらこんな完ぺきな表情見せられると次行きづらいのだが、お兄ちゃんには無理を聞いてもらっているのだし、サクッといっちゃおう!

「そういえばお兄ちゃんの好み聞いてなかったよねー。セーラー派? それともブレザー派?」

「俺は、ブレザー派かな」

「じゃっ、決まり! 次は冬服ブレザーだ!私的には王道な白ブラウスに赤ネクタイ、ベージュのカーディガンにジャケット羽織って、ハイソックス! オッケー?」

「お、おっけー」

 早口で捲し立てるような口調にドン引きのご様子。あなたのファンにはそういう人たくさんいるよ? オタクを舐めてもらっては困る。

 ジャンスカより着替えやすいのかすんなりと着替え終える。まぁ、ジャンスカのブラウスと同じブラウスだからね。

「着替え終えたよ」

「わざわざご報告ありがとう! でもね、ずっと着替えてるとこ動画撮ってるから知ってるよ」

 スマホで撮りたてほやほやの動画を流す。着替えている時に聞こえてくる布と布のかすれる音が部屋に鳴り響く。

「な! 何撮ってんだ!?」

「ご、ごめんなさい! つい、出来心で!」

 舌をペロッと出しながら言うが、これには流石に兄も怒ってもしょうがないよね……。お兄ちゃんに嫌われるリスクとか一切考えずに欲望のままに実行している。

「まぁ、妹の願いで、叶えられるなら……。次のオーダーは?」

マ、マジ!? もうちょっと怒ってもいいよ! もうそこまで言わせてしまっていることに申し訳なさを感じる。しかし、欲求はそう簡単には満たされない。

「え、えっとー次はね、そのまま怒りながらジャケットのポケットに手ツッコんで! あと、ブラウスのボタンは二つ外して、ネクタイ緩めて」

「こ、こうか?」

「うん! そうそう! いい感じ! お兄ちゃん天才! 大好き!」

 たまらん! 好き! 写真を撮る手が止まらない。

「次はネクタイ外してピンクのリボンと交換ね。ジャケットも脱いじゃって。カーディガンバージョンとブラウスバージョン撮るから!」

 兄は言われるがまま従う。その姿に偉い人からエッチなこと要求されると断れずにやってしまって仕事を獲っているのでは? という妄想でニヤける。枕モノもたまらん! 勿論、お兄ちゃんは実力でこの世界の頂点に立っているとは思うけど。

 オーダー通り二パターンのシチュエーションをこなす兄。本当役者! 可愛い! イケメン!

「最後にセーラー服だね。これは夏冬どっちもしてもらうからね! どっちも可愛いでしょー?」

 そう目をハートにしながら兄に言っていると部屋にノックの音が響く。

「色乃、入るよ」

 兄のブレザー姿に姉は絶句する。私も兄も開いた口が塞がらない。

「あんたら何やってんの?」

「こ、これは違うんだ!」

「てか、お姉ちゃん返事する前に扉開けないでよ!」

「いやいや、そんなことは聞いてないのよ! あんたにぃーやんになんてことさせてんの!? この変態!」

「私は欲望のままにしてるだけだよ!」

 完全に兄置いてけぼり状態で姉妹の喧嘩が始まる。

「なに、開き直ってんのよ! にぃーやんが泣いてるじゃない!」

「どこが!?」

 実際に泣いていない。こうなったら可愛い兄の女装写真を引き換えに黙らせてやるんだから!!

「ねぇねぇ、お姉ちゃんはこれを見てもそんなこと言えるのかな?」

 ドヤ顔でスマホの画像フォルダーを開き、撮りたての女装写真を晒す。それを黙って見つめる姉と絶望しきった兄。

「……にぃーやん、か、可愛い…!」

 姉は新たな嗜好に目醒めかけている。そこから沼に引きずり込んでいくのがオタクである。

「お姉ちゃんはもっと見たいと思わないの? こんな可愛いお兄ちゃん、どんなに課金しても見れないよ?」

 兄は本当に泣き始めた。そして姉はごくりと固唾を呑む。そんな展開になるとは想定外である。

「に、にぃーやん……、ここは着替えておくべきよ! 色乃、あんた実は天才だったのね!」

 キタ――――――――――――!!!!!!!!! この手のひら返し!!!!!!! こうして兄の味方はいなくなった。

「じゃあー、そういうことだから着替えてね~。夏服は黄色のリボンで紺のハイソね! うーんと伸びしてほしいの。冬服は緑のスカーフに黒タイツで。ベッドに座って脚組んで!」

「冴香も喜んでくれるならしょうがないよな」

「色乃、まるでプロデューサーね……」

 まぁ、伊達にアイドルプロデュースしてないからね!

兄は涙を拭い、渋々着替え始める。羞恥心を捨て役者モードだ。やっと諦めがついたようだ。手際よく夏服セーラーに着替える。勿論、その間も動画撮影は欠かせない。姉もわくわくを隠し切れずに体を揺らしている。

「で、できた……」

「やっぱり可愛いよ! お兄ちゃん最高!」

「にぃーやんにそんな才能があったなんて!」

 最高じゃん!!!!!!!! しゅきーーーーーー!!!!!!!!!!

 こっち(オタ)の世界の住人ではない姉的には刺激的かつ気づいていない兄の才能だろう。

 セーラーの裾から見える兄のお腹。シックスパック。伸びする動作から見える腹が好きなんだよな~。そのためのオーダーである。本気で照れる兄が愛しすぎる。様々な角度から写真を撮る。一眼レフとかあったらな……。カメラ小僧の気持ちが初めて分かった気がする。

「最後に冬服セーラーね!」

「にぃーやんがんばって!」

「お、おう」

 完全に姉をこっちの味方につけることに成功してしまった。女王様案外ちょろいんだけど。姉よ、私以上に楽しんでいないか? 今か今かと待ちわびている様子。「お兄ちゃん! 女王様が待ちくたびれてるわよ!」そんなことを心の中で言っていると着替え終えた様子だ。

 ファッションショーの大トリの準備が完了し、私も姉も期待のまなざしを向ける。あと、スマホのカメラも。

 ひらりと膝下まである丈のスカートが翻る。

「ど、どうかな……?」

 赤面しながらもじもじする兄。いや、もはや姫。

「最高だよ! にぃーやん!」

 私よりも先に言う姉。こりゃ完全に新たな扉開いちゃったね。鼻息凄いんだけど……。私も負けていられん。

「お兄ちゃん最高すぎる! ありがとう!」

 そう言いながら拝む。お手ての皺と皺を合わせたら幸せになる。南無南無。

「ベッドに座って終わりだな? じゃあ」

 早く終わってほしそうに言う姫と堪能する妹たちの温度差。半端ない。

 早速ベッドに座って脚を組む姫。黒タイツに包まれたすらっと長い脚を組む動作がエロい。火の玉ストレート並みにド直球な感想しか思い浮かばない。眼福~。私も姉も姫の足元で跪く。姫に見下ろされる気分はどうだい? 姉。私は最高だよ。そのアングルからも写真を撮る。

 私が満足した様子を察してか静かに制服を脱ぎ始める姫。それは姫の魔法が解け、兄に戻る瞬間である。

「ありがとね。お疲れさま。私のわがままに付き合ってくれてありがとう」

「喜んでくれたならそれでいいよ。おめでとう」

そう言った顔はいつもの優しい微笑みの兄だ。姫な兄も好きだし、声優な兄も好きだけど、また1つ兄としての兄の魅力に気づく。

「お兄ちゃんのその笑顔ずるいんだからね! その笑顔はファンの子には見せないでよね!」

 兄はどういう意味か理解していない様子で小首をかしげる。

 姉も満足して私の部屋を後にする。要件も言わぬまま。どうして来たんだ、姉。

 そう言えば制服の真実を問われずに済んで良かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る