第6話 メイド服の丈はロング派ですか?ミニ派ですか?

 拓央君の出ているソシャゲのライブの日なのに補講が入るとは。チケット取ってなくてよかった。何で土曜日まで補講したがるかなー? 辛いよ。普通ライブは両日行くよね? これが社畜への第一歩なのか。もう、仕事しないほうがいいまである。前にもそんなこと言った気がするのだけれども。



 二限で終わってしまうのでいつもより楽だと感じさせるが、本来今日は学校なかったからな? 怒りを震わせながら帰宅する。今日は兄と私以外は家族皆休日だ。羨ましい。「ただいま」と言いながら洗面所に直行する。両親の「おかえり」という声に安心感を覚える。

 洗面所から自分の部屋へ行く途中奥にある兄の部屋から物音が聞こえる。何事かと思い兄の部屋に入ると姉が掃除をしている。姉は私が部屋に入ってきたことに気づき、声かける。

「あ、おかえり」

「ただいま。てか、何してるの?」

「見て分かんないの? 掃除に決まってるでしょ。にぃーやんホント掃除はダメなんだから仕方ないじゃん」

 私は怒りに打ち震えていた。声豚魂が震えている。色乃は激怒した。

「何で勝手に拓央く、お兄ちゃんの部屋掃除してんの? お兄ちゃんがいいって言ったの? お兄ちゃんは断捨離できずに空き缶を置いてるの! 分かる? 断捨離できずに空き缶を溜めてしまうのが拓央君のキャラなの! 拓央君の個性を潰す気なの!? 何勝手に余計なことしてんのよ!」

「そんなの知らないわよ! こんな汚い部屋にいるほうが公衆衛生上も精神衛生上にも悪いわよ! それに埃だらけ! 喉に悪いわ! 一応声優なんでしょ? あんた声優好きならそれくらい分かるでしょ!?」

お互いヒートアップし、姉は持っていたゴミ袋を床に置く。私は背負っていたリュックサックを下す。

「お姉ちゃんこそ声優としてのお兄ちゃんのこと知らないくせに!」

「そんなの知りたくもないわよ! だって、にぃーやんは私のにぃーやんでいてほしいもん!」

「声優としてのお兄ちゃんもお兄ちゃんだよ? 何で認めてくれないの!?」

「だから、にぃーやんは私を大事にしてくれる、そんなにぃーやんが好きなの! それに若い女の子に愛想振りまいているにぃーやんは見たくないもん……」

 姉は俯きながら切実そうに言う。

私はそれに対抗できなくなってしまった。でも私だって声優としての兄も素敵なことを知ってもらいたい。どうしてそこまで声優としての兄を認めないのだろう?

 私が黙り込んでしまったため、お互いクールダウンする。ある意味黙り込んで正解だった。姉が口を開く。

「ごめんなさい……、私も怒鳴りすぎたわ。でも、プロとして自分の商売道具は大切にしてもらいたいの」

 姉の言っていることは正論だと思う。きっと姉はプロとして仕事に誇りを持っている人なんだろうと思う。いまいちまだ掴めないところがあったが少しずつ分かってきたような気がする。

 自分の兄としての兄が大好きなブラコン。世話焼きで兄のためなら時間も惜しまない。兄へのボディータッチ激しいけど決していやらしいことはしない。兄に直接仕事のことは触れない。嫉妬深く、声優としての兄のこと何も見ないようにしている。兄の仕事や趣味には口出ししない。

 これくらいしかまだ姉のことは分からないけど、兄想いが過ぎるのだけはよく理解しているつもりだ。

 私も声豚魂が叫び、オタク特有の早口で姉の気持ちを一切汲み取ろうとしなったのも反省しなくてはいけない。

「私も、ごめんなさい。お姉ちゃんの気持ちも考えずに……、でも、どんなお兄ちゃんも全部お兄ちゃんであることは知ってほしいっていうか、うーん、何て言えばいいか分かんない。私は頭良くないし」

「頭の良し、悪しは関係ないでしょ」

 そういう姉はかっこいい。高学歴で、給料のいい仕事をしているからといって気取らない(マウントとってたが)。そんな風に気取って嫌な奴なんてこの世にゴロゴロいるけれども。そういうところも姉のいいところだ。

「うん、まぁ、そうかもね。お姉ちゃんかっこいいかも」

「かっこいいかもって何よ。私はいつでもかっこつけてたいのよ」

 そう微笑みながら言う。微笑んだ横顔は兄に似ている。私も意識したことないけど兄と似ているのかな?

 あまり掃除してほしくないけど今回は私の完敗である。姉強し。流石、絶対的女王様。正論も似合ってしまう。

 私も何故か空き缶拾いを始める。噂にはかねがね聞いていましたが本当に飲みかけのコーヒーとかもあるのね……。あれだけ清潔感ある風貌でいい匂いしちゃうのにな。どうしてだろうね。どうしたらこんな汚い部屋になっちゃうんだろうね。拓央君じゃなったらドン引きだよ。拓央君だから許されるまである。

 やっとの思いで空き缶を拾い終わると姉は布団を干し始める。その間にも私は散らかった服を畳んでタンスに仕舞ったり、アウターはハンガーにかけたりと手を止める暇はない。どうしたらこうなるんだ。

片付けは苦手な私でもちょっと理解に苦しむレベルである。塵一つもないのではないかと思うくらい部屋を綺麗にしている姉としては許しがたいのだろう。拓央君じゃなきゃ私もちょっと無理かも。それ以外は完ぺきに思える兄。

今頃ファンの子相手にニコニコ手を振ってるのかな。「知らない間にあなたの部屋はピカピカになりますよー」と念を送る。

服やアウターの片付けが終わるとフィギュアやパソコンなどにたまった埃を拭き取る。本当にアイドルなマスターのフィギュアも置いてんのか。ポイント高い。洋画のフィギュアまでジャンル問わず様々なフィギュアがあるが、なかなか手入れする暇がないのがよく分かる。だから私もお兄ちゃんの大切なものを大切にしないとなって。

埃を拭き取り終わるとやっと掃除機の出番がやってくる。その間にもポカポカ陽気に布団が晒される。まだ寒いのに今日は日が当たって少しばかり寒さはマシに思える。姉は布団を干している間にモップの準備に取り掛かる。私は壁に立てかけてある充電式の掃除機を手に取り、フローリングに沿ってかける。さっきまで床も見えなかったのに掃除機がかけられるとは、感動すら覚える。

掃除機をかけ終わると姉がフローリングに沿ってモップがけを始める。さっきまで床も見えなかったのにモップがかけられるとは、感動すら覚える。

黙々と二人で掃除を続けているといつの間にか日が暮れる。これを一人でしていたのかと思うと感心してしまう。姉には頭が上がらないな。主がいない間に勝手に部屋に入って物を動かしてしまうのは感心されたものではないかもしれないけれども。これを兄が望んだ結果じゃなければどうなってしまうのか考えたくもないな。

掃除用具をすべて片付けてから姉は干してあった布団を取り込む。

「ライブから帰ってきて疲れた体を干したての布団で癒してほしいしね。それに明日もライブでしょ?」

「何でそれを?」

「そうにぃーやんが言ってたからよ。何のライブかは興味ないけれども」

 姉は声優としての兄を全く興味ないと言い切っていたがそうでもなさそうだ。少し安心してしまう自分がいる。兄のこと全く理解しようとしていないわけではないと分かったから。全く理解しようとしていないのは私のほうかな? 兄としての兄を理解できるようにしたいなと少しは思った。

 ライブが終了し、何時間も経っても兄は帰ってこない。そりゃそうだ。打ち上げもあるだろうし。干したての布団では多分体を癒してもらえないだろう。そう思っていた時に玄関が開く音がした。私以外の家族はとっくに眠りについている。

私はというとライブに向けてコール練習だ。勿論、家族の睡眠を妨害しない程度に。

 自室を出て静かに玄関へ向かう。兄も私の足音に気づいたようだ。

「ただいま。起こしちゃったか?」

 小声で申し訳なさそうに尋ねてくる兄。私は正直に答える。

「明日のために復習と言いますか、コールの練習とか、準備してたの」

「そっか。でも早く寝て明日に向けて体力温存しとけよ。もう明日じゃなくて今日か。今日に負けないくらい最高のライブにするからな」

 そう言ってウィンクする兄は私の好きな拓央君そのものだ。つい照れてしまう。ガチ恋勢だし。それは一旦置いといて伝えなきゃ。

「今日お姉ちゃんと一緒にお兄ちゃんの部屋掃除して、布団も干したからベッドでちゃんと体休めてね。お姉ちゃん頑張ってたからお姉ちゃんにお礼言ってよね! 炬燵で寝ちゃダメだからね!」

「なんか冴香っぽい。いつも冴香には頭が上がらないよ。俺が健康に仕事できているのは冴香のおかげと言っても過言ではないと思っている。色乃もありがとう」

 そう笑顔で私の頭をポンポン撫でる兄。だーかーらー、私あなたのガチ恋勢よ? そんなことしたら勘違いしちゃうよ?

「俺は風呂入ってくるから色乃も早く寝るんだぞ」

「はーい。おやすみなさい」

「おやすみ」

 そう言って風呂場へ向かう兄の背中に待ったをかける。

「お兄ちゃん……」

「ん?」

「愛してるよ」

「俺も」

つい、ガチ恋声豚魂が口走ってしまった。でも、お兄ちゃんの愛と私の愛はきっと違う。

その微笑みを見ると私にだけ向けられた言葉だと思い込んでしまいそうだが違う。その微笑みは姉にも見せているものと同じだ。お兄ちゃんは私にも姉にも平等に愛を分け与えてくれている。勘違いしてはいけない。そう心に留めて。

 ちなみに私はメイド服の丈はロングでもミニでも好き。なんならメイド水着も可。

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