第4話 ラブコメ戦争の幕が上がる
この世界に降りてはや三日。美人は三日で飽きるというが、拓央君のイケボと美形に飽きることはない。あぁ~、耳が孕む!
しょうもないことを考えている時に限って人は話しかけてくる。しょうもないなら良くない?
「色乃ちゃん、課題終わった?」
「終わったよ。ほんと時間かかるよね~」
看護学生の出される課題の量は半端な量じゃない。この課題が私のオタ活の妨げになっているとしか思えない。仕方がない。でも、さっさと終わらせてしまうのが吉。十分なオタク活動時間を確保するには先に課題を済ませるスキルも必要なのだ。そのようなスキルを身につけるのにも大変な時間を要した。しかし、拓央君のためと耐え抜いた。☆飛雄馬のごとく。
「課題見せてよ~」
「いいよ」
「サンキュッ! 今度色乃ちゃんには何か奢るね!」
「あはは、ありがとう……」
同級生は課題を借りに来ただけのようだ。私は同級生の後ろ姿に向かって小さく手を振る。人当たり良くニコニコしていれば自然と人が寄ってくるものだ。私から話さなくたって。私から一般人(=非オタ)に話すことなんてせいぜい「今日寒いよね~」か、もしくは「今日暑いよね~」くらいである。コミュ障特有の天気の話。
それにしても今日学校で話したのってさっきの課題パクリ同級生と校門に立っている警備員の人や教師への「おはようございます」くらいだ。前言撤回! 人当たり良くニコニコしていれば自然と人が寄ってくるなんて幻想でしかなかったんや……。頑張って三日で関西弁封印したつもりやったのに! 心の中では封印しきれてないけどな。
それに課題パクリ同級生め! 絶対私のことカモにしてるな!? ☆飛雄馬のごとく訓練してきた私のスキルを乱用するとは!! ☆飛雄馬に謝ってよね! いや、私はそれでいいのか……。
せいぜい三日では誰とも打ち解けることはできない。流石、コミュ障。転生前の私はこの環境にどうやって適応していたのだろうか? そもそも転生前にこの世界に私が存在していたのかも怪しい限りである。この世界にいる誰もが私を顔なじみの存在として認識している。私としては転校生みたいな感覚なのですが。
学校という環境はこの世界に来て一番疎外感を感じる。コミュ障とは関係なく。家では家族として赤の他人の私を受け入れてもらっていると感じる。しかし、学校では赤の他人である私はただの赤の他人である。人に伝えるのが難しい感覚だ。早く家に帰りたい。無条件に受け入れてくれる家族の元へ。転生前の世界での孤独感をも補ってくれるような気がした。
やっと帰れる、と帰り支度を済ませて学校を一番に出る。今日も学校で話した人数は四、五人程度。グループワークのおかげで今日はまだ多いほうだった。帰宅しても兄妹はいないだろう。きっとお母様が出迎えてくれると思う。それでも誰かがいる家に帰られるということは嬉しい。帰属承認の欲求が満たされる。
ほんの少し考え事をしているだけで着いてしまう家というのもオタ活ポイント高い。通学時間もオタ活の妨げになる。もうニートでもしたほうがいいまである。そんなことを考えているともう家の前だ。今日は一息吐かなくても大丈夫。玄関の扉に手を伸ばし、勢いよく扉を開ける。
「ただいまー!」
「おかえり。寒かったよな」
「おかえりなさい」
昨日も同様にお母様が出迎えてくれたが、一点昨日とは違う。
「お、お兄ちゃん!? どうしてこんな時間に?」
イケメン人気声優様が夕方に実家にいるというイメージがない。今からアフレコ始まってもいいんじゃないの?くらいの時間だ。
「これからソーシャルゲーム制作発表の生中継があるんだけど、ちょっと遅い時間から始まるから夕飯食べて行こうと思って」
「あ! ドヤ生の! アイドル育成ゲームだよね!? 楽しみ~」
私のキラキラした笑顔を見て兄は微笑む。眩しい。目をかすめながら暖かい食卓へと招かれる。兄はお母様と並んでキッチンに立つ。
「ちょっと待ってろ。今ホットミルク入れるから」
帰って早々お兄ちゃんスキル発揮されてしまうとタジタジである。あぁ、幸せ。
幸せに浸っているとまた玄関の扉が開く音がして兄は出迎える。
「おかえり。寒いな」
「ただいまー……ってにぃーやん!?」
「驚かせちゃったか? 食卓で色乃と待ってろ。ホットミルク入れるから」
「あ、ありがと」
あぁ、姉が帰ってきたのか。兄のこと「にぃーやん」という変なあだ名で呼ぶ奴はただ一人だ。兄と二人きりだと思っていたのに。いや、お母様もいるから最初から二人きりではない。
兄は四人分のホットミルクを作る。ホットミルクを飲む習慣が転生前にはなかったので新鮮な気持ちだ、と思ったのもつかの間、声豚魂が燃え上がる。
兄がホットミルクをマグカップに入れて一人ひとりに配る。それを前にお母様は「ありがとう」と受け取り一回息をフーッと吹きかけて飲む。姉は嬉しそうに「にぃーやん、ありがとう! だーいすき!」と言って受け取りしばらく口をつけずに置いている。さては、姉も猫舌だな? 私もそうだ。
「ありがとう、お兄ちゃん」
「どういたしまして」
私は兄の微笑みを横目に考えてはいけないことを考えていた。「ひ、拓央君のミルク……なんて卑猥!」と考えていると顔が出来たてのホットミルクのように熱くなるのを自覚する。これだから声豚を声優に近づけるのは危険なんだよ!
そして拓央君のミルク、ではなく兄の入れてくれたホットミルクを飲み始める。
「姉妹そろって猫舌なのも可愛い」
「おいしい、お兄ちゃん」
「に、にぃーやん! こいつと一緒にしないでよ~」
決して「おいしい」に卑猥な意味などない! 猫なで声で否定する姉とニコニコ微笑む兄と夕飯の準備をするお母様を見ていると歪んだ恋愛感情すら忘れてしまいそうになる。だが、声豚魂は健在である。
仲良い家族であるはずが、これから戦争の火蓋が切られるであろうことは誰も想像していなかっただろう。この時までは。
そして、兄のある一言で開戦する。
「色乃、今日は学校で嫌なことはなかったか?」
「うーん、まぁ、いつもの感じ。あ、でも課題パクられたのは腹が立ったかな」
兄はうんうんとうずきながら話を聞いてくれる。
「それは嫌なことだね。課題は自分の力でしないとだな」
「う、うん」
兄は傾聴力高い。しかし、これだけは共感できないだろう。課題多すぎて誰かの完成品を写さざるをえない時があることを。だから目をそらしながら何ともいえない返事をする。
私の話が終わった途端に姉も「私も、私も」と前のめりになって今日の出来事を話し始める。
「にぃーやん、私のも聞いてよ! 今日ね、上司に『早く結婚せんか!』って言われたの~。そのくせ誰かが育休取ったら『人手が~』とか言って辛いよぅ」
年齢も相まってとても深刻な話すぎて兄も私も絶句。公務員でもそうなの? 教えて! 偉い人。働き方改革って何なんだ。もう働かないほうがいいよね。
「そ、それは困ったな。セクハラに当たる発言じゃないか?」
「だよね!」
姉妹による不幸自慢大会になる。どっちが兄からの同情を引くか。兄は頷きながら二人の話を聞いてくれる。しかし、夕飯ができ、食卓に並べられると兄は先に手を合わせてご飯をかきこむ。そうだ、今からまた仕事なんだよね。その頃私と姉と母はやっと食べ始める。
私がご飯をもぐもぐしていると、兄は「ごちそうさま」と言って急いで洗面所に向かう。
人前に出る仕事は歯が命。歯磨きしていかないとね。
歯磨きを終えた兄は「いってきます」と食卓に顔を覗かせる私たちは「いってらっしゃい」と一旦箸を置く。
結局不幸自慢大会は消化不良で終わってしまった。私は何か解決をしてほしいわけではない。共感してほしい。兄の気を引きたい。ただそれだけだった。姉はどう思って不幸話をしたのだろうか? きっと姉も兄の気を引きたかったのだろう。推測でしかないけれども。
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