第3話 未だに仲は縮まらないがそれでも芦原冴香は姉である

 未だピリピリした雰囲気が漂っている。私と姉の間のみ。昨日出会ったばかりの人と早々に仲良くなる方が不自然な気がするんですけど……。

私はコミュ障故に誰かと話す際は必ずその日の天気の話を振る。天気の話が一番当たり障りないし、ほぼ人を不快にさせないであろう話題だと思っている。だから、天気の話を振ってくる人がいると「あっ、この人コミュ障やな」って思うまである。

姉とはほぼ会話することなく家を出る。兄は玄関で私にいってらっしゃいのキスを頬にする。

「だーかーらー、そういうのほんまに勘違いするからな?」なんて思っていても言えるはずもないが、慣れない。

大好きな拓央君の美形な顔が私の耳元に近づき、ほのかなシャボンの香りが鼻孔をくすぐる。ファンには絶対見せない微笑みといつも聴いているより優しくて今にも消え入りそうな声で言う。

「いってらっしゃい。気をつけてね」

「い、いってきます! お兄ちゃんもね!」

 兄妹とか私には分からないし、ただひたすらに兄を愛そうと思った。妹として。だから、妄想ではあるが自然に振る舞おうと決めた。でも、声豚魂も消えないからきっと……、ずっとガチ恋勢かな……。ダメじゃん……。いや、むしろ姉のように開き直るか?

これからの兄妹のかかわり方に頭を抱えながら通学路を歩く。前日のうちに学校を調べ、通学路まで調査する用意周到っぷりに自画自賛する。

教材を見てもついていけそうに感じたのでとりあえず学校に行ってみる。

それよりも友達関係が一番怖い。兄妹以外にも重要な人間関係がある。

それでも目の前にいる拓央君もとい兄と姉が常に頭をよぎる。この世界では一番一緒にいる時間が長くなりそうだから、拓央君が好きだから……。それに姉が掴みどころのない人物に感じたからだ。

 仲を縮めるには姉の本性が分からない。私と兄への態度の違い。でも、姉の兄へのデレ具合やスキンシップの激しさから筋金入りのブラコンであることは分かった。

今をときめくイケメン人気声優が兄であることに「優越感を感じているのだろうか?」声豚なりの考えにしかならない。

いろいろと考えているうちに学校に着く。学校が近くて楽だ。



 私の新しい学校生活は兄姉のことを深く考え続けた結果として気づけば1日が終わっていた。帰り支度を済ませ帰路に就く。

姉はまだ帰宅していないだろうな……、国家公務員らしいし。あの身なりで……っていうと流石に失礼すぎるけど、小学生に見えるから。

多分、今帰宅すると専業主婦のお母様がいて、夕飯を作っているくらいだろうか。転生前の世界では帰っても誰もいないのが普通だった。自分の好きな時間に適当に自分の好きなものを適当に作れば良い、ほぼ一人暮らしと変わらない。休みの日に少し顔を合わすだけ、休みの日も拓央君のイベントがあればできるだけ日本中を横断する。だから顔を合わさない日のほうが多い。

私はあまり両親のことを好きではない。両親が共働きで裕福な生活をしているのは理解しているつもり。でも、適当にお金だけを与えておけばいいって感じが気に食わなかった。でも私が裕福に生きてこれたのは両親のおかげであり、文句は言えなかった。

転生前の世界でのことを考えているうちに家に着く。ここが昨日から私の家なのだと適応するため頑張る。一呼吸おいてから私は玄関の扉を開ける。

「ただいまー」

「おかえりなさい」

 お母様は私に微笑みかけながら玄関まで出てきてくれる。その微笑んだ顔は兄に似ていて、やはり親子なのだと実感する。そして家に帰ってきた時に誰かがいてくれることに安心感がある。帰ってきた時に部屋に暖房がついていて暖かいこと、漂う美味しそうな夕飯の匂い、誰かが家にいること、どれも初めてでこんなにも心地いいことなのだと知る。



手洗いうがいを済ませて自室へ行く。それまでに姉の部屋がある。姉はまだ帰ってこない。少し気になって姉の部屋に入る。

「失礼します……」

 そこには私が想像していた風景とは違った風景が目に飛び込んでくる。唖然としてしまう。私が想像していたのは私の部屋と変わりない痛部屋だったからだ。でも、そんなことはないし、綺麗で女の子らしい部屋だ。置いてあるぬいぐるみはどれもオタクの好むアニメのキャラクターのではない。外国の有名映画のキャラクターのものばかりだ。アニメ関連のものはおろか拓央君関連のBlu-rayやCDが一枚もない。正直あれだけのブラコンが何一つとして関連グッズ所持していないことが意外だった。

あのブラコンが演技なわけ……。演技する必要もないし。ますます姉のことが分からない。まだ出会って二日目だし……。知りたい。そう思ってしまうのは自然なことだと思う。一緒に住む家族なのに何も知らないなんて。

 姉の部屋から出て自分の部屋へ行く。私は日課だった拓央君の最新情報をチェックすることなくベッドで寝ころび、ゴロゴロすることもなくただぼーっとしているだけ。


昨日はツキッターをする暇もなく忙しなく一日が終わった。スマホのロックを開き、ツキッターのアプリを開く。転生前と何一つ変わらない私のアカウントが存在している。そのうえ私が過去ツキートしたつぶやきが残っている。転生前の私の存在を証明するものはこのツキッターのアカウントのみということか。何もつぶやくことがない。何をつぶやいても信じてもらえないであろう。また炎上させるだけだ。スマホを閉じ、仰向けになってぼーっとする。そして目を閉じる。スマホが床に落ちるが、そんなことにも気づかず眠ってしまう。



 玄関から音がして目が覚める。あの猫なで声ではないが、よく似た声が聞こえてくる。

「ただいま」

「おかえりなさい」

 姉が帰宅したようだ。姉が階段を上り、自室へと向かっているようだ。そして私は部屋を出て姉に疑問を直接ぶつけようと思う。足音が止む前に私は部屋を出た。

「お姉ちゃん、おかえり」

「ただいま」

「聞きたいことがあって……」

「何?」

 私が言いづらそうにしているのに苛立ったのか語気が強い。どうやったら兄にはあんな猫なで声が出るのだろう? 怖いよ……。この人威圧的なんだよ……。後輩にもこんな態度なの……? 上司には猫なで声なの? いや、あの猫なで声は兄の前でしか出していなさそうだ。深呼吸してから姉に質問する。

「お姉ちゃんはお兄ちゃんのどこが好きなの?」

「声優じゃないにぃーやん……かな……」

そう言って姉は頬を掻き、顔が紅潮していく。その仕草は可愛い女の子そのものだった。また、口調もさっきとは比べ物にならないくらい優しくて幼い。まるで私よりも小さい子どものようだ。身長とバストも相まって……。恋する乙女ってこんな感じなのか……と我が姉ながら感心してしまう。まあ、ライバルってことなのはよく分かりました。しかし、一つ引っかかった。「声優じゃないにぃーやん」って。そしてまた質問を投げかける。

「『声優じゃないにぃーやん』ってどういう意味?」

「そのままの意味じゃん? 私、声優としての芦原拓央には興味ないの。私は私の兄としての芦原拓央が好きなの。だから出ているアニメや出してる曲なんかも全然興味ないから何も知らない」

 私の目をまっすぐ見つめながら姉は言う。その目は「私だけが兄に媚びを売らずに兄に好かれる自信がある」とでも言っているかのようだった。強すぎるライバルだ。兄を愛する絶対的女王様が私に告げる。

「私とあんたは違う。あんたは声優としての芦原拓央が好きなのでしょう?」

 図星だった。出会って二日目の姉にそんな簡単にも見抜かれてしまうとは……。しかし、私は出会って二日目と思っているが、姉からしたら私は十九年間を共にした家族であり、姉妹だ。姉が私のことを見抜ける以前に知っていてもおかしくはない。姉に一本取られた気持ちになって黙っていると声をかけられる。

「もういい? てか、お腹減ったし。ご飯食べよう」

「うん」

 そう促してくる姉はとてもお姉ちゃんしていた。流石、伊達に十九年間お姉ちゃんしていない。掴みどころがない姉だと思っていたが、少し姉のことが分かった気がする。それだけで嬉しい反面強いライバルにてこずりそうだな……、と思った。案外直接聞いてみるものだな。看護学生の情報収集力を舐めてもらっちゃ困るぜ! そうドヤ顔になっていると思う。

ふと姉は私のほうに振り返る。

「あんた何気持ち悪い顔してんの?」

「なーんも」

「あぁ、そう……」

 呆れたように姉は言う。自分から聞いてきたくせに。「ばーか!」と思っていても声に出して言うとボコボコにされそうだから言わない。でも優しい姉だからボコボコになんてされないかもしれない。いや、そんなこと言ったらボコボコにされる前にガン飛ばしてきそうだから無理だわ……。そういう意味でも姉であり、絶対的女王様だ。

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