第参話 うつろう者
プレハブ住宅で翠や由香里と一緒に緑茶を味わった日が、ひどく懐かしく感じられる。
曙光が横須賀港を離れて舞鶴基地に着艦してから、二か月と十日が過ぎていた。
首都圏の防空任務を担っていた星喰い強襲部隊、第七航空団隷下・第九飛行隊は二か月足らずで人数を大きく減らし、第七航空団は解散した。
第六航空団隷下・第四飛行隊に編入したモンド隊は、編入後の二か月間で多数の死者を出し、四十三人の小隊から十二人の分隊となった。
2248、モンド隊のメタモルフォーシス十二機は、二つのダイヤモンドと一つのデルタ、後方にバルトが操縦するメタモルフォーシスⅡを加えて、大きなダイヤモンドを形成しながら愛知県長久手市上空を飛行中。
星喰いは出現後、2235に長久手古戦場駅上空で活動を停止。以降はブラック・バードとグレイ・バードが攻撃を続行している。
グレイ・バード殲滅部隊専用機ゴンドワナSeとグレイ・バードが、市街地にて交戦中。同時に、ブラック・バード殲滅部隊専用機アグニカN500とブラック・バードも交戦中。
曙光型軍艦〝有明〟や〝早天〟からもアグニカN500が出撃し懸命に抗戦するも、ブラック・バードの勢いは止まらない。
モンド隊の目標は、星喰い、ただ一つ。だが、蠅のように
「ブラック・バード、接近中。ヘッドオン」
『了解、ブレイク』
モンドからブレイク合図。
(一気に叩き落とす──!)
メタモルフォーシスⅣは編隊から抜け出してリードターン。突き上げてロック・オン。ブラック・バード、左エンジンに被弾、炎上。
『メタモルフォーシスⅡ、三時に敵機視認、ヘッドオン』
『了解』
メタモルフォーシスⅡ、ローリングして敵機後方を占位しようと試みるも失敗。ブラック・バード、メタモルフォーシスⅡの後方を占位。メタモルフォーシスⅡ、ランキングで攻撃をかわす。ここで形勢逆転、ブラック・バードを追尾。
『メタモルフォーシスⅧはメタモルフォーシスⅡを援護しろ』
『了解』
『メタモルフォーシスⅣ、貴様は私に続け』
「了解」
メタモルフォーシスⅠ、Ⅳの二機は左に百八十度ロールし背面急降下。
メタモルフォーシスⅠ、そのまま二時の敵機を追跡、旋回。気付いたブラック・バードが右に切り返し、ハイヨーヨー。
「危ない!」
深雪は思わず叫んだ。
メタモルフォーシスⅠ、六Gで旋回上昇し攻撃をかわす。
メタモルフォーシスⅣ、射程内距離空対空ミサイル・フェンリルを発射。敵機の機首に被弾。ブラック・バード、撃墜。
『星喰い、移動を開始。追撃する』
2340、星喰いは名古屋駅上空で停止。
2346、第一航空団と第四航空団が到着。
これほどまでに大規模な戦闘は、かつてない。敵機も味方機も、ぼろぼろの残骸となって名古屋の地に堕ちていく。
『我々の目標は星喰いだ。黒い鳥は即座に撃ち落せ』
モンド隊は次々にブラック・バードを撃墜し、星喰いの目の前まで辿り着いた。この距離まで近づけたのは、今日が初めてだ。
メタモルフォーシスⅣ、四方をブラック・バードに取り囲まれた。
(私は不死のパイロット。私は、負けない──)
息を切らしながらブラック・バードを片付けていると、よく知る気配を感じた。味方ではない。
彼だ。彼が来た。顔は見えないが、深雪にはわかる。
時生が、近くにいる。
黒塗りのメッテーヤⅡ。時生の機体が眼前に現れた。そのすぐ背後には、星喰いがある。星喰いを破壊するためには、時生を撃墜しなければならない。
迷ってはいけない。躊躇なく使命を果たすと決めたはずだ。覚悟はできている。
(お父さん。私は、あなたを倒します)
メッテーヤⅡがメタモルフォーシスⅣに食らい付いた。
(なんとか後方を取らなければ──)
メタモルフォーシスⅣ、切り離しつつバレルロール。急激に減速しつつ螺旋機動する。メッテーヤⅡの押し出しに成功。
メッテーヤⅡ、すかさずローリングシザース、急降下。
(このままじゃ埒が明かない)
メタモルフォーシスⅣ、テールスライド、メッテーヤⅡを追尾。
(今だ!)
メタモルフォーシスⅣ、射程内距離空対空ミサイル・フェンリル発射。二秒後、メッテーヤⅡ、弾道弾迎撃ミサイルを発射。フェンリルを撃破。
(強い……!)
時生は恐ろしく強かった。深雪の攻撃を次々にかわしていく。
メタモルフォーシスⅣ、ラグパーシュート。死角に潜り込み20mmガトリング機関砲を発射。メッテーヤⅡ、スライスターンし、これをかわす。
(また、かわされた!)
メタモルフォーシスⅣ、加速しつつ、インメルマンターン。高度を上げてメッテーヤⅡの後方を狙う。
簡単にはいかなかった。急降下して底を狙うも、かわされた。
時生は撃ってこない。ただ、深雪の攻撃をかわすだけだ。
(なぜ撃たないの? 空き部屋を埋めたいって、言ってたくせに……)
メタモルフォーシスⅣ、水平方向から左に百八十度回転し、進行方向に機尾を向けてアイドリング。メッテーヤⅡと相対する。
ついにチャンスが訪れた。このチャンスを逃せば、時生を撃墜することはできない。
深雪は戸惑った。ここでガドリング砲を発射すれば、確実にメッテーヤⅡに命中する。
(──ううん。もう、決めたの。お父さんを倒して、お母さんとお姉ちゃんの元に帰る。二人を守るって、心に誓ったんだ!)
深雪はガドリング砲を発射した。
ふいに、メッテーヤⅡの黒いフロント・ガラスが、透明に変化した。時生の顔が見える。
時生は穏やかな笑みを浮かべて、深雪に手を振った。
深雪の鼓動が極限まで高まった。心臓を鷲掴みにされたような衝撃を受けた。
ガドリング砲は、メッテーヤⅡに命中した。
目の前でオレンジ色のマリーゴールドが咲いた。時生がかつて育てていたマリーゴールドに、とてもよく似ていた。
時生は最期まで、深雪を撃たなかった。
「お父さん、お父さん、お父さん……!」
深雪は流れる涙もそのままに、星喰いを目掛けて真っ直ぐに突っ込んだ。
星喰いが口を開けた。飛行甲板が見える。
初めて見る星喰いの飛行甲板には、ブラック・バードが隙間なく並んでいる。
深雪は星喰いをロックオンした。フェンリルを発射したが、星喰いが火を噴く姿を見ることは叶わなかった。
『佐原、避けろ!』
短距離空対空ミサイルが、メタモルフォーシスⅣの脇腹に命中した。目を見開く暇も与えられないまま、メタモルフォーシスⅣは炎上した。
(お母さん、お姉ちゃん、ごめんね。私の分まで、生きて──)
光と炎と爆音に五感を奪われ、深雪は、無音で真っ白な世界に包まれた。
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