第弍話 モンド隊 運命のままに 冥途ゆく
飛行甲板まで移動した深雪は、メタモルフォーシスⅣに滑り込むように搭乗し、準備を開始した。
「遅れて申し訳ありません」
バルトは深雪の姿を確認すると、『二十五秒の遅刻だねー』と、スピーカー越しに呑気に欠伸をした。
『そう責めるな。佐原も人間だ。用を足す時間くらいは与えてやらんとな』
『えー、まさかのトイレネタ? 深雪ちゃんカワイソー』
『貴様とて二十五秒などと適当な数値を並べただろう。ここは人類には数えることのできない未知なる数値を無理矢理にでも言葉に表してだな』
『質問でーす。どうして隊長は昨日、ウインナーを鼻の穴に捻じ込もうとしていたんですかー? 隊長って鼻くそを
『見るな訊くな空気を読め! 覗きの現行犯で、退職した元警察官に突き出すぞ』
『空気を読んで、隊長は今すぐに人差し指を鼻に突っ込んでくださーい。俺は今夜のお相手のビターテイスト女子のことでも考えまーす。どの子にしようかな』
『変えられぬ運命などない』
『ブルーノ。貴様は私の鼻の穴と指が気の毒だとは思わないのか? 鼻は痛くなるんだぞ。指は臭くなるんだぞ!』
『変えられない運命などありはしない』
『変わらない運命など望まない』
『私は人差し指と鼻の穴を守り抜く』
『変えられない明日なんか必要ない』
『変えられない未来など存在しない』
『ハイハイわかりましたよ言えばいいんでしょ。ベッド・インー。ベッド・インったらベッド・インー。今日も楽しくベッド・イン。今夜も絶対、超さいこー』
『貴様の周囲にいる全ての女性を誘拐してやる』
『はーい終了。警察に突き出しまーす』
いつものやり取りを聞きながら、深雪は肩の力を抜いて息を吸った。ほうっと、深く吐く。血の巡りがよくなった気がした。深雪は姿勢を正して気合を入れた。
『お前ら、よく聞けよ。呪文を唱えたからといって不死身になったわけじゃねえ。状況は把握しているな。俺は死にたくない。お前らも死にたくないか?』
深雪は目を瞑り、バルトの質問に無言で答えた。
死にたくない。まだ星喰い人になるわけにはいかない。父や妹と敵対してでも、母と姉を守ると決意した。自分の気持ちは、なにがあっても揺るぎはしない。
しかし──。
深雪は目を瞑ったまま俯いた。
『俺は今夜も女の子と遊ぶんだ。お前らを弔う時間なんかねえんだよ』
今夜、時生と戦場で再会する。根拠などないが、断言できる。
二つの星に分かれても、家族の絆は繋がったままだ。理屈などない。ただ、父の気配を強く感じる。
時生を止めると、由香里と約束した。姉との約束は果たすべき使命でもある。
父は、再び死ぬ。父の命を奪う存在は、自分だ。
深雪は重く閉ざされた瞼を開いて、呟いた。
「──私は、躊躇なく使命を果たします」
時生は今夜、深雪の命を奪いに来る。命を奪われる前に、時生を撃墜する。
翠は深雪の生還を祈っていた。母との約束は必ず守らなければならない。
父と交戦しても決して迷ってはいけない。迷わずに、生きて母と姉の元へ帰る。自宅は焼け落ちた。空き部屋は三つとも、永遠に空き部屋のままだ。
「変えられない運命なんかない」
深雪は祈った。帰りたい。早く我が家へ帰りたい。狭くて不自由なプレハブ住宅が深雪の自宅だ。死にたくない。空き部屋を埋めたくない。
──帰りたい。
脳裏に、時生と奈々の瑞々しい笑顔と、リリィが元気に走り回る姿が浮かんだ。
『臆するな。誰かが死ぬと決まったわけではない。貴様らはいつものように肩の力を抜いて戦えばいい』
『そうそう。未来なんか、初めから決まっていないのさ。変えなきゃいけない運命なんてものが、そもそも存在しない。妙な呪文を唱えるのは、今日で終わりだ』
誰もが予感していた。今夜、モンド隊は全滅する。
『それじゃー、今日も楽しく暴れましょう。ウェーイ』
『──モンド隊、発進する』
モンドの言葉を合図に、メタモルフォーシスⅣは飛行甲板から飛び立った。
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