第四話 戦さ場で 数珠と連なる 闇の粒
深雪は今、航空母艦HOPE・
史上最大のHOPEは、アメリカが建造したHOPE・ミネルヴァだ。
空母〝曙光〟は、日本軍が所有する曙光型戦艦の一番艦である。
日本は三度目の星喰い襲来の後に自衛隊を解体し、日本軍を結成した。大日本帝国軍や自衛隊とは違い、陸・海・空と具体的に分かれていない。
国家連合軍は、各国の軍との連携を最重視するよう取り決めた。戦争ビジネスはアメリカをはじめ世界が放棄した。情報、技術、金。どれか一つでも惜しんだら、死に繋がる。未知数な強敵を相手に余裕など全くなかった。
HOPEは機動力が比較的低く武装は貧弱だが、数多くの主力戦闘機を艦載している。メッテーヤは日本が製造した。国家連合軍の主力戦闘機の一機だ。
深雪は、メッテーヤが並ぶ飛行甲板を足早に進んだ。
自身に与えられたメッテーヤⅧのコックピットに腰を下ろした。準備を済ませ、呼吸を整える。瞼を伏せ、じっと出撃命令を待った。
深雪の機体カラーはホワイト。岡山隊の機体は全てホワイトに統一されている。
深雪は正規パイロットとして入隊を認められた当日に、髪を刈り上げた。
「
シートに身を沈めながら、深雪は正規パイロットに選ばれたと報告したときに、翠に言われた言葉を思い出す。
「たとえグレイ・バードやブラック・バードを撃墜しても、お父さんは、あなたを抱きしめない。星喰いを破壊しても、奈々は笑わない。星喰い人を全滅させても、リリィは駆け回らない。亡くなった家族は生き返らないのよ」
言われなくても、わかっている。
家族と過ごす賑やかな毎日が大好きだった。
穏やかで幸福な生活は、二度と戻らない。時間は遡らない。
時生も奈々もリリィも、生き返らない。燃え崩れた家と同じ家が建つ日も永遠に来ない。
知っている。よく、理解している。
それでも、深雪は立ち止まれない。前に進まずにはいられない。敵に一矢を報いないと、何が何でも気が済まない。
深雪と家族は、ひとつだ。深雪が戦わなければ、犠牲になった家族が報われないだろう。あまりにも理不尽ではないか。
度重なる空襲により、地球は混沌の渦へと沈んだ。
国も地域も関係なく、多くの街が破壊され、各地で虐殺行為が繰り返された。
もはや限界だった。
なんとしても星喰いを破壊し、虐殺を止めなければならない。
(ううん。大勢の知らない誰かの命なんか、どうでもいい)
深雪の心に憑りついて離れない感情は、家族を屠った事実に対する、怒りと恨みの念だ。
(絶対に、許さない──)
怨恨と憤怒の波に呑まれ、深雪の心は幾度も砕けた。深雪の心を占める大半が、仇討の決意と、生き残った家族を守る壁となる覚悟だ。
(お父さん、奈々、リリィ。仇討は必ず果たすよ。必ず帰ってくるから待っていて。お母さん、お姉ちゃん)
『佐原、聞いているのか? 佐原深雪』
スピーカーから岡山の声が流れてきた。
「すみません、聞いていませんでした」
『おいおい、しっかりしてくれよ』
そうだ。これから出撃する。考え事をしている暇などない。やっと憎いあいつらを粉砕するチャンスが来たのだ。
再びスピーカーから岡山の声が流れてきた。
『岡山隊の役割は、目障りなブラック・バードを叩き落として星喰いを丸腰にすることである。星喰い強襲部隊が星喰いを叩けるよう、命を懸けて敵機を撃墜せよ』
「了解」
レッドアウトしたかのように視界が赤くなった気がした。興奮で全身の血が
『岡山隊、出撃する』
岡山隊はα小隊から順次、飛行甲板から飛び立った。
先頭で出撃した深雪は、後続小隊をレーダーで確認しつつ、頭の中で作戦を確認した。
星喰いは、常に市街地を狙う。
高層ビルに衝突しそうな位置に出現し、触手を伸ばしてグレイ・バードとブラック・バードを吐き出し終えると、徐々に高度を上げ、停止する。
停止したあとは、消える瞬間まで、その場を動かない。しばらく時間を開けた後、停止したまま戦闘機の吐き出しを再開する。
星喰いから艦砲射撃を受けた事例は、過去にない。
黒い繭の形をした星喰いから、艦載砲は確認されていない。隠し持っているのか、あるいは、ただの空を飛ぶ輸送艦にすぎないのか。
それにしても、星喰いは巨大だ。HOPEを含む国家連合軍の航空母艦とは比較にならない、次元が違う大きさだ。
いったいどれほどの数の戦闘機を保有しているのか、見当もつかない。
目標のブラック・バードは、八十三機。星喰いを取り囲むようにブンブンと飛び回っていたが、八十三機のうち三十機ほどが、先発した他部隊と交戦している。
星喰い周辺を旋回中だったブラック・バードも、岡山隊を補足すると瞬時に攻撃を仕掛けてきた。
凄まじいスピードだ。主力となっているブラック・バードは、武装状態でも最大速度マッハ一・六を記録する。
しかし、何故か、ほとんどのブラック・バードが空対空ミサイルによる攻撃手段を選ばず、機関砲によるドッグファイトを仕掛けてくる。赤外線誘導ミサイルもレーダー誘導型ミサイルも、なにも使用してこない。
だが、電子妨害装置や、チャフ、フレア、曳航型囮、射出型囮、投下型囮などは大量に使用し、こちらのミサイル攻撃を妨害してくる。
稀に、短射程空対空ミサイルのみを使用し、ミサイルが尽きると特攻を試みてくるブラック・バードがある。
これらのブラック・バードは兵装や増槽を機体に埋め込んでいないためか、空気抵抗など無視して最高速度マッハ二・五で特攻してくる。
現在までのブラック・バードの撃墜数は二十二機。まもなく数十機が追加で出撃するはずだ。
『α小隊は星喰いの横っ腹の中央を目指す。β小隊からΖ小隊は、α小隊の進路を確保しろ』
「了解」
ブラック・バード殲滅部隊が道を作らねば、星喰い強襲部隊が出撃できない。
(やってやる。見てろ、ブラック・バード)
『佐原、聞いているな』
スピーカーから名前を呼ばれ、深雪は見開いていた瞼を
『いいか、無理はするなよ』
岡山の言葉に、深雪は首を捻った。
「無理をせずに、どうやってブラック・バードを墜とすんですか」
『黙れ。貴様は絶対に死ぬな。危なくなったら離脱しろ。これは命令だ』
岡山は、切りつけるような口調で言い放った。
深雪には岡山の言葉の意味が理解できなかった。
命を
深雪は首を鳴らすと、インターコムに向かって大声を張り上げた。
「すみませんが、隊長、その命令は聞けません」
言うや否や、深雪はメッテーヤⅧを叱咤し、岡山機を追い抜いた。マッハ〇・九では足りない。さらにマッハ一・六まで加速させた。
急激に空気の摩擦抵抗が増大していく。センサーが赤外線を探知できなくなってきた。垂れ流しているみたいに燃料が減っていく。
(知ったことか。ようは堕とせばいいんでしょ)
「叩き落とされたハエみたいに潰れろ」
メッテーヤⅧ、眼前のブラック・バードに二十五ミリメートル機関砲を向けた。ブラック・バードは煙を噴き出しながら急降下した。
(ブラック・バードが機関砲によるドッグファイトを好むのは知ってるよ。五百六十発も装弾しているし、ガンポッドもある。蜂の巣になれ)
メッテーヤⅧは強烈なGに耐えながら旋回し、二機目を撃墜。ブラック・バードは倒壊しかけたビルに衝突し、大輪の炎の花となった。
(戦場に咲く花って、全然キレイじゃない)
だけど、ゾクゾクする。周囲に飛び散った金属の花弁を避けながら、深雪は心の中で吠えた。
(まずは二機だ。さまあみろ)
『佐原、隊列を乱すな』
スピーカー越しに岡山に叱責されたが、深雪は、またも命令を完全に無視した。
三機目、左旋回しながらメッテーヤⅧの後方を占位。
「舐めやがって。好きなだけ弾丸を浴びろ」
(降下して反転。速度を上げれば背後を取れる。馬鹿にするなよ)
メッテーヤⅧ、ロースピードヨーヨーで敵機後方を占位。機関砲発射。目標の撃墜を確認。
四機目に視程内距離空対空ミサイル・ガラガラヘビを発射。ブラック・バードはバレルロールで回避を試みるも、ミサイルは左翼に命中した。
五機目、急接近しつつ対空機関砲発射。メッテーヤⅧ、百八十度ロールし背面急降下、これをかわす。
(目障りなんだよ)
レーダー警戒受信機がピーピーとうるさい。急に耳障りだと感じるようになった。気持ちに余裕がなくなってきたのだろうか。
ミサイル接近警報装置が鳴っている。ブラック・バードの一機が、珍しく短射程空対空ミサイルを使用したらしい。
(アーチャーを使ったか。しばらくしたら特攻してくるな。面倒くさい。それよりも……)
五機目がしつこく迫ってくる。メッテーヤⅧはアフターバーナーを既に使用している。燃料が気になるが、油断したら撃墜される。
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