第136話番外編-3

「清水のおっさんか……?」

 

 少しずつ霧が晴れてきてはいるとは言え、まだまだ相手の姿を視認するには霧は深すぎた。

聞き慣れた声にジョンは思わず声の主に返答するが、相手からの返事はない。



「おーい、ジョン」


 霧の中から、変らない調子で声を掛けてくる。そこでジョンは”それ”が清水でないことを察する。

『こんな霧の中で、俺のこと分かるのおかしいだろ。そもそも清水のおっさんがここに居るのは可笑しいし』と

ジョンは考えながら足下に転がる手頃な小石を拾い上げる。


「おい、清水のおっさん!」



「おーい、ジョン」


「モノホンのおっさんなら、後で謝るわ!」


 そう言うとジョンは手に持った小石を思い切り、その声のする方へ投げつける。

小石は勢いよくその声の主の方へと吸い込まれると、”カツッ”という何か固いモノに当たったかのような音が響いた。


「上手く当たったか?」



「おーい、ジョン」



「おーい、ジョン」



「おーい、ジョン」



「……ーい、ジョン」



「……、ジョン」


「……、ョン」


「……ン」


 声はぺたり、ぺたりと濡れた足音を響かせながらゆっくり去って行く。それは、つまり投石した相手が、少なくともジョンの知る清水ではなかったことを示していた。清水の性格なら、投石をされたことに怒り狂って怒鳴りつけに飛び出してくるはずであるからだ。

ジョンは自身の投石が”よく分からないモノ”に上手く当たったことに満足し、頷くと構えていたナイフを足首に隠した鞘に戻す。そして、勝利を確信して鼻歌を口ずさみながら歩きだす。



 いや、鼻歌を歌いながら歩き出そうとした。

しかし、ジョンの足が動くことはなかった。




「痛いじゃない、”兄さん”」



 突然、ぺたりと冷たい白くて細い手がジョンの首を掴み、絞める。ジョンは咄嗟にその手を剥がそうともがくが、剥がれない。

ジョンが腕の先を見ると、霧の中から腕だけがするりと伸びていた。


「……ジュ……リ……?」


 その声の主は、妹であるジュリの声。

そしてその白い手には、以前怪異によって妹がつけられたのと同じ酷いケロイド痕が痛々しく付いていた。


「……うぅ」



 ジョンは息を出来ずにうめき声を上げる。

さらにその白い腕はジョンの体を、首を絞めたまま持ち上げていくのであった。

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怪異に乙女とチェーンソー 重弘茉莉 @therock417

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