第108話13-10

大量自殺と換気扇に看護婦が詰め込めらて惨殺されていた事件が起きた翌日、ジュリとジョンの2人は明治病院の五階にある談話室に居た。


「で、これが昨日もらった事件の資料なんだけど」


「なんか分かったのか?」


「2004年の事件とと今回の大量自殺者の中に身元不明者が出ていたのよ。で、”合鴨先生”に確認したら、明治病院の付近で身元不明者が数年ごとに出ていたわ」


「身元不明者と”誰か”が入れ替わっているってことか? 大量自殺と看護婦殺しはその偽装と」


「ええ、そう考えてるわ。で、兄さんも何か情報ないの? このままじゃ、入院患者をしらみつぶしに探さないといけなくなるんだけど」


 ジョンは妹のジュリのその問いに少し考え込んだ後、何かを思いついたかのような表情になる。


「昨日、お前が傷口を縫われている間にいろんなやつに死んだ看護婦について聞き回ってたんだがな。あの看護婦と話したやつが居たのよ。本物が死んでいたはずの時間に」


「それで?」


「まあ、お決まりなんだが様子がおかしかったと。看護婦と仲の良い患者の話なんだが、声とか雰囲気は同じなのにまるで初対面みたいな話し方をされたんだとさ」


「ふぅん?」


「なあ、入れ替わったそいつは姿は模倣できても記憶自体は模倣できないとか? そうなら、身元不明者がどんな人間か推測できるな」


「どういうこと?」


「考えて見ろ。昨日まで普通に会話していた相手が、次の日は突然記憶喪失になったら噂になるはずだろ? しかも数年ごとにそんなことが起きていたら、怪しまれる。だが、実際にはそんな噂なんて聞いたこともない。つまり、だ」


「……記憶がない人間か、あるいは意識のない人間と入れ替わっているってこと?」


「恐らくな。で、その推測に付け加えるとしたら病室は大部屋じゃなく、個室だな。意識不明の人間がフラフラ歩いて居るところを見られたら大騒ぎだからな」


「じゃあ、個室に入院していて意識か記憶のない人間を探せば良さそうね」


 ジュリはそう言うと、携帯を手に持って談話室の外に出て行く。

ジョンは暇そうに、本棚に放置された漫画を手に取るとパラパラとページを飛ばしながら読み始める。


 10分程してジュリはニコニコしながらジョンの元に帰ってくる。

両手にはオレンジの香りがする液体が満たされていた紙コップを2つ持って。


「今、鈴に連絡したんだけど『後は自分たちでやる』って」


「今回の依頼は、なんだか拍子抜けだな。実際に俺たちで退治もしてないし、そもそも入れ替わった先の特定すらしてない」


 ジュリは両手に持った紙コップの片方を兄のジョンの前に置くと、もう1つの方に口をつけながら上機嫌に応える。


「まあ、そもそも私たちは調査までって依頼だし。それに毒を持った相手に、下手に手を出して返り討ちなんて嫌だしね」


 ジュリのその言葉を最後に少しの間、沈黙が訪れる。

沈黙を破るようにジョンはぽつりと声を出す。


「今回の怪異の正体って噂の通り、気の狂った看護婦だったのか? つまり、元は普通の人間だったってことだよな」


「さあ? ただ、元が人間だったとして」


 ジュリは一拍置いて、強調するような口調で言う。


「自分の欲のために人殺しをしたらそれはもう人間じゃなくて、ただの怪物(モンスター)よ。同情の余地なんてないわ」


「……ああ、そうだな」


 ジョンはなんとも言えない表情を作りながら、紙コップに入ったジュースを煽る。

そしてジョンは納得していない雰囲気で、席を立つとジュリを置いて自身の病室へと戻るのであった。


 その日の夜遅く、入院患者が1人病院から姿を消したが誰も騒ぐことはなかった。

そして、その後明治病院から身元不明者の遺体は出ることがなかったのである。

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