第104話13-6

 院内の階段を見つけると、手すりを掴んで一気に階段を駆け上がる2人。

息をやや切らしながらも、速度を落とすことはない。


「きゃあっ!?」


「ナースさん、ちょっとどいて」


 階段を駆け上がる。


「んなぁあっ!?」


「わりいな、じいさん!」


 ぶつかりそうになっても。


「ちょっと、危ないじゃないのっ!」


「今度から気をつけるわ」


 1秒でも早く目的の場所に辿り着くために。 

階段を降りていたバレッタをつけた看護婦、杖をついた老人、化粧の濃い中年の見舞客、そのほかにも幾人もの人間にぶつかりそうになるが華麗に避けて階段を掛けあがる。

そして9階に辿り着くと、廊下に飛び出した。


「トイレはどっちだ!」


「あっちよ、兄さん」


 ジョンは廊下に飛び出して、左右に顔を振る。

ジュリは立ち止まったジョンの横を抜けると、被害者たちが飛び降りたトイレへと駆ける。一瞬だけ反応が遅れたジョンも、ジュリの背に続いて駆けだした。


「そっちの確認を頼むわよ」


「そっちも気をつけろよ?」


 ジュリとジョンはそれぞれ女子トイレと男子トイレに飛び込んだ。

ジョンが男子トイレに飛び込んで見たもの。それは青地のタイル、揃えられた4組みのサンダル、半分ほどに減った芳香剤。そしてなにもない静けさ。


「ちっ、外れか」


 外れだったことに微かないらだちを覚えながらもジョンは小さく舌打ちすると、妹のジュリに大きな声で声を掛ける。


「こっちは大当たりよ、兄さん」


 なにもなかった男子トイレとは対照的に、ジュリの方にはいくつかの異変があった。

男子トイレと同じくピンク地のタイル、揃えられた4組みのサンダル、半分ほどに減った芳香剤。変っていたのは、割れたトイレの窓、ピンク地のタイルに飛び散った数滴の血、そして半透明の液体が床と天井にまで飛び散っていた。


「この液体は何……?」


 ジュリはポケットからハンカチを取り出すと、その液体を拭う。

そのまま、その液体のついたハンカチを鼻に近づける。


「軽いアンモニア臭……成分はジメチルトリプタミン、モノアミン酸化酵素阻害薬。 ……幻覚剤の一種?」


 ジュリは犬にも勝るその嗅覚で、謎の液体の正体について考察を進める。だがジュリが考察を進めている僅かな間に、その謎の液体は揮発して完全に消滅する。

そして後には、割れた窓しか残らなかった。


「どうだー、ジュリ?」


 トイレの外から声を掛けたジョンにジュリが答えようとした瞬間、病院内に悲鳴がこだまする。

その悲鳴の発信場所は、鈴の愛車に降ってきた被害者たちが居たと思われる別棟のトイレからだった。


「ああ、まったく……」


 ジュリは心底うんざりしたようにため息を吐く。ジュリがジョンに声を掛けようとしたが、既にそこには居なかった。

トイレの外からは、ジョンの廊下を走る大きな足音が響いていた。


「やるならせめて、1カ所でまとめてやって欲しいわ」


 うんざりした様子で、ジュリも悲鳴が聞こえた別棟へと駆けだしたのであった。

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