天国地獄診断機
第38話 7-1
横溝 雅司は読書が好きであった。特に彼は、古本屋などを巡り、様々な古書を読むのを好んでいた。
明くる日の午後2時42分。雅司はここ、川越市で開かれているフリーマーケットの入り口に立っていた。
「今日はいい物があるかな?」
雅司は古本屋を回るよりも、こういった家の本棚の隅で眠っていた本を漁るのを特に好んでいた。それらの本には、通常古本屋では扱わない古書や、希少性の高い本が投げ売りされていることがよく見られたからであった。
「ん?」
雅司は足を止める。ブルーシートが敷かれたフリーマーケットの一角、目の下に隈が出来て如何にも不健康そうな男が店を出している。
雅司が足を止めたのは、男がその広いスペースに一点の品物しか置いていなかったからだ。
「これは……電話?」
雅司は男に尋ねる。それは30cmほどの大きさで、ところどころボタンが欠けてはいたが、黒くて、デルビル電話機の形をしていた。所謂、片耳に筒状の受話器を当てて、電話機本体に話しかけるタイプであった。
「いや、これは電話じゃありません。こいつはもうすぐ死ぬ人間が天国に行けるか、それとも地獄に行けるか分かる診断機なんです」
「何だって?」
雅司は思わず吹き出す。
「あの世があるのかすら分からないのに、それを判定する機械? それに、その装置の診断通りに天国か地獄に行ったかなんて分かる訳がないでしょう?」
「確かにおっしゃるとおりです」
男はA3程度の紙を差し出しながら、説明をし始める。どうやらそれは、この不思議な機械の取扱説明書であった。
「まぁ、取りあえず実演しましょう」
男は電話の受話器の部分を外すと、フリーマーケットに歩いている人たちにそれを向けた。
その前をある老紳士が杖をついて通りかかった。
瞬間、
『ジゴク! ジゴク! ジゴク!』
電話機から、いかにも機械音声がしゃべり出した。
「えっ」
雅司はその老紳士を目で追う。
地獄行き? あの人、もうすぐ死ぬの?と、雅司は頭の中を疑問符が湧き続ける。
しかし老紳士は杖をつきながらも悠々と人混みをかき分け、フリーマーケットの外へと消えた。
雅司はその老紳士の背を見送ると、機械を握ったままの男の方へと向き直る。
「それで、あの人はどうなるんです?」
「まあまあ、ちょっと待っててくださいよ」
雅司と男が顔を見合わせていると、突然、近くから急ブレーキの音、何か重い音が叩きつけられる音、人々の悲鳴が聞こえた。
「えっ!?」
人々のざわめきが辺りに溢れかえる。
「おじいさんがトラックに轢かれたって」
「タイヤに挟まれて……」
「ひどい血が」
「救急車は!?」
雅司はその轢かれたという老人を見に行かなくても、直感で理解する。
先ほどの老紳士がトラックに轢かれたのだと。
「ほら、言ったじゃないですか」
男は不気味に口角を吊り上げて笑う。
「この診断機、今なら5000円でお売り致しますが、どうしますか?」
雅司は既に、この妖しげな診断機に魅入られていたのであろう。
財布を開けて5000円札1枚を取り出すと、男に手渡した。
「まいど、ありがとうございます」
雅司は診断機を受け取ると、足早にフリーマーケットを後にしたのであった。
その日の夕方、あのフリーマーケットの事故が報道された。そこにはあの老紳士の写真と、スリの常習犯であったこと、そしてスリがバレて逃走中での事故であったと、ニュースキャスターが抑揚のない声で読み上げていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます