第3.5話 まるで探偵みたい
――小一時間後。
店から出てきたのは満足顔の遥と、なぜか気落ちしている紫明の姿だった。
「なるほどな。茶葉のブレンドというのは興味深い。今の俺がやっても上手くいかないだろうから、帰ったら試作品を作るところから始めなきゃな。ああでも、その前に紅茶に合うお菓子を探すべきか。紅茶だけ頼む客なんて少ないだろうからな、デザートとセットだろう」
なんとか自分のお店に応用できないかとブツブツ呟いている。
「……どんだけ紅茶ばっか頼むのハル兄ぃ」
紫明は呆れながら言う。
そこにいた客からしてみれば、なかなか奇天烈な行動に見えただろう。
次々と紅茶ばかり頼んでは飲み干す爽やかイケメン。
一方連れの少女は水を飲むばかり。
かわいそうに思った店員が気を利かせて同じ紅茶をサービスで運んできてくれたのだが、残念ながら紫明は紅茶が飲めない。
それを説明するのも面倒なので遥が全部飲む。
そして何度もトイレに向かう。
何事もなかったように席に戻り、再びソムリエのように舌で転がしながら味わう姿は無駄に絵になる。
結果、やけに注目を集めてしまいSNSで拡散されたとか。
もちろんネットに疎い遥は知らないところだが。
ついでに紫明が『#大井鳴探偵事務所』『#依頼募集中』『#拡散希望』のハッシュタグを付けたとか付けていないとか。
「ん……おー、よしよし」
近づいてきた子猫を優しく撫で回す。
喉を鳴らして心地良さそうな顔を向ける猫に、思わず遥の顔がほころぶ。
「家に来る黒猫さんにもそれくらい愛想良くしたらいいのに」
「あいつは別だっ!」
遥とあの黒猫との間に一体何があったのか。
紫明には甘い遥だが、なぜかこと黒猫に関しては譲らないのだ。
「――よし、あっちのコンビニを超えた先に目的のマンションがあるから行くぞ」
「えっ、何でそんなことがわかるの!?」
目をパチクリと大きく見開き紫明は驚く。
「お前の知らないところでしっかり聞き込み調査をやってるのさ」
「くぅー、さっすがハル兄。まるで探偵みたい」
「探偵だけどな」
言葉通り、コンビニに差し掛かったところでマンションが見えてくる。
「――さあどうぞ、まだ清掃業者が入っていないので汚れてますが」
中年の男性が鍵を開け、マンションの一室へと二人を案内する。
妹が近くの大学を受験するため下宿先の下見に行きたい、と前もって伝えていたのだ。
日当たりや階数など事細かに条件を述べて、無理やり紺屋花菜の住んでいた部屋を下見できるように仕向けた。
実際のところ、紫明はまだ高校二年生だが受験生だと偽ったところでバレることもない。
「この辺りは競争率も高いって聞きますから、早めに行動しておこうと思いまして。その方が妹の進学に対するモチベーションも上がるかな、と」
遥は妹思いの兄という役割を見事に演じている。
そしてこれはあまり勉学に勤しまない紫明への牽制にもなっていた。
「……おい、何むくれてんだ。ほら、もっと喜ばないと怪しまれるだろ」
管理人に聞こえないように囁く遥に対して、紫明の表情は暗い。
――してやられた、と。
父親が死んでから引きこもりがちだったのを遥が更生させたのだが、それでも高校生活を素直に謳歌できるほど復活を果たしたわけではない。
遥がそう望んでいるから高校に行っているだけ。
むしろこうして遥と探偵稼業に勤しむ方が彼女にとって有意義な時間である。
「……」
遥の後ろで服をギュッと掴み隠れている。
どうやら彼女は人見知りな受験生を演じているようだ。
普段の彼女を知っている者なら信じられないという顔をするだろう。
遥ですら油断すると顔をしかめてしまいそうになる。
「ええっと、それじゃ終わったら下の管理人室まで鍵を返しに来てもらったら良いんで、どうぞごゆっくり見学なさってください」
察したのか男性はそう言って鍵を遥に手渡す。
「ありがとうございます」
爽やかな兄。
妹思いの兄。
真のイケメンは男女関係なく接するのだなと感心しながら管理人は部屋を後にする。
「……何か言えよ。怪しまれるだろ」
「えー。だってあそこで親しげに喋りだしてたらあのおじさん、きっと居座ってたよ?」
「確かにな。人払いしたかったから結果オーライか」
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