第3.4話 現地調査だ

 行方不明の紺屋こんや花菜かなの住んでいたマンションの近くには、インスタ映えすると巷で話題のお店があるらしい。

 現地調査という名目で紫明は遥を連れ出した。


「いっんすった映えっ、インスタ映えー」

「しぃ、目的を取り違えるなよ。食事が目当てじゃなくて調査が目的なんだからな」

「わかってるって~」

「そもそもお前インスタやってないだろ」

「ギクッ」

 紫明の心に大きな棘が刺さった。


「わざわざ写真撮ってどうするんだ。誰かに見せるのか」

「え、えっと……ハル兄とか」

「今から食べに行くんだが? 目の前で撮った写真を送られるのか、俺」

 明らかに浮かれている彼女を制すように遥は目を光らせ、紫明は口を尖らせる。


「食事は調査を済ませてからな」

「えーっ!!」

「このままだと食べて満足して帰りそうな勢いだから、って露骨に嫌な顔すんな」

「あれ? あたしの行動読まれてる? 思考が筒抜け?」

 信じられないといった表情を見せる。

 誰でもわかるわ、と突っ込んで一人先を歩く。

 ぶーぶー文句を言いつつ、遥の背中を追いかける彼女の口元は綻んでいた。


「あら~」

 二人の前に間延びした口調で話しかける影が一つ。

「花さん!」

 菓子屋『風月』の看板娘、村雲むらくもはなである。


「むむっ……」

 遥の顔が緩んだのを紫明は見逃さない。

 キッと目を細めて睨む。

 彼の方は気付かないのか気付いても無視しているのかは不明だが、一切紫明に構うことなく花の方を向いている。

 ここで紫明に構うことに何の得もないと経験上わかっている彼なりの防衛策である。


「二人はこんなところでどうしたの~。あ、もしかして、デートだったりするのかしら~」

「そうです!」

「即答するな。違います」

 外で二人と出会った時のお決まりのやり取りとなっている。


「大きなキャリーケースを持っているから、てっきり旅行かな~って」

「ああ、これはです」

 遥はずっとキャリーケースを引きずりながら歩いていた。

 観光地なのでそれほど珍しくもない光景である。


「あ~、あのお店ね~」

 調査に向かっていること、そしてこれから行く店のことを話すと、彼女は知っている素振りで頷く。

「花さん知ってるの!?」

「知ってるも何も、あのお店に和菓子を卸してるもの~」

 『風月』といえばこの辺りでは知らない人は居ないほど有名なお店なだけあって、商売も手広くやっているようだ。

 創業百年以上の老舗の跡継ぎであり、実は結構すごい人だったりする。

 といっても、二人にとってはただの「近所の優しいお姉さん」なのだ。


「和菓子はもちろんのこと、洋菓子にも凝ってるわよ~。はる君の好きな紅茶も色々とメニューにあった気がするから、お勉強に良いかもしれないわ」

「紅茶……」

 遥の目つきが変わった。

 これは彼の探究心に対するスイッチが入ったことを意味する。

 ということは、もうひと押しすれば遥も先に食事を済ませることに賛成してくれるかもしれない、という思考が紫明の中で繰り広げられる。


(花さんナイス!)

 紫明は心の中でグッジョブしておいた。

 後はそれとなく彼の好奇心を煽る方向に持っていけば完璧である。

 さてなんと声をかけたものかと彼女が思案していると、遥の方から声をかけてくる。


「しぃ」

「うん?」


「現地調査だ、行くぞ」

「……どこに?」

「決まってるだろ。ライバル店の視察だよ」


 紫明と花は互いに目配せして、親指を立てる。

 行ってきます、と。

 行ってらっしゃーい、と。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る