第3.1話 俺は認めない

「さて、手がかりは名前と通っている大学だけ。流石にもう少し情報がほしいな。ていうか、恋人……だよな? わざわざ探偵使ってまで調べなくても、普通に連絡したら良いんじゃ……?」

「んー、なんか喧嘩別れっぽいよ。それで急に居なくなって、連絡もつかないみたいな」

「そうなんだ……って、なんでそんなこと知ってるんだ!?」

 遥が驚いて声を上げると、紫明はスマホの画面を彼に向ける。

「だって連絡先交換したし」


 すでに大量のやり取りが行われた跡がある。

 彼が事務所を去ってからそれほど時間は経っていないのに。

 そもそもいつの間に連絡先の交換なんて、と遥が考えて視線を逸らした途端、目にも留まらぬ早業でフリック入力からメッセージが送られる。

 彼が視線を戻した時にはすでに何食わぬ顔でスマホを下ろしていた。


「……?」

 何かが起きたような、でも何も変わった様子はないと少し考えていると、紫明のスマホからメッセージの到着音が鳴った。

「へー。近くにインスタ映えするお店があるんだって。今度、下見がてら見に行こーよ」

「……」

 何と声をかけて良いものやら、遥は呆れ顔だった。

「んー? どうしたの、ハル兄」

 彼女は人前だと『お兄ちゃん』呼ばわり、気兼ねなく呼ぶときは『ハル兄』という使い分けをしている。


「お前、誰とでも簡単に連絡先を交換したりしてないだろうな」

「まっさかー、そんなことしないよー。あっ、もしかしてハル兄、心配してる? このまま異性いせー交遊こーゆーに発展しちゃうんじゃないかと保護者気取っちゃう?」

 いたずらに笑みを浮かべて紫明は遥の方を見る。

「いや、そりゃあ健全な交友関係なら俺が口を出すこともないっていうか……」

「なんでよっ!! 心配してよっ!!」

「えぇー……」

 年頃の娘は扱いが難しくて困る。

 そんな風に心の中でため息を吐きながら、表向きは受け流すようにやり過ごす。


「はいはい……はぁ……」

 ちょっと受け流しきれなかった。

 その反応を彼女は見逃さない。

「えっ、ハル兄のこと、困らせてる……?」

 それまでのテンションから一転、急にしおらしくなってしまった。

 遥を本当に困らせてしまうのは本意ではなく、そうなると紫明も落ち込んでしまう。

 遥にとってはそれこそ本意ではないため、これはまずいと無理にでも己を奮い立たせる。

「馬鹿を言うな。前言撤回だ。紅茶の違いがわかるやつでもなきゃ俺は認めないぞ」

「わーい、やっぱり紅茶馬鹿だ」


「それにしても、依頼者の芦谷さんって……」

 一段落して、遥が思い出したように呟く。


「変わった人だったな」

「変わった人だったね」

 彼の第一印象はぴたりと一致した。

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