第3話 その依頼、承りました!

「もしかして、依頼っていうのは……」

「はい、人探しです」

 僕がそう言うと、彼女はテンション高めにガッツポーズする。

 いや、元々テンションはずっと高かったな。

 彼女はみぞおちに何度も食らわせる感じでガッツポーズした。


「良かったー。もしも初っ端の依頼が『浮気調査』とか『殺人事件』とかだったらどーしよーかと思ってたの。丁度良い、うん、丁度良い。可もなく不可もなく、至って普通の依頼で助かったわー」

「そ、そうでしょう! 普通の依頼ですよね! これ、至って普通の依頼ですよね!」

 嬉しくて思わずこっちもテンションが上ってしまった。

「えっ、二人ともどこにテンション上がる要素があった……?」

 お兄さんは困惑している。

 ああ、仕方ない。

 だってお兄さんはそう、ちょっと、平凡と呼ぶにはイケメンすぎるしヤンチャっぽいし……。


「というか、多分お前みたいな子供に浮気調査なんて依頼しないだろうし、そもそも殺人事件なんて探偵がでしゃばるのは創作だけだから。現実じゃありえないっての」

 あ、夢を壊された、みたいな絶望的な表情を浮かべている。

 ムンクより叫んでそう。


「え……じゃあ、東の名探偵とか西の名探偵とかいないの? 同級生が次々と殺されていく高校も存在しないの? どんな事件も尺を保たせてくれる探偵も、温泉を舐めて事件を解決する探偵も存在しないってこと!?」

 この子の探偵観は随分偏っているな。

 無慈悲にも彼が全否定して、糸の切れたマリオネットのようにその場に倒れ込む。

 差し込む夕日がスポットライトのようだ。


「えーっと、それで探してるのはどんな人?」

 切替え早っ。

 僕は胸元から一枚の写真を取り出す。

「この女性です」

 ……?

 なぜか二人ともぷるぷると震えながら見つめ合い、そしてこちらを見る。


「スゴイ、スゴイよこれっ! 本当に探偵みたい!」

「ああ、まさか写真を出されるとは思わなかったな……」

「ねぇ、それ現像したの? スマホとかデジカメのデータをわざわざこのために現像したってことよね!? てっきりスマホの画面出されると思ってたのに!」

 し、しまった。

 今どきは普通はそっちか!

 わざわざ写真を用意してくる依頼者というのはもしかして、普通でない……?

「感動してるわ! 依頼者の鑑よ! こーゆーのは雰囲気が一番大事よね!」

 なんか喜ばれてるし、これはこれで良いか。


「でも、なーんかこの写真パッとしないっていうか、ちょっと遠くからでわかりにくいっていうかー。もっとこう、二人でいちゃついてるやつとかないの!? ラブラブなんちゃら拳みたいなのとか!」

「ええー……流石にそんなのはちょっと」

「馬鹿を言うな。いいか、男はこういう時にいちゃついてるような写真は出さないんだよ。そういうのは自分の中だけの思い出にしておくというか、むやみに他人に見せたりしないもんだ。ねぇ、芦谷あしたにさん?」


 仏や、仏様や。

 御仏が此処に居るで。

 微笑みの裏には後光が差してはる。

 心までイケメンすぎるでこのお兄はん。

 しかも普通なら絶対誰も覚えていないであろう僕の名前までしっかり覚えてくれてはる。

 なんやこの人、弥勒仏の生まれ変わりやないの。

 下界に降りて修行中ですかー。

 ……はっ。

 つい方言が。

 うっかり素に戻ってしまった。


「彼女は紺屋こんや花菜かなさん。同じ大学に通っています」

「写真に写っているマンションに住んでいるってことですよね。当然、一人暮らし」

「ええ、きっと」

「いいなー大学生。あたしもゆくゆくは花のJD女子大生探偵になれるのかなー」

「なりたかったら、ちゃーんと学校に行って勉強しなきゃ、な」

 待ってましたと言わんばかりにお兄さんはニヤニヤしながら言う。

「……はぁい」

 うん、どうしたんだろう。

 少し彼女が気落ちしたような。

 あまり勉強は好きじゃない、のかな。


「ふむ。ま、なんにせよ再開してから最初の依頼だし、気合い入れて調査するか」

 ああ、良かった。

 とりあえず引き受けてはもらえそうだ。

「あっ、じゃあさじゃあさ、あたしが決め台詞言っていい?」

「……決め台詞?」

 決め台詞?


「その依頼、承りました!」

 そして謎の決めポーズ。

 恥ずかしさなど微塵も無さそうなドヤ顔。

 なんだこのお店、煩悩と解脱のよくばりセットだな。


「……ええっと、それじゃこちらから聞きたいことがあればメールを送らせてもらいますね。ただ結果報告まで二週間程度、もしかしたら一ヶ月はかかるかもしれません」

「ああ、やはりプロの探偵でもじっくり調査するとそれくらいかかるんですね」

「いや、平日は学校があるんで」

 ですよねー。

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