第2話 冷めないうちに召し上がれ

「――というわけなんです」

「なるほど、わかりました。ではその依頼、引――」

「ちょーっと、待ったぁーっっっ!!!」

 ドタバタと騒々しい音を響かせながら、先ほどの少女が叫んでいた。


「待って、ねぇ、待って」

 抱えた脚立を床に下ろし、呼吸を整えている。

「待って、……待って」

 待ちます。

 結構体力ないなこの子。

 というか女子高生ならこんなものだろうか。


「……すー……はー」

 ようやく落ち着いたみたいだ。

「待って!」

 待ってますよ。

「何が起きたの!? なんでいきなりお客さんが居て依頼を引き受けようって流れになってるの!?」

 少女は頭を抱えてやたら上半身だけうにょうにょ動かしている。

 フラワーロックのようだ。

「なんでって……そりゃあお客さんが来たから話を聞いてただけだろうが」

 イケメンお兄さんが正論をぶつける。

「あー……そっかぁ」

 納得する美少女。

 良いんだ、それで。


「って、あれ。さっきのお兄さんじゃん」

「え、ええ」

「ん? どういうことだ。……まさか蛍光灯を取り付けていたことと関係があるのか」

「てっきりビルの管理人さんだとばかり」

 疑う余地なく少女が言う。

 いきなり蛍光灯を取り付けろとか何事かと思えば、そういうことか。

 なんだ、納得。

「いや、管理人だからって蛍光灯を付けさせるのはおかしいだろ」

 こっちもごもっともだ。



 ――時を戻そう。

 僕は蛍光灯泥棒だと疑われていた。

「……蛍光灯泥棒?」

「いえ、違います」

「そりゃそうですよね」


 以上。

 うん、ここそんな重要じゃないし。

 さらっと流して正解だよね。


「……はっ! 管理人さんじゃなくてお客さんってことは、お仕事の依頼でしょ!」

 世紀の大発見みたいな顔でとても当たり前のことを言う。

 おかしいな、ここのお嬢様学校って結構偏差値高いはずなのに。

 まぁいいか可愛いし。

「ええ、実は」

「ちょっと待ってください。ここじゃ何だから、下のカフェの方で」



「もしかして、こちらのカフェも探偵事務所の一部なんですか?」

「前に居た経営者が辞めてからはずっと空き店舗だったんですが、大学卒業を機に地元で働こうと思い、せっかくだからとここでお店を開くことにしました」

「へー、表の顔はカフェのマスター、その正体は探偵って格好良いですね」

 何故か探偵事務所の下って喫茶店やらカフェってイメージなのは、某推理漫画の影響だろうか。

 ということは、この女の子はカフェの店員さんでかつ探偵の助手ってところね。

 こんな美男美女が居るカフェとか、すぐに人気出そうだな。

 有名になる前に依頼しておいた方が良さそうだ。

「では探偵さん、改めて」

「うん」

 少女が返事する。

 ……あれ?

 もう一度、彼の方を見て声をかけるも、返事はやはり彼女から。

「ぶぅ、もしかしてお兄ちゃんを探偵だと思ってない?」

 何故かふくれっ面の少女。

「そういうことか」

 二人は合点がいったという顔で互いに見合わせる。

 どうしてやれやれ、といった顔でこっちを見るんだい。

 わけがわからないよ。


「えーっと。こちら、探偵」

 彼が少女の方を指し示す。

「で、自分は……助手ってとこかな」

 自らを指差してそう紹介を終えた。

 へー、そうなんだ。

 このJK女子高生が探偵なのね、なるほどなるほどー。


 ……えっ?


「『大井鳴探偵事務所』へようこそ! あたしが所長で探偵の大井鳴おおいなる紫明しめいよ、どんな依頼も歓迎するわ!」

 少女はドヤ顔で決めポーズを取る。

 ずっと考えていたのだろうか、その変わったポーズ。

 沈黙が続こうが空気が一変しようが動じない。

 なんだこの可愛い生物。

 萌え死ぬ。


 口をパクパクさせて二の句が継げないでいると、お兄さんがどこからともなくトレイにカップを載せて運んでくる。

「はい、どうぞ。冷めないうちに召し上がれ」

 湯気の中に見え隠れする澄んだ紅色が夕日のようだ。

 白いカップに注がれた紅茶の香りが辺りに広がる。

「どうも。ええっと、それでですね、依頼というの」

「冷めないうちにどうぞ」

 ちょっと食い気味に言われた。

 ……うん?

「えっと」

「ど・う・ぞ」

「……いただきます」

 ダメだこれ。

 飲まなきゃ先に進めないパターンだ。

 ゲームでよくあるよね、『いいえ』の選択肢じゃ無限ループするやつ。

 物腰は穏やかだけど、実はちょっと怖い人かもしれない。

 なんかよく見ると首元にヘッドホンみたいなよくわからないものぶら下げてるし、ちょっとヤンチャ系な人かもしれない。

 ここは下手な抵抗はせずに従った方が身のためだな。

 普通の人なら誰だってそーする。

 僕だってそーする。


「――あ、美味しい」

 ちょうど飲み頃。

 コーヒーもストレートじゃちょっと……的な自分でも全然いけちゃう。

 むしろ紅茶ってもっと苦いものだと思ってたのに。

「そうでしょうっ!」

 急にテンション高くなった。

 なぜ!?

「お兄ちゃん、紅茶馬鹿なんで」

 あーそっかぁ、なるほどー。

 もはや何でも受け入れている自分が恐ろしい。


「これは『ダージリンティー』です。紅茶の中では最も有名な銘柄ですね。こちらはオータムナルと言って、秋に収穫された茶葉で、こんな風に濃いオレンジ色をしており、味はさっぱりとしていて苦味も少なく、かつ口の中にほのかに甘みが残るまさにストレートで飲むにふさわしい一品となっております」

 饒舌な説明に聞き入ってしまい、思わず拍手してしまう。

 得意げなお兄さんと呆れた表情の少女。

 多分彼らには日常茶飯事なのだろう。


「えーっと、なんだっけ? ダーリンだっけ」

「違う。ダージリン」

「ダーリンだから蜂蜜ハニーと相性抜群なんだ!」

「違う。すげー納得したみたいな顔するな。しかも紅茶に蜂蜜入れて飲むのはロシア式だからな。ロシアより愛をこめてんだよこっちは」

 愛情たっぷりに、じっくりことこと煮込んだダージリン。

「お兄ちゃんの愛は紅茶にしか注がれないからなぁ」

「よし、シベリア送りだ」

 二人のやり取りを見ていると楽しい。

 楽しいのだけれど。


「……ああ。僕のはどこへ行ってしまったのでしょう」




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