第0.4話 そーゆーところあるよね

「おっかしぃーなぁー……。たしかこの箱にしまったと思ったんだけど」

「ハルにぃ、あたしのこと呼んだー?」

「いや呼んでないけど」

「だって今しぃって」

「いや言ってな……くもないのか。だがしかし、お前のことは呼んでいない」

 紫明しぃは頬を膨らませ不満を顕わにする。

「でもハル兄お困りでしょ? この名探偵の力をご所望でしょでしょ?」

「ご所望してない」

 そっけなく彼女にあたり、再びダンボールの中身とにらめっこする。

「ふふん、ハル兄が探しているのはこれでしょ。わかってるんだからっ」

 その言葉に反応してハル兄は振り返る。

 そこで彼女が手にしていたのは少しスプーンを大きくしたような、網目状の金属片の調理器具だった。

「ティーストレーナーか。俺が探しているのはそれじゃない」

「へー、そんな名前なんだ、これ」

 二つで一対になっているそれをはさみのように動かす。

「いわゆる『茶こし』だよ。それはトング型といって中に茶葉を挟んでポットやカップに沈めて抽出するための道具。だから遊ぶんじゃない」

「フォッフォッフォー。……んで、結局ハル兄は何を探しているの?」

 紫明のペースにまんまと乗せられてしまい、遥は諦めたようにため息をつく。


「CDだよ。店内BGMに使おうと思ってたのに、探しても見つからなくってさ」

「へー、なんだっけ、紅茶の名前みたいなジャズグループの人でしょ」

「そうそう。このダンボールに入れたと思ったんだけど、どこにも無くって」

 中身をすべて取り出しても出てこない。

 となると別の箱に入っているということになるが、そうなると全く見当がつかない。

 まだ引っ越してきて日が浅く、大量のダンボールが積み上がっている中から目当てのそれを見つけ出すのは骨が折れる。

「ハル兄がいつも聴いてるソレには入ってないの?」

 紫明が指差すのは、遥がいつも肌身離さず身につけている首掛けのヘッドホン。

 彼はラジオや音楽を常にかけている。

 たまに落語が聞こえてくることもあるが、それを言及して落語を勧められても困るのであまり余計な詮索はしないようにしている。

「あー……どうせ店内で流したら毎日聞くことになると思って消しちゃったんだよ」

「あーあ、ハル兄そーゆーところあるよね。間が悪いっていうか、ちょっと抜けてるっていうか」

「仕方ないだろ。いつでも戻せると思ってさ。うーん、確か最初にここに来た時、どこにCDが入ってるか呟いた気がしたんだ。この箱じゃなかったのか……」

 紫明はニヤリと大きく口を開き、右腕を真っすぐ伸ばして遥に突きつける。

「と、いうことは、あたしの出番のようね!」

「はぁ……」

 彼の予感は的中した。

 紫明が関わるとこうなる予感がしていたので、あえて冷たくして一人で解決しようとしていたのに。

 といっても、彼女に見つかった時点でそのような選択肢は最初から無いわけだが。


「つまりここ数日間のこの部屋をみたらいいってことでしょ」

「簡単に言うけど、そんな細かい芸当が可能なのか?」

「さぁ?」

「おい」

「ちょっとだけ、ちょっとだけ飲めばいけると思うから!」

「飲む分量によるのか、それ……」


 紫明の特殊能力。

 特異体質ともいうべきか。

 それはカフェインの摂取により、通常聞こえたり見えたりしないものを認識できる。

 具体的に言えば『過去』の情報をすくい上げるのだ。

 その場所で起きた出来事、人の声、風の音、匂いなど。

 彼女自身が本来知り得ないはずの情報がなだれ込んで来るのだ。

 一気に押し寄せてくる情報の波は気分を害するため、基本的に彼女はカフェインの摂取を避けている。

 ただそれは厄介なことに、探偵を名乗る彼女にとって有益な能力でもあった。


 一度に摂取する濃度により情報の精度は上がるが、遡れる時間が量や濃度に比例しているわけではない。

 よって少量だから安心とか、たくさん飲めばどんどん過去に遡れるという都合のいい話でもない。

 ちなみに症状としては千鳥足になってフラフラと足元が覚束なくなり、情報量が多いときには見えたものをうわ言のように次々と口にする。

 端から見れば酒に酔って虚言妄言を吹聴しているようにしか見えない。

 もちろん彼女は未成年なのでお酒を飲んだことは無いのだが。


「よし、じゃあ報酬のことだけど」

「身内から取るのかよ」

「料理一回代行とマッサージ一回でどう!?」

 破格の条件だとばかりに彼女はしたり顔で遥を見る。

 料理代行とは、二人は交互に料理を作っているので相手の番を肩代わりするということだ。

 これは前にも紫明が提示してきた。

 というか料理を作りたくない彼女は事あるごとに遥にその役目を押し付けてきた。

「料理の肩代わりはわかるが……マッサージ?」

「そっ、ハル兄があたしをマッサージするの」

「やだよめんどい」

 即答だった。

 これには紫明もびっくり。

「ええっ!? 合法的にじょしこーせーにお触りできるっていうのに!」

お前じゃねぇか」

「なによ、だったら『きみか嬢』なら嬉しいの!?」

 というのは紫明の同級生であり、この辺りでは知らぬものは居ない名家のお嬢様のことで、遥は彼女のことを『きみか嬢』と呼ぶほど畏敬の念を持っている。

「きみか嬢にマッサージとか……ゴクリ」

 思いっきり生唾を飲み込む音が部屋中に響く。

「ああーっ、ハル兄いやらしい想像してるっ!」

「お前が言ったんだろうがっ!」

「『ウチのお兄ちゃんはきみちゃんにマッサージをする妄想を企てるヘンタイです……』っと」

「待て、おいやめろ。勝手の俺の評価を地に落とすな」

「じゃああたしにマッサージする?」

「へいへい、マッサージでもなんでもさせてもらいますよ」

 なんだかんだ言って紫明の言うことを聞いてしまうのだ。



「さて、本日用意したのは『ルイボスティー』だ。飲みやすいようにアイスティーにしてある」

「最近良く耳にするね」

「これは南アフリカのケープタウンにある一帯でしか栽培されていない、実は貴重な植物なのだ。マメ科のアスパラトゥス属であるルイボスの葉っぱを乾燥させたものを茶葉とする。そして緑茶と紅茶みたいにルイボスティーにもグリーンとレッドが存在するんだ」

 遥が運んできたのは赤く澄んだ色をしている。

 比較的近いもので言えば麦茶の色に近い。


「グリーンはクセがなくさっぱりした味わいだが高価、レッドは濃厚でほのかに甘みがあり、比較的安価で手に入る。両者の違いは発酵しているかどうかで――」

「ぐびーっ」

 紫明は躊躇なく一気に飲み干す。

「人が! 説明している! 最中に! しかもちょびっとだけって言っておきながら全部飲みやがった!」

 実際にはグラスに半分程度しか入っていなかったのだが、それでも彼女にとっては閾値をゆうに超える量である。

 酒に弱い人間が酒を一気飲みしているようなものであり、実は大変危険な行為である。


「えー、だってぇハル兄がいればぁ気を失ってもだぁいじょぉぶかなぁってぇ~」

 半分ろれつが回っていない。

 フラフラとその場で回り続ける。

 もしも初めてみた人は薬でトリップしてしまったと思うだろう。

 実際にはただのお茶で酩酊トリップしているに過ぎないのだが。

「え……おい、大丈夫か」

 怪訝な表情で遥が声をかける。

 なぜか鼻息で応じる。

 そしてその場に座り込み、目を回したような動きを取りながら、目の前に飛んでいる星を眺めているような仕草を取る。


「うふふ~、ふふ……」

「いや、おい」

 これはおかしいと紫明の肩を揺さぶるがまったく反応はなく、かと思えば急に両手を上げて何かが降りてきたようなポーズを取る。

「ほほう、これはこれは……」

 酩酊トリップ状態から過去の情報でも拾い上げているかのような仕草。

 遥はたまにこのような状態の彼女を見ることがある。


「え、ええっ!? ハル兄ったら、そんなことを……やだっ、何を言ってるのよ、もうっ!」

 空をはたく。

 親戚のおばちゃんか。

 遥は呆れ顔でその一連の様子を見ている。

「……お前の中で俺はどんな発言をしているんだよ」


 彼女の酩酊トリップは過去の情報を拾い上げる。

 屋外ならばありとあらゆる声はすぐに流れて去っていくが、屋内だと聞こえてくる声の主は極めて限定的である。

 情報量が少ない分一つ一つの精度が高く、室内の方が声をはっきりと拾い上げることが出来るらしい。

 しかし、ここで大変重大な問題がある。

「……ルイボスティーの特徴として、これにはカフェインが含まれて

「ふぇ?」

「つまり、お前が酩酊トリップするのはあり得ないんだよ」

「……なんですとぉー!?」

 紫明は急にシラフに戻って素っ頓狂な声を上げる。

 この男、策士である。

 いや単に説明途中で彼女が飲んでしまっただけというのが正解なのだが。


「……ぶーぶー」

 とりあえず抗議の意を示してみる。

 しかしどう考えても彼女に勝ち目はない。

「やっぱりお前に無茶をさせるのはよくないと思ってノンカフェインのお茶を持ってきて、形だけでもと思ったのだが……」

「まことにごめんなさい」

 目にも留まらぬ速さで土下座して謝る。

「とんだ演技派だよお前は。ハッタリをかますのは探偵として悪くない。時にはブラフも必要だ。ただな、気分が悪くないのに気分が悪いフリをするのは狼少年扱いされていつか本当に大事になったとき、誰も助けてくれないかもしれない。やって良いことと駄目なことはしっかりと区別しろ」

 あまり真剣な態度で遥が言い聞かせるので、紫明は急に自分のしたことに罪悪感が生まれ、恥ずかしさのあまり顔を隠す。

「あー……すまん、言い過ぎた、か」

 その様子から泣き出してしまったかと思い、優しく問いかける。

「泣いてないヨー」

 ケロッとした顔で遥の方を見る。

 心配して損した、と言わんばかりのしかめっ面を浮かべる遥。

「ありがと、ハル兄」

「ああ」

「あたしってば愛されてるのね! あたしちゃんってばマジ愛されガールって感ジ!」

「急に女子高生ぶるな」

 彼女は少し前まで引きこもりだったせいか少し感性が古臭い。


「結局、あたしの力は借りなくてもいいの?」

「どうせ荷物も整理していかなきゃならんからな。ま、そのうち見つかるさ」

「ハル兄ってそういうところあるよね~」

「どういうところだよ」

「え、ちょっと待って。じゃあ今夜の夕食は……」

「いいさ、俺が作るよ」

「やったー。ハル兄大好きー」

「こういうときだけ調子が良いんだから」

 と言いつつ、満更でもない様子の遥。

「代わりにマッサージはナシだ」

「ええーっ」

「いい加減本格的に喫茶店のオープン準備を始めなくちゃいけないんだ、遊んでる暇は無いんだよ」

「ちぇーっ。あっ、だったら女子高生をマッサージできる喫茶店っていうのは」

「良いわけ無いだろ!」

 新装開店の準備は着々と進んでいた……?


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