第7話 為せば成る!?

朝から青空が広がり、強烈な日差しが照り付ける、7月の海。

時々吹き寄せる心地よい潮風と、埠頭を行き来するカモメの鳴き声が、一抹の清涼感を生み出している。

絢子が漁港で待っていると、勝と慎太郎が軽トラックで乗り付け、荷台に積んでいた丸太を一本ずつ降ろし始めた。


「今朝早く、裏山に行って切ってきたんですよ。朝から暑いから、汗でびっしょりですわ。」


勝は額の汗をぬぐいながら、埠頭のアスファルトの上に、丸太を並べた。


「長さが違うんじゃない?大丈夫?」

絢子は1本ずつ手に取って、大丈夫かな?と思いつつも、地面に置いた。


「で、こいつらを、しっかりロープでグッと固定するんですよ。」


慎太郎は腰につけていたロープをナイフで切り分け、十字に交差させた丸太をたすきがけでギュギュッと、きつく縛りつけた。

同じ要領で、縦横に並べた何本もの丸太を縛り、少しずつであるが、イカダの本体が出来上がってきた。

強烈な木の香りが、都会育ちの絢子にはちょっと鼻についたが、一緒に作業を進めるうちに、徐々に慣れていった。

ロープで丸太を縛り付ける作業は、力がないと上手には出来ない。絢子がいくら十分に縛り付けたと思っても、勝が結び目を確認すると、


「絢ネエ、まだまだ強さが足りないですよ。これじゃすぐ取れちゃう。」


そういうと、黙々とロープをほどき、結びなおした。


「あ~・・ダメだなあ・・私って。」


「ダメじゃないですって。まだ始まったばかりですって。今、慎太郎が軽トラックでタイヤチューブ持ってくるから、今度は丸太とタイヤチューブを縛ってくださいね。」


その時、ちょうど慎太郎の軽トラックが到着し、沢山の数のタイヤチューブが運び込まれた。


「こ、こんなデカイの?タイヤのチューブって。」


「そうですよ。毎年、自動車工場やってる八っつあんの所から古タイヤもらってくるんですけど、元々トラック用のタイヤだから、デカイんだよなあ・・。」


慎太郎は、タオルで汗をぬぐいながら、1本1本丁寧に荷台からタイヤを降ろした。乱暴に降ろすとパンクの原因になるので、重くても慎重にやらざるを得ない。


「んじゃ、取り付けますか!絢ネエ、さっき俺たちがロープを結んでるところ、見たでしょ?あれと同じやり方で、丸太とチューブをロープ使ってきっちり結んでくださいね。」


そういうと、勝はロープを何本か切って、絢子に手渡した。


「え、ええ?」


絢子は、ロープを丸太に巻き付け、その端を太いタイヤに巻き付けようとした。

しかし、タイヤが重くて、絢子一人じゃ動かせない。

やっとの思いで持ちあげたものの、重すぎて支えきれない。


「しょうがねえなあ・・絢ネエは。」


勝はタイヤを軽々と持ちあげ、丸太を巻き付けた残りのロープを、グイグイとひっぱり、タイヤに巻き付けた。


「こ、こんなの、私にはできないよ…」


「何弱音言ってるんですか?これからまだ何本もタイヤを巻き付けなくちゃならないんですよ。さ、もう1本持ってきたから、またやりましょう!」

そういうと、今度は慎太郎が絢子の隣に付いて、タイヤを持ちあげた。


「俺がタイヤ持ってるから、絢ネエは丸太とタイヤにロープを巻き付けて。俺もそんなにタイヤを持ちあげ続ける体力は無いから、チャチャっとやってくださいよ!」と笑いながら絢子を急かした。


「う、うん。」


絢子はそそくさと、ロープを丸太に巻き付け、その端をググっとひっぱって、何とかタイヤに巻き付けた。しかし、タイヤはあまりにも幅が広くて、巻き付けるのも一苦労だった。


「あ、出来ましたね。じゃあ、同じやり方で、あと7本!頑張りましょう。」


「な・・7本もあるの!?」

飄々と話す勝の言葉を聞いて、絢子は、目の前が真っ暗になりそうだった。


時間が経つにつれ、日差しが段々強さを増してきた。

そんな中、大きなタイヤを丸太に括り付ける作業は黙々と行われた。

大粒の汗がだらだらとしたたり落ち、帽子を被ってきたとはいえ、長時間の炎天下の作業は、普段は部屋で寝てばかりの絢子にとって、相当体に応えるものであった。

絢子は、だんだん意識が朦朧となり、そのままコンクリートの上に倒れこんでしまった。


「さあ、ラスト1本!行きますか・・・ん?あれ、絢ネエ・・?」


慎太郎は慌てて絢子を抱き上げた。

真っ青な顔をした絢子は、ぐったりしたまま動かなかった。


「やばっ!早く病院に連れて行かないと!」

「ええ?あ、こりゃやばいな。絢ネエ!しっかりしろよ!絢ネエ!!」


絢子は町に1軒だけある医療施設である診療所で、点滴を受け、横になった。




「なんでこんな天気の中、日陰でなく直射日光の当たる場所でいかだ作りなんてやるんだね、正気の沙汰じゃないな。全く!」


診療所の医師に大声で怒られ、勝と慎太郎はただ頭を下げ続けた。


やがて絢子は意識を取り戻し、目を覚ましたものの、しばらくは何も考えられず、ボーっと診療所の天井を見つめていた。


「絢子さん、迎えに来ましたよ。大丈夫ッスか?」


栄一が、仕事を途中で切り上げ、絢子を迎えに来た。


「あれ・・栄一、来てくれたんだ。勝と慎太郎は?」


「あいつらは、午後からは仕事で、帰りましたよ。いかだは慎太郎の家に持ち帰ったみたいです。絢子さんを夕方までには迎えに行くように言われたんで、急いできました。しかし、あいつらはやることなすこと無責任っスよねえ。全く。」


「・・・そう、なんだね。」


「絢子さん、俺が言うのもなんですけど、いかだ競争は、見た目よりずっと大変なんスよ。何度か出たことがありますが、正直、体力が必要です。ゴールまで距離もありますし、波が荒い時は、いくら漕いでも流されるし・・・。俺はあまり、絢子さんには勧められないっスね。」


「どうして?」


「どうしてって、今説明した通りっスよ。確かに、勝と慎太郎からすれば、これまでずっと一緒に出場した兄貴分が死んだから、代役が欲しいんでしょうけど、何でそれが絢子さんなのか理解できないっス。」


「私は、別にその兄貴分の代役として、この大会に出たいわけじゃない。あの女に勝ちたい、それだけだから・・。」


「あの女って?誰っスか?まさか・・多田麻里奈ちゃん?」


「麻里奈の付き人やってる女よ・・私の元同僚なの。」


「ああ、こんな暑いのに真っ黒なスーツ着てた人っスね。そういえば、俺が見た限りっスけど、どこか冷めたような雰囲気でしたね。良くも悪くも都会の人、というか。」


「そのせいで、嫌な思いをした人もいるのよ、私とかね。」


「・・まあ、いずれにせよ、俺は正直、絢子さんにはイカダ競争に出てほしくないっス。家でボーッと過ごしてるだけの生活してる絢子さんじゃあ、体がもたないっス。今からこれだけは忠告しておきます。」


「じゃあ、栄一、あんたも手伝って。」


「お、俺は、仕事で腰を痛めてて、長い時間漕ぐのはつらいッスよ。」


「逃げないでよ!黙って手伝いなさい!」


そういうと、絢子はベッドから起き上がり、栄一の手を引っ張った。


「何してんの?帰るわよ。体力が無いというなら、帰って体力作りやるから。腕立て伏せとか腹筋がいいのかしら?バーベルでも買ってきて、スクワットすればいいのかな?」


「絢子さん・・・わ、わかりました。じゃあ付き合いますよ!でも俺もいかだ競争に最後に出たのは5年以上前ですからね。役に立たないと思いますよ、これも忠告しておきますよ!」


「うるっさいわね!5年以上前だから何なんだ!?じゃあ帰って一緒にトレーニングやるわよ、付き合いなさい!」


絢子は栄一の腕を引っ張り、診療所をそそくさと後にした。


家に帰ると、絢子は栄一のアドバイスを受けながら、トレーニングに挑戦した。

上下スウェットに着替え、熱中症もどこかに吹っ飛んでしまったかのような気合のこもった表情で、栄一とともに体を動かした。


「オールでイカダを前方に動かすんで、オールを漕ぎ続けるだけの体力と筋力が必要っス。特に背中から肩にかけての筋肉が大事ッス。」


絢子は普段全くと言っていいほど運動しないので、筋肉もなく、肩から背中にかけては貧相な体つきである。


「絢子さんは、まずは腕立て伏せかな?あとは、こいつを使って腕の筋肉を鍛えてください。」


そういうと、小型のバーベル2本を持ち出し、まずは栄一がお手本を見せた。


「こうやって、バーベルを腕だけで上げ下げするんス。左持ちあげたら下げて、次に右を持ちあげ、下げる・・これを何度も繰り返すと、腕の筋肉付きますよ。」


栄一はスイスイと持ちあげたが、絢子は持ちあげられず、やっと持ち上がるとそれだけで息が切れそうになる。


「しょうがないなあ・・。でも、これを10回と3セットやると、結構いいトレーニングになるッスよ。」


「ああ・・そ、そうなんだ・・。」絢子はただ、苦笑いするしかなかった。


汗をかきながら、息を切らしながら、何とか10回をこなすと、栄一は拍手しながら、ニッコリ微笑んだ。


「やればできるじゃないッスか。じゃあ、あとこれを残り2セット、それから、腕立て伏せを10回、3セットかな。イカダ競争まで時間はないから、キツイけど、ガマンしてくださいね。」


「・・・・う・・・うん。」


いつもなら、ふざけないでよ!と一喝して途中で投げ出し、たばこを吸いに行ってしまう絢子であるが、今回は素直に受け入れた。

そして栄一の監視の下、バーベル上げ下げを3セット、腕立て伏せを3セットのトレーニングメニューを、途中で投げ出すことなくすべてこなした。

最後に腕立て伏せを終えた時、絢子はそのまま腕で体を支えきれなくなり、その場に突っ伏してしまった。


「あ、絢子さんっ・・・大丈夫ッスか?」


絢子は突っ伏したまま、白い歯を見せニヤリと笑い、親指を立てた。

が、体を再度起こすことはできず、栄一が両手で絢子の体を起こし、そのまま寝床へと連れて行った。

絢子の体は、朝はいかだ作り、夜はトレーニングの過酷なスケジュールで相当疲れ果てており、そのまま眠り込んでしまったのだ。


「やれやれ・・・大丈夫かなあ、あと1ヶ月足らずなんだけど。」


栄一は、絢子の寝顔を見ながら今後のことを考え、不安な気持ちに駆られた。


その後絢子は、勝と慎太郎が仕事の無い日は一緒に埠頭でいかだを作り、夜は栄一とともにウエイトトレーニングという、過酷な毎日が続いた。

ほとんど運動も肉体労働も無縁な絢子の体力は、限界まで追い込まれていった。



「さあ、もうすぐだぞ、あとは真ん中に帆を立てて、ロープで張れば完成だよ。」


「時間かかったけど、しょうがないか。仕事でなかなか時間取れないし。」


勝は、いかだの中心に帆を立て終えると、誇らしげな顔で帆を持って、慎太郎とハイタッチを交わした。


「どうです絢ネエ、今年も無事、完成しましたよ!来週こいつを早速試走させてみますんで、よかったら一緒にどうですか?」


大喜びする2人の隣で、絢子はしばらくその場から動けなかった。


「あれ・・絢ネエ、どうしたんですか?せっかく俺たちのいかだが完成したんですよ。」


「腕が・・背中が・・すごく痛くて。」


その言葉に驚いた勝は、いかだから飛び降り、絢子の背中や腕をさすった。


「・・す、すごい。なんでこんなに筋肉がパンパンに張ってるんですか。」


「最近毎晩、トレーニングしていてさ。私、普段ほとんど運動してないから、いかだを漕ごうにも、途中で体が動かなくなるんじゃないかなって・・だから。」


「だからって、無理しちゃいけませんよ。絢ネエが筋肉痛で欠場なんてなったら、

ウチのチームは棄権しなくちゃいけないし。」


「わ・・わかってるわよ。でも・・でもね、私はこのレース、絶対負けたくなくて。あの女には、絶対負けたくなくて!」


「気持ちは分かりますけど、無理はしちゃいけませんって。」


「ほっといてよ!私、帰るね。今夜もトレーニングやらなくちゃ。」


そう言うと、二人を尻目に、絢子は背中や腕をさすりながら、家路についた。


「だ・・大丈夫かな?そもそもなんでトレーニングなんてするんだろう?

 俺ら二人の力を、信じてないってことかな?まさかね・・。」


勝と慎太郎の二人は、絢子の前向きな気持ちをうれしく思いつつも、何か違うな・・と感じる側面もあり、どう説得していけば本人が納得するのか考えたものの、納得させるだけの言葉がなかなか浮かんでこなかった。

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