第4話 最悪の再会

「絢子さん、絢子さん!起きて下さいよ!」


「あやちゃん!あやちゃん!いい加減起きな!もうお昼だよ!」


何度も枕もとで、男女2人が金切り声で叫ぶ声を聞いて、絢子は目を見開いた。

そこには、叔母の藤江とその息子・栄一の姿があった。

二人とも、やっと目を覚ましたのかあ、よかったよかった・・と言いたげな、やけに安堵した表情が見て取れた。


「あたし・・ずーっと、寝てた?」


「そうだよ!朝ごはんの時に一度起こしに来たけど、いくら耳元で大声で叫んでも、まったく反応無いんだもん。朝は諦めたけど、今度は栄一にもお願いして、昼に再トライしたってわけ。」


栄一は、照れ臭そうに笑いつつも、怖い形相で絢子を睨みつけ、


「おふくろ、頑張って何度も何度も起こそうとしたんですよ、いくら昨夜帰りが遅かったと言え、二日酔いとは言え、ちゃんと食べないと体調が元に戻らないって心配してね。その気持ちを分かってくださいよ、絢子さん。」

と、ドスの利いた声でとつとつと語った。


栄一の言う言葉は説得力があるが、せっかくの気持ちのいい睡眠時間を中断させられた絢子にとっては、イライラを募らせる言葉でしかなかった。


「な、なによ偉そうに!私は二日酔いで調子悪いのに、それがいかにも私1人が悪いかのように説教して。」


「あやちゃん、いい加減にしてよ!何だよその開き直ったかのような言葉。もういい!昼ご飯、片づけちゃうからね。一人で勝手に何か探して食べな!」


絢子の傲慢な言葉に、藤江はついに抑えていた感情を爆発させてしまった。


「ふん、勝手に食べに行くわよ。私は子どもじゃないんだし、余計な心配なんてしなくていいから。お互い疲れるだけだしさ。」


そう言い放つと、絢子は立ち上がり、そそくさと階段を下りていった。


「おふくろ、もう俺・・絢子さんのこと、許せねえっす。何ですかあの態度。俺たちの気持ちなんてこれっぽっちも考えていないというか。」


栄一は、絢子の部屋のドアを思い切り蹴り飛ばした。


「いいんだよ栄一、本当にもう、勝手にしろっていうんだ。いつか、この家から追い出してやってもいいんだ。」


藤江は、呆れ顔で階段を下りて行った。


「おふくろ・・」


絢子は、寝間着のTシャツとスウェットパンツのまま、港をぶらぶらと歩き、いつものくつろぎ場である、漁港の跡地にたどり着いた。

腰かけると、タバコをポケットから取り出し、火をともして大きく深呼吸するかのように煙を吸い込み、青空に向かって思い切り吐き出した。

その時、後ろから、なにやら巨大な影と、荒々しい息遣いが絢子のすぐ近くまで聞こえてきた。


「絢ネエ、こないだはどうも。お休み中ですか~・・?ヘヘヘ。」


「あんたは・・慎・・太郎?」


「そうです。ところで勝は、おいしい思い、したんですか?」


「馬鹿言わないでよ!あんたたちの「賭け」、最悪だよ。頭にきて、ひっぱたいてやったわよ。」


「はははは・・まだまだ甘いですね。ヤツは。下心丸出しでやろうとするから。」


「どういう意味よ。」


「まあまあ。で・・・その時、勝から話を聞きましたよね?」


「話って・・?」


「イカダ競争のことですよ。たぶん、勝にスナックへ連れて行かれたと思うんですが、そこのママの旦那、俺たちと一緒にイカダ競争に出るのが毎年楽しみだったんですよ。でも、去年事故で死んじゃって・・・俺たちのイカダチーム、人が足りなくなっちゃったんですよね。」


そういうと、慎太郎はタバコを取り出し、絢子が地面に置いていたライターを掴むと、火をともした。


「こらっ!勝手に人のライター・・・。」


「で、絢ネエにぜひ、イカダの漕ぎ手をお願いしたいんですよ。どうです?初めてだから慣れないし、怖いのはわかります。でも俺たち、しっかりサポートしますから、ね、やりましょうよ!」


絢子は、またその話かよ・・と思い、空を仰ぎながらタバコをふかし、しばらく無言を貫いた。

そして、2本目のタバコに火をつけようとしたその時、何やら防波堤の方から、男女の賑やかな声が聞こえてきた。

いつものような、漁師たちのがなり立てるような口調ではなく、都会的な、ビジネスマンの会話のような「です」「ます」調の落ち着いた感じの話し方であった。


「おやおや、スーツ着たビジネスマンがこんな田舎の港町に来るなんて珍しいっすね。何なんだろう・・。」


慎太郎は、いそいそとビジネスマンの集団の方へ近づいていった。しばらくすると、再び絢子の方へ向きを変え、何やら驚いた顔をして駆け足で戻ってきた。


「絢ネエ・・俺、ビックリしたよ!雑誌やCMで人気のモデル「多田麻里奈」が来てるんですよ!」


「多田・・麻里奈!?」


絢子は驚いた。多田麻里奈は、絢子がかつて働いた化粧品会社の専属モデルで、CMやカタログの撮影に同席したこともあったからだ。

絢子は2本目のタバコを揉み消すと、立ち上がり、撮影の集団に近づいた。

スラリとしたスレンダーの女性の周りに、スーツ姿の男女3人と、カメラマンと思しきTシャツ姿の男性2人が取り巻いていた。


「そうだわ・・多田麻里奈だよ、あの子。」


「や、やっぱり・・そうですよね。なんでこんな田舎に??」


「さあ・・。」


その時絢子は、多田に色々と指示を出している、黒のスーツ姿のショートカットの女性に、見覚えがあることを感じた。


「美玲・・・?」


「ミレイ?誰っすか?新しいモデルさんか何か?」


「ううん。あのスーツ着た女よ。・・・あの子、何しに来たのよ。」

絢子の表情が、だんだんと険しくなってきた。


「え?あのスーツ着た人、知ってるんスか?」


「うん・・・。西村美玲。元、同じ会社の同僚だった子だよ。」


「ど、同僚??マジで?」


「あの子、今は多田麻里奈の付き人してるんだ。ずいぶん出世したわね。私にはずいぶん冷たい仕打ちをした癖に・・!」


「え?あの人が・・?」


絢子はこぶしを握り、次第に震えが止まらなくなった。

そして、まるで逃げるかのようにその場から去り、防波堤を超えて街中に一目散に走っていった。


「あ・・あや・・ネエ・・・一体、どうしたの?」

慌てふためく慎一郎であったが、撮影のため多田麻里奈が着ていた黒のカシュクールを脱ぎ、ビキニ姿になったのを見ると、


「お、俺も、見たい・・!」

と、スマートフォンを片手に撮影現場へと駆け寄っていった。


絢子のことなど、一目もくれずに・・。

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