第11話 8月20日

 週が明けても警察から連絡も無く、ニュースで取り上げられることもなく、今どんなことが起こっているのか解らなかった。

 盆休み明けの16日から、二学期明け論文提出などの学生がやってきたり、発掘実習生の帰宅、その調査成果、片付けなどで一華自身が忙しく過ごしていたので、日付を気にすることはなかったので、それが長いとか、短いとは思わなかったが、


「今朝、投資ファンド運営の粟田あわた 和樹かずき容疑者が、保釈後すぐ、五年前のひき逃げ犯の容疑者として身柄を確保されました」


 というニュースは、さすがに一華も食べていたものがのどに詰まりそうになってテレビを見上げた。

 大学の食堂のテレビは首が痛くなるほど上段に置かれている。

 その画面いっぱいに、警察、マスコミ、そして中心に、立川と「粟田 和樹」が映っていた。


 その男は、頭が大きくて、側にいた青田刑事の倍ほどありそうだが、背が低く脚は短い。いつの時代のキメ髪だ? と笑いたくなるような髪にセットして出てきたのに、揉みくちゃにされたおかげで、みっともなくバラバラに髪が散らばり、薄い頭皮が見えていた。

 大きな頭の割に、つぶらな瞳という表現がぴったりなほど目が小さく丸く、だが、鼻は中央にでっぷりとあり、右で噛む癖があるのか、口が曲がっていた。


 この顔、どこかで見た。


 一華は立ち上がったままテレビを見ていると、拓郎がその前の席に着き、

「驚きましたね」

 と言った。

「知ってましたか?」

「青田刑事から、「事件は解決しました」というようなメールは来ました。犯人は誰ですか? と聞いたら、これから取り調べですが、確実黒です。で判らずじまいで、これです」

 と首をすくめた。

「危うく、口のものを発射するとこでした」

 そういって一華は座った。


「粟田容疑者の母親は、三年前に亡くなった元市議会議員粟田 桜子さん。和樹容疑者は一人息子で、亡くなってからは母親の跡を継いで立候補しましたが、惨敗で、政治家にならず、二年前に投資ファンドを立ち上げ、そこで、顧客から資金を集め、総額一千万円ともいわれる金額を流用。その件で詐欺容疑を掛けられていたのですが、今朝、保釈金が支払われ、保釈が決定されました。

 ですが、保釈され、二歩目で、今度は五年前のひき逃げ容疑で逮捕となりました。

 しかし、詐欺容疑でも新たな証拠が見つかり、近く、詐欺容疑でも再逮捕されるということです」


 ニュースが切り替わった。

 一華が首をひねった。

「いやな事件でしたね。いや、いろいろとまだ解らないところはありますけどね。彼と、佐藤さんとの接点とか……ね?」

 一華は首をひねったままでいる。

「寝違えましたか?」

「いいえ……あの顔、どっかで見た記憶があるんですけどね、全く思い出せなくて、」

「一華先生にプロポーズした男ですよ」

 助手の小林君がB定食を持って一華の隣に座った。小林君の声はやたらと食堂に響き、


 一華先生がプロポーズされてた。

 しかも、犯人に?


 とぼそぼそと声がする。

「覚えてませんよねぇ。五年前、従妹さんの結婚式ですよ。思い出せませんか?

 一華先生とぶつかった途端、「俺と結婚しろ」って言った人ですよ」

 そこまで言われ、一華は嫌そうに顔をゆがめ、

「思い出した。俺は市議会議員の息子で金持ちで、お前は俺といると金持ちになれると、お前の実績でもなんでもないことで結婚を迫ったやつ、」

「そうです、そうです。あの時は本当にびっくりしましたけどね」

「よく覚えてたねぇ」

「あの顔、忘れられませんよ。というか、投資詐欺で捕まった時に、学生とテレビ見てて、思い出したんですけどね、まぁ、口がうまいというか、何というかで説明してるんですよ。

 出版されてないものをベストセラーだとか言い、もう売り切れ続出で、手に入らないのですがって、青い表紙の本を手にして、

「特別に一万円で、投資の絶対に儲ける方法を教えます」

とか何とか言って、ビバリーヒルズに住む方法。とか言うセミナーですよ。いずれは世界セレブの町に住む方法というやつらしいですけどね。

 集まっている人はみんな年寄りで、ビバリーヒルズが覚えにくいから、ヒバリって通称使っていたそうですよ」

「ヒバリ…」

 一華が大きくため息をつく。


 個室Z16号に戻ると、拓郎はコーヒーを助手の小林君から受け取った。

「つまり、梅原さんの話を聞いていた時、立川さんはヒバリに心当たりはあったということでしょうかね?」

「さぁ、捜査課が違うんじゃないかしらね。でも、気付いたとしたら、目星をつけたでしょうね。こちらにはその手札はなかったので、いきなり出てきた。と思いましたけどね。まぁ、餅は、餅屋。というところでしょうね」


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