第10話 8月14日土曜日

 立川から、相田の母親の妹が、49日の法要でこちらに来ていると連絡をもらった。

 昨日、拓郎と話をした内容を、拓郎は青田に連絡していたようだ。一華が相田の母親か林田の母親かどちらが先に佐藤が目撃者だと知ったか、知りたがっていたので連絡をくれたという。

 両親の墓があるので、納骨をこちらの方にするらしく、寺にはお盆の時期も重なって線香と、人の声がたくさんあった。


 近くの喫茶店に入る。

「こんなにたくさん?」

 相田の母親の妹、梅原 洋子は、目の前の刑事と、その他大勢である一華と、拓郎と助手の小林君に目を向けた。

「すみませんね、」立川はそういって身を乗り出し、小声で言ったが、はっきりと聞こえる声で、「こいつら、エリートなんですよ。いわいる大学出で、でも今、不祥事が起こっているんで、現場実習っていうんですか? それに同行させるんですけどね、いつもなら一人なんですが、他の二人の刑事が、お盆休みと、デスクワークでの缶詰なんで、私どもが預かった次第で。

 それでね、こいつら、本当に、なんていうんですか? 融通が利かないと言いますかね、失礼な質問とかあると思うんですが、先に謝っときます。すみません」

 立川の言葉に梅原は納得したように一華たちを見てから、

「大変ですね」

 と苦笑いを浮かべた。

「それで、聞きたいことというのは?」

「ほら、質問、用意してるだろ?」

「え? あ、……え?」

「ねぇ、役に立たないでしょう? すみませんねぇ」

 立川は答えられなかった助手の小林君に嫌そうな顔を向け、一華のほうを見た。一華は片手を上げ、

「よろしいですか? えーっと、私は、」

「いいよぉ、紹介は、時間がないんだから。すみませんねぇ。ほら、質問を聞けよ」

「あ、あぁ」

 立川の寸劇に付き合うように、だめなエリート刑事を一華も演じてみる。と言っても、エリートがどのようなもので、だめな刑事なんてものが居ては、日本はダメなんじゃないのか? と思いながら、

「相田さんは五年前の、」

「それを話すの?」

 梅原の表情に緊張が走った。

「そうですよね。でも、この五年、ほぼ毎月月命日に、被害者の林田さんの遺族の所へ行き、息子さん、えっと、良平さんは無実だと訴えていたということで、もしかしてそれで心臓が弱っていたのではないかと思いまして」

「あぁ、そういうこと。たぶん、それも堪えたと思う。良ちゃんはとてもいい子だったのよ。あんなにやさしくて親思いの子は居ないと思う。うちにも息子は居るけど、良ちゃんには負けるもの。だからね、警察が連れて行ったのだって間違いだって、思ってる。

 でも、家族がいくら信じても、世間は、拘留が解けなかったらもしかしてって思うじゃない?

 そのうち、死んじゃうし。もうね、姉さんがかわいそうでかわいそうで、うちにおいでと言いたかったけど、うちの近所で良ちゃんがひき逃げ犯だって噂が立って、うちだって居づらくなって、一時期は、なんてことしてくれたんだ良ちゃん。て思ったほどなのよ。

 姉さんは、あの、人の来ない道に立って、あの日、目撃者だと名乗り出た人以外に見た人は居ないかって探してたの。

 それが、生きてる支えだったんだと思う。

 それが、亡くなる一週間? 二週間前だったかな? 電話が来て、

「洋子ちゃん、あれ、嘘だったのよ。だったら誰? ……、ヒバリ……あれかしら? 嘘、まぁ」

 って興奮してて、意味の解らないことを言うのよ、それから少しして、道で倒れたって、その時に握っていたパンフレットを、遺品の一つですって渡されたけど、ボロボロだったから捨てちゃったんだけど、」

「何のパンフレットでしたか? 旅行? ファッション?」

「そんなものには興味なかったわよ……何だったかしら……ごめんなさい、思い出せないわ」

「サトウ ユイコ。という名前に心当たりは?」

「さぁ……知らないわ」

「一度も聞いていない?」

 梅原は頷いた。

 一華が考え込み始めたので、立川は拓郎のほうを見た。

「あーっと、相田さんは、目撃者が誰か知っていましたか?」

「そうみたい……というか、」

 梅原が首を傾げながら、

「知った? ような感じだった。かな。つい最近になってよ。今年に入って、そう、今年の春。いつだったかはっきりは言えないけど、春に、目撃者が解ったって、それで本当に良平だったか聞くって」

「なんで、目撃者を知ったんですかね?」と拓郎。

「あぁ、林さん? だった気がするけど、その人に教わったんだって、職場の人だと思って、ふぅん、そう。って、……あたしたち、あまり姉妹仲良くなかったのよ。出来のいい姉、かわいいとちやほやされたけど、全く何もできないあたし。表立って仲が悪いわけじゃないけど、でも、そんなに話しもしないし、会うこともなかったのよ。

 それが、春ぐらいに急に電話かけてきて、いつもはぼそぼそってしゃべる人なのに、なんかすごく興奮してたけど、良平が、良平がっていうから、あぁ、とうとう鬱か何かになって電話かけてきたんだ。って気にしてなかったけど、

 でも、そうね、そうよ。その林さんから、目撃者を教えてもらって、今日会ったって、でも、なんて言ったっけ……昔のことなんか、忘れたわ。とか、そんな昔のことにこだわるんじゃないわよ。みたいなことを言われたって。

 でもその顔が、ひきつってたから、あれは何か知ってると思うの。だから、あたし、毎日通うわ。だったかしら? まぁ、とにかく執念で聞きだす。というようなことを言ったの。

 姉ちゃんらしくないなぁ。と思ったけど、そう、頑張って。って切ったの。

 でも、今思えば、毎日、明けても暮れても会いに行って、偽証したかとか言って付きまとえば、向こうだって心労がたまるだろうし、ねえちゃん、自分で命縮めたとしか言えないわね」


 梅原と別れ、とりあえず、一番近くて、人気のない場所と言ったら、「九十九何でも屋」の事務所しかなく、そこへ三人を連れて行くと、叔父である、白戸しらと 啓介けいすけは驚きながらも中に通し、事務所一階のパン屋を営み、この事務所の大家でもある麦さんも、店の前を一華が男を連れて歩いてるので興味津々になって階段を上がってきた。だが、丁重にお断りをした。


「噂はかねがね」

 と言いながら、叔父の白戸はコーヒーを出した。

「俺は、いちゃまずいやつですか?」

 立川は返事をする前に、

「公園で起こった殺人事件、覚えてる? あれの犯人、誰だと思う?」

「あれを捜査協力してんのか? ……(お前と)接点がなさそうだが、まぁ、いろいろあるんだろう……。で、あの事件は、」

 白戸は机の上に置いたスクラップブックを取ってきて、応接机に広げた。

「被害者はスナック経営者。でもここ数年は経営不振。で、借金300万円。被害者の性格は強欲、嫌味、あまりいい評判がないねぇ。

 行きつけの美容室はなく、一度行ってクレーム入れて店側が締め出してるなぁ。

 スーパーとか、いろんな店でも同様にクレーマーで、ブラックリストに載ってるようだな。

 公園で絞殺された。か……、犯人像は、この被害者が大柄な女性であることを考慮して、彼女以上の身長で、力が強い男……女でもそりゃ強い人はいるだろうが、多分男だろう。

 女が抵抗して声を出せないというのは、相当な力でないとだめだろうからね。

 もともとは派遣の家政婦だったが、評判はすこぶる悪い。しかも手癖が悪く、トラブルがもとでクビになってる。

 そのすぐ後で店を一括で購入。金の出所は本人曰く、死亡した老人からの寄贈だというが、もしかするとくすねていた金を当てたか、ある家の秘密を握ったか。だな」

「……すごいですね、趣味ですか?」

 拓郎が唖然として聞き返す。

 借金の有無、近所の評判など公表していない。被害者に対してあまり悪く言うような公表はしないものだ。これは勝手に調べた結果だろう。と立川が見る。

「練習、訓練ですかね。何でも屋ですからね、浮気調査が多いのでね、その時にどういう聞き方をすれば相手が話すか、日夜研究をしているわけですよ。

 この事件に関して、この被害者を悪く言う人は想像以上に多かったですけどね」

「派遣された先に年寄りの家はあった?」

「どちらかというと年寄りの家を狙っていたような感じだったらしい。年寄りは目が悪いから、掃除が手抜きができるし、箪笥貯金をしているって喜んでいたそうだ」

「じゃぁ、それをくすねて、」と拓郎

「くすねた金額で、一括で二階建ての一軒家が買えると思うか?」と白戸

「じゃぁ、何?」と一華

「それは解らん」と白戸

「じゃぁ、もういい」

 一華が手をひらつかせるので、白戸は出て行った。


「民間のほうが調べるには動きやすいな」

 立川は苦々しく言った。―多分、警察だと身分を証明した時点で警戒され、正しい情報を得にくいのだろう。ただし、友好的効果的に情報を仕入れる場合も多数あるとは思うのだが―

「あれはあれの趣味なので。でもまぁ……派遣の家政婦をクビになっていたり、手癖が悪かったというのはいい情報だと思う。警察は発表しないだろうから」

 一華の言葉に立川はニヤリと笑う。

「そうなると、ますます、佐藤さんが以前の職業で何らかのことがあって、金を受け取りやすかった。のは否定できませんね?」と拓郎。

「だとすると、どういう理由なら、ひき逃げ犯をでっちあげ、口止めするにふさわしい理由を持っていたか。ですよね?

 逆を言えば、目撃したことを黙っていればいいものを、でっち上げたのだから、と言えませんかね?」

「いや、ちょっと待って、そ、そんな金額ってどれだけ支払えば黙るというんだ?」

「さぁ、見当もつかないけど」

「(金を出しそうな)可能性として、佐藤さんの前職である家政婦のことを調べなきゃいけませんね?」

「その顧客の中に居ればいいけどね」

 立川がやっと口を開いた


 その後、しばらくは、昨日の夜に拓郎と話し合った内容や、今までのことを整理した。


五年前の8月3日 朝6時ごろ ひき逃げ事件発生

              近くに住む、林田 鈴19歳。死亡

              佐藤 由子目撃して証言する

              相田 良平22歳。任意同行。

                      調書中持病の発作により死亡


今年 7月10日       沢口 由子 殺人予告が届く

     20日前後     理事長   殺人予告が届く

   8月5日未明      佐藤 由子 公園で殺害

              バイト帰りの沢口任意同行


「ちょっと、今、思ったけど、………。

 佐藤さんの殺人は、

 いや、殺人予告をもらって、なおかつ5日とはいえ、4日の26時という言い方もするよね……。そうだよね。関係がなければ無いでいいけれど、4日には命がないという予告通りだから、やっぱり関係あるかぁ。

 あるんだよなぁ。じゃぁ、

 今日は……14日か。あれから10日経った。理事長は元気よく機嫌悪かったし、沢口さんから何の連絡も無い。清水―あぁ、一応沢口さんの彼氏だと言っているけども―からは、最初の二日ぐらいは文句やら抗議の電話があったけど、今はぱったりない。

 やはり、 そう考えた方がしっくりくるよね。……うん。

 では、 佐藤さんにだけ出せばいいじゃないか? それだと、佐藤さんは行動を起こさないと知っていた? もしくは何度か会ったり、手紙を出していて、動きそうもないと解っていた。

 ではなぜ、理事長と沢口さんに送ったか? 理事長も、いたずらだと決めかねないと思ったのか?

 あの性格は一部の教職員にのみ知られていて、表向きはだ。面の皮が厚い分、世間には知られていない底意地悪いばあさんだ。知っているはずはないが、……そうか‼


 どちらかがだとする。


 沢口さんにだけ出しても、大騒ぎをして警察に駆け込んでも、五年前とのつながりはないばかりか、ストーカー被害として別の方向に行くかもしれない。送り主の目的は、五年前のひき逃げについての再捜査なのだ。

 理事長にだけ手紙を送ったとして、警察に届けたとして、五年前とのつながりは薄く、大学の警備を増やすなどと差出人が望んでいることにはなりにくいだろう。

 沢口さんが今どきの女子大生と違って、おとなしく、ホームシックにかかっているような子だと知っていれば、なおさらだ。

 だから、二人に出した。同じ大学内の人間でないほうがよかったのだろうが、目の前に、佐藤と同じ「由子」という名前の人が三人そろった時、差出人は思ったはずだ。


調調


 と思ったら、出すかな?

 警察も、同じ名前の女性のところに殺人予告が届き、そのうちの誰でもいい、一人でも連絡が入れば、いたずらだとは思わないだろう。

 警察を動かすにはいい方法だと思ったんだろう。

 殺人予告の五年前の8月3日のことを調べてくれればなおよしだ。


 では、 警察に動いてほしい事件は? ひき逃げ犯が捕まっていない林田 鈴さんの事件だろう。それは多分、間違いないと思う。

 バイトへ向かう林田さんに、夜勤のバイト帰りの相田 良平さんがひき逃げをした。

 それを証言したのは佐藤 由子だ。


 

 相田さんの妹さん、梅原さんの話しでは、今年の春。つまり三か月ぐらい前。相田さんが亡くなってひと月ぐらい、だから、殺人予告を出したのは相田さんではない。

 三か月ぐらいまでの間に、相田さんは林田さんから、佐藤さんが偽証していたことを聞く。(妹さんは、林さんと間違って記憶しているのだと思う。相田さんの身近に林さんという人が居なければ、きっと林田さんのことだと思う)


 

 なぜ、彼女は自分で問いたださなかったのだろう?

 林田さんは気が弱そうな感じの人だった。とりあえず生きている感じがした。そんな人がクレーマー相手に太刀打ちできない。

 もし、偽証したことを知っていても成す術はなかったところへ、月命日の日にやってくる相田さんがうっとうしくなって、佐藤さんが偽証したことを話したら? 相田さんは息子の無罪を信じている。それが原動力となり佐藤さんに問い詰めに行く。

 一度は、五年前のことなど忘れたとか、昔のことだとか、そういうことで追い払っていたのだろうけど、ほぼ毎日やってきていたら、佐藤さんもだんだんと恐怖になってくるかもしれない。


 ……もし、面倒だとか、困ったと思ったら、、かも、しれない。


 相田さんが辞めない限り、佐藤さんも(ひき逃げ犯に)交渉をし続けたかもしれない。だけど、相田さんは亡くなり―多分、佐藤さんは亡くなったことを知らないと思う―来なくなったので、金銭要求をしなくてもよかったが、生活は切迫しているから、連絡を取り続ける。

 相手は、以前一括で、十分すぎるだけの金を払った。だからその後どうしようが知らない。警察に駆け込めば、お前だって罪に問われる。とでもいい含んだかもしれない。それでいったんは黙る。黙ったのは、相田さんが来なくなったからだと思う。

 だけど、どこかの店で林田さんに会った。相田さんの後ろに立って、何も言わないが、佐藤さんが偽証していると喚いていた女の仲間だ。と思えば、面倒が起こる前に逃げるだろう。(被害者、林田 鈴さんの母親だとは知らなかったんじゃないかな? ただ、うっとうしい相田さんの仲間だと思っていた)

 あのスーパーが難を逃れたのはそのおかげだろうし、林田さんが居る以上、あの店は佐藤クレーマーさんに限り有効だった。

 佐藤さんに真実を話してくれと、相田さんほどではないにしても話したはずだ。林田さんもまた相田さんが亡くなったことを知っているかどうか不明だな。

 だから今、相田さんが来なくなったのは、具合が悪いのかもしれない。と思っている目の前に佐藤さんが現れたら? 今、問い詰めることができるのは自分しかいない。と思って行動したのかもしれない。

 だけど、自分の力はうまく発揮できず、仕方なく警察に介入してもらうしかないと。

 じゃぁ、 自分たちが乗り込んで再捜査のお願いして聞いてくれるか? 相田さんは毎月警察にも行って、無実を訴えているのに捜査をしてくれていない。何か、進展となる証拠がないと動いてくれないだろう。

 佐藤さん自らがどうしても警察に出向くようにしなくてはいけない。

 どうすればいい? あのクレーマーが警察に行く方法? どう考えても浮かんでこない。では、

 佐藤さんの巻き添えで不幸が及び、その人たちが警察に相談に行けば、自然と調べるのじゃないだろうか? と考えても不思議じゃない。最近(お客で)やってくる、大学一年の沢口さんのように、心細い子なら、警察に行くのじゃないかしら? いや、一人では無理だろう。学校に相談するにしても、学生と教職員の仲がどれほど親密か不明だし、友達に相談して一蹴されては元も子もない。

 どうしよう。と考えていた時、沢口さんが偶然名前を書くようなことをした。親元に荷物を配達したとかそういう偶然、彼女のフルネームを知る。

 林田さんは思わず、「」と呼んだと思う。沢口さんは「」だと言い、学校のポスター。あのスーパーの入り口にあった。しかも理事長の写真付きで、彼女を指さし「」だと言ったとしたら?

 

 と歓喜したかもしれない。

 林田さんは三人に手紙を出した。そして警察にも。警察には三人の名前を載せ、助けたければ調べ直せと書いた。

 だけど、警察が動いた様子はない。

 

 佐藤 由子が殺された。


 


  と思うだろう。そして、その罪は、殺人予告を送った自分がかぶるのではないだろうか? と怯えていると思う。

 今なら、殺人予告を出したのは自分だというのじゃないだろうか?

 何度も佐藤さんのもとへ相田さんと行き、何度も門前払いをくらわされ、やっと、佐藤さんが偽証していたと聞いたら?

 いや、林田さんは直接聞いてないと思う。そう、聞いてないからこそ、証拠がなくて困っているんだ。

 でも、偽証したと知っているのはなぜだ? 林田さんは知っていたのだろうか? もし、偽証している相手に詰め寄るときには、証拠となりうるものを持参するだろう。

 相田さんは路上で亡くなっていた。何かのパンフレットを握りしめて。……何のパンフレットだろう? こんな時に、佐藤さんが偽証して、息子さんの無実が晴れるかどうかってときに、旅行のパンフレットなんか持って帰らないだろう。


 じゃぁ、何のパンフレット?


 もし、もし……もし、相田さんが佐藤さんから偽証した。という話を聞きだした後、佐藤さんと一緒にいた犯人を覚えていたとしたら。その時にはそれが誰なのか解らなかったが、パンフレットに犯人が載っている。もしくは似た人が載っていて思い出したとしたら? 何のパンフレットだったんだろう?

 それを握りしめ、林田さんに連絡を取ったはず。林田さんはパンフレットを見ていないのだから、向かっている最中だと思う。その時に、偽証していると証拠を握った。と言ったか……、どうやって証拠を握った? やっぱり、パンフレットが気になる。それにメモを残していたかもしれないし、電話番号を書いたりとか……。パンフレット、捨てたんだよなぁ……。


 ……そもそも林田さんにどうやって連絡を取った? 店に行った。のだろうけど、もし、……もし、今のご時世なら、携帯電話に録音するか? 言った、言わないじゃぁ警察は調べないだろうから」


一華は部屋中を歩き回り言い終ると立ち止まって立川を見た。

「携帯電話は見つかっていますか? 倒れた近辺で、もしかすると、誰かに拾われ、盗まれるのを避けて、どこかに投げてしまっているかもしれないけど」

 というと、立川はゆっくり立ち上がり、

「調べてみます」

 と言って出て行った。

 一華は唖然と見上げている拓郎に首を傾げる。

「なんでしょう?」

「いや、……さきほどの長い推理、しゃべっていた自覚ありますか?」

「……ほどほどに」

「長かったですねぇ。なかなか」

「ですね、咽喉が痛みます。でも、いつもこんなものですよ。

 遺跡から出土してきたものをくみ上げて、それが何で、どのような利用をされていたのかを知るために、いろんな文献を読んで当てはめる。

 花瓶か、高坏か、それとも盃か。いろんなことを考え、これの模様はどうだったのだろう? それからどのように使われていただろう? これに料理を乗せ、どうやって食べていただろう? と、想像したことを頭の中だけで考えていたらパンクします。

 最近は特に。歳ですね。話せば整理できますからね。そうなると、寡黙にまとめていく助手の小林君のような存在が貴重で」

「なるほど。確かに、彼は助手としては最高かもしれませんね。

 それより、いくつか、推理の中で思ったんですが、」


「林田さんはいつ、佐藤さんが偽証していたことを聞いたと思いますか?」

「それは難しいですねぇ、スーパーや近所のうわさで有名なクレーマーが居るとでも話題に上がった人が居る。まぁ、その時には遭遇したことはなかったと思いますね。

 ある日、どこかで出会った。

 強烈だったでしょうね。あれがクレーマーかという醜態ですよ。たぶん。強烈にそして、偽証して人を陥れることだってできるんだ。と言った、想像ですが、醜い顔が嫌悪だったんでしょうね。

 よくあるじゃないですか、ドラマとかで、醜い格好の人がスローモーションで、暴れているのを、取り押さえる人、声が途切れ途切れに浮かぶような演出。

 あんな風に見えたんじゃないでしょうかね。衝撃的でしょ?

 そんな映像の中で、「以前」「ひき逃げ」「偽証」容疑者は「死亡」なんて言葉が溢れたら、どうしても自分の娘の事件と結びつけるでしょう。

 そのあと、彼女は佐藤さんを尾行して家を突き止める。佐藤さんの家は事故現場の目の前です。間違いなく、あの事故の目撃者だと思ったはずです。だけど、あの人の気の弱さではそれまででしょうね。

 家に押し掛け、偽証していたのは本当かどうか確かめたりはしなかったでしょう。偽証が本当なら、相田 良平は無実であり、この五年、その母親に人殺しのくせに。とののしってきただろうし、それで生きていられた支えものを奪うことはできなかったのかもしれない。

 一度は殺人者とののしった相手に頭を下げるのは勇気が居る。このまま黙っていても、彼は、死んでしまったのだから。と簡単なほうに逃げた。言い方が悪いな、でも多分。もっと悪い言い方すれば、どうでもよかったのかもしれない。いまさら偽証だとしても、娘は帰ってこないのですからね」


「なるほど、そこへ相田さんが来て、うっとうしくなって話してしまった。もしかすると、相田さんが佐藤さんに詰め寄れば、自分は静かに過ごせる。とか思ったかもしれませんね」

「そういう感じであったかもしれませんね。無意識でしょうけど。相田さんが佐藤さんの所へ行けば、自分の平和が訪れる。と思ったかもしれませんね」


 拓郎は頷き、コーヒーを飲み干してから、

「今回は佐藤さんが殺害されてしまったけれど、そもそも殺人を犯す気はなかったわけですから、全く動かなかったら? 理事長も、沢口さんも動かなかったらどうする気だったんでしょうね?」

 一華は腕を組んで首を傾げる。

「先生はどうしますか?」

「俺? そうですね、手紙の期限が切れているから、同じことは無理ですよね。どうしますかね、軽く、荷物か何かに傷をつけますか?」

「カッターか、ナイフですか?」

「ですかね」

「ほかの人に当たる。もしくは、それを誰かに見られたら、軽い傷どころではなくなりますよ」

「ですねぇ」

「相田さんではないけれど、月命日ごとに送り届けるかもしれませんね。でも、そもそもで言えば、林田さんにとって、偽証は許しがたいものではない。真犯人が居ることは許しがたいけれど、偽証に関しては無頓着かもしれない。

 ただ、新犯人が捕まっていないということは、娘は成仏できない。だから、偽証しているらしい佐藤さんに付きまとう。そう言う感じじゃないでしょうかね」

「相田さんと違う点ですね?」

「ええ。相田さんは、佐藤さんが嘘だと言ったら、事件解決で終わるけれど、林田さんはそこからまだあるわけですからね。

 佐藤さんが亡くなった以上、犯人にたどり着けるかどうか……。

 三人が無事に過ごしていたのなら、……もしかするとこのままで終わるかもしれませんね。無実だろうが、犯人は死んだ。その煩い母親も自分を煩わすことはない。だから、平和だ。これ以上ない。とか」

「自分で、終わりだと、線を引く感じですか?」

「そうしそうな気がします」

 拓郎は頷いた。




「そして、相田さんはどうして犯人の顔を知っていたんですか?」

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