第9話 8月13日金曜日

 昨日休んだのと、明日、14日土曜日から、17日火曜日までをお盆休みとなっているので、いろいろと雑務があった。

 実習希望の再度募集や、二学期すぐに論文提出する学生の添削など、その日はあっという間に就業時間を迎えたが、雑務が残り、その作業に追われ、家に帰ったのは十時を回っていた。

「だから、留守番は嫌なんだ」

 と愚痴りながら、校門を出る。


 夏の空は星が見えにくいが、それでも何個か肉眼で見る。街の明かりが強すぎるし、要らぬガスのせいだろう。

 顔を戻すと、拓郎が立っていた。

「少し話しませんか?」


 と言ったので、自宅の「九十九何でも屋」の事務所に案内した。

 ホストクラブ「ディオゲネス・クラブ」との横の階段を上る。

 すっかり蒸し風呂状態の事務所に冷房を入れる。


「何か食べますか?」

「大丈夫、一応、焼き鳥を買ってます。あと、ビール。飲めましたっけ?」

「あー、じゃぁ、これで」

 と、日本酒を出してくる。

「日本酒、ですか」

「はい、大吟醸の辛口です」

 拓郎が苦笑いを浮かべる。

 焼き鳥は大皿が要ると言われたほど大量に買ってあった。


「考えてみたんです。佐藤が偽証していて困るのは、やはり、相田さんですよ。息子が被疑者か、無罪か。がかかっているわけですからね。しつこく問い詰めたと思うんですよ」

「だと思いますね」

 拓郎が同意を求めるように言葉を切ったので、ねぎまを食べながら返事をする。

「これおいしいですねぇ。どこのです?」

「あのスーパーのです。外で焼いてました」

「ほお」

「あ、でね、考えたというのは、このあとなんですが、

 相田さんのお母さんは佐藤さんを知っていた。でも林田さんのお母さんはどうだろう? とね。もし知らなかったらどうやって知ったか? 

 被害者の家族にとっては、目撃者がその役目、目撃情報を言えばいいわけですから、問い詰めることはないと思うんですよ。だとすると、なぜ、佐藤さんは林田さんを見て逃げたか? 逃げた理由は、問い詰められるから。

 だとしたら、林田さんは佐藤さんが目撃者であり、証言したけど、それが偽証していたことを知っているわけですよね?

 つまり、どこかのスーパーでクレームを入れていたのを聞いたんじゃないでしょうかね? 例えば、ひき逃げをでっちあげたとか、何とか」

 一華はコップ酒を口に含み、しばらく唸り、

「もし、そう言ったとしましょう。

 いつの、どのひき逃げをでっちあげたんでしょうかね? 私たちは、佐藤さんが五年前の、林田 鈴さんのひき逃げの目撃者で証言したことを知っている。

 たしかに、鈴さんはひき逃げで亡くなっているけれど、さかのぼって、十年前から最近までひき逃げがなければ、きっと鈴さんの事件だと思うでしょう。だけど、ひき逃げは残念ながらいくつも起きてる。

 他の県かもしれない。もしかしたら、いや、このクレーマーの言うことだから嘘だろう。最初は、賞味期限が切れているとか、小さい偽証行為を自慢していたかもしれない。それでは誰も、何の反応もしてくれなくて、話しをいった結果、ひき逃げということを言い出したのだ。と、なりませんかね?

 クレーマーとして有名だったのなら、そう考えるでしょう。

 そうすると、林田さんがいつ、佐藤さんが偽証している事に気づくか? と言えば、相田さんから聞いた。と思うんですよね。

 月命日にやってきていたらしいから、息子は無実だと言い続けた。ある日、佐藤さんが偽証していたらしいと言われる。

 林田さんの身になれば、偽証していようが、娘は帰ってこないので、関係はない。と思う。でも、相田さんに、

「犯人が捕まっていなければ、誰に殺されたのか解らないのはかわいそうだ」

 というようなことを言われたら?

 一緒に行き、佐藤さんを問い詰める。もしくは相田さんだけで行った後、林田さんは報告を受ける。やっぱり偽証していたと。

 そうね、佐藤さんが逃げるんだから、一度は相田さんと一緒に佐藤さんに会いに行ってると思う。

 ただ、熱量が違ったんだろうなぁ。「ひき逃げ犯が捕まらなければ終わらない」と思う気持ちと、「息子は無罪だ」と信じる気持ちの温度差。

 林田さんは気持ちが引きこもったんだと思う。一人娘を亡くしたショックで。それを責めているわけじゃなく、そういう感情は二つあると思ってね。相田さんのように無実を信じて行動する人と、悲しみにくれてしまう人と。

 そう考えると、スーパーの店員さんが、鈴さんが亡くなってから、林田さんが後追いしそうだったと言っていたことだし、悲しみに暮れてしまって居たんだろうと思う。

 そんな人が、佐藤さんを追いかける。なんてことをすることは、やはり、偽証していたと確証を得たからだと思う」

 拓郎は缶ビールを口に当てたまま唸り、そのまま缶ビールを置き、

「確かに、林田さんはすべての感情を隠すというか、おとなしい人特有の、感情を出さない人のように見えますね。

 その人が、佐藤さんを追いかけた。というのは、すごいことだと思いますね。……、佐藤さんを殺したのは林田さんですかね?」

 一華が拓郎を見返す。

「いやいや、それはないでしょう。かなりの力が要りますからね、」

「いや、奥さんじゃなく、旦那の方」

「……それは……無いんじゃないんですか? 青田刑事の言っていた通り、鈴さんに対して興味なさそうだし、」

「いや、そういう風を装っているとか」

「それはないでしょう。佐藤さんが殺されて、容疑者となったら、そういう態度をとるなら分かります。でも、無関心だったのは、鈴さんが亡くなった時です。父親は無関係でしょう」

「その時はそうだったかもしれないが、偽証していたと聞いて、逆上したりとか、」

「ない、と、思いますよ」


「じゃぁ、誰が、佐藤さんを殺したんでしょうかね? 殺人予告を出したやつでしょうかね?」

「佐竹先生は、殺人予告を出した人が、沢口さんや理事長も殺すと考えてますか?」

「だと思いますよ。だって、佐藤さんは殺されましたよ?」

 一華は腕組をし、

「そう、そうなんですよ。殺人予告の三人のうちの佐藤さんが殺された。

 でも、もし、もしですよ。三人を殺したいのならば集めませんか? もしくは、別の日付を記しませんか?

 なんで、同じ日付だったんでしょうかね?

 8月3日に関係していたのは佐藤さんだけでした。真実を話すのも、佐藤さんだけです。4日に殺されたのも佐藤さんだけ」

「……フェイクですか? 他の二人は? でもなぜ?」

 拓郎が嫌そうに顔をゆがめる。

 もしフェイクであるならば、余計な心労を沢口と理事長に与えたのだ。いたずらにしてもほどがある。

「……何故、私たちはこの事件を知ったんでしょうかね?」

「はぁ?」

「そもそも、どうして首を突っ込んでるんでしょう?」

「いや、え?」

「沢口さんと理事長のところに殺人予告が届いた。それをどうにかしろと言われたけれど、どうしようもできなかった。

 それが動いたのは、佐藤さんが殺されたから。そして、佐藤さんも殺人予告を受け取っていた。

 もし、これで、殺人予告が届いていなければ、沢口さんと理事長に届いていなければ、沢口さんはあの日、殺人を目撃したかもしれない生徒というだけだった。

 理事長は、大学の生徒が関わるかもしれないと危惧するだけだった。

 殺人予告すべて「五年前の8月3日の真実を話せ」というものだったから、五年前の事件を知った。

 もし、予告が届いていなければ、私たちはこの事件にかかわらず、五年前のひき逃げ事件のことすら知らなかったということでしょう? 

 少なくても、殺人予告があったから、五年前のことを知った。つまり、五年前のことを知らせるために、沢口さんと理事長に手紙を送った。と考えられませんか?」

「いや、だとして、なぜあの二人に?」

「郵送しなくて済むから。まずそれが一番でしょう。あの二人だったのは……もしそうなら、なんか、安易というか、でも、出した犯人にとっては青天の霹靂だったかもしれないけど、三人ともが同じ字を使った名前だったから。じゃないですか? 同じ苗字はたくさんいるけど、下の名前が同じ字だというのは面白い一致でしょう? 

 犯人がミステリ好きかどうか解らないけど、同じ名前の人が三人も殺された。とショッキングな見出しを思い浮かべたら、あの二人が選ばれたのも、なぁんとなく理解できませんか?」

「そいつが、佐藤さんを殺した?」

「……そこですよ。そこ。予告状は確かに命はないと思えと言っているけれど、犯人かもしれないけれど。逆を言えば、真実を話しさえすれば助けてやると言っているんですよね? 受け取ってからの間、警察に保護を願うことだってできたわけだし、まぁ、その時には偽証したことを告白しなきゃいけないので、どうかな」

「いや……、一華先生は、佐藤はあの公園に殺した犯人に会いに行った、と考えているんですよね?」

「たぶんね。まぁ、偽証したという流れで行けば、ひき逃げ犯に会いに行ったと考えれますよね」

「ひき逃げ犯が、佐藤さんを殺した犯人だとしたら、その犯人が、五年前の偽証行為の真実を言えと言いますかね?」

 一華は手を打ち、「確かに」と言った。

「確かにその通りですね、ということは、殺人犯と、予告状を出した人が居ることになりますね」

「俺は、予告状は、林田さんが出したと思っているんですが」

 拓郎の言葉に一華も静かに頷いた。


「でも、なんで、手紙なんか? ちゃんと抗議していたようなのに」

「でも、佐藤さんは動かなかった。佐藤さんがどう言ったか解らないけど、警察に言いに行ってもいいけど、証拠がないと警察は動かない。とか言われたら、佐藤さんを連れていってでも。と言って、クレーマーだという人が行くとは思えませんよ。行ったとして、林田さんこの人が無理やり連れてきたとか何とか大騒ぎするでしょうしね。

 そうなったらどうするでしょうかね? 気の弱い人が……、警察の介入を必要とするけど、警察は証拠がないと動かない。だとすると、佐藤さんが自ら行くように仕向けるには、怖い思いをさせればいい。だから、手紙を書く。

 だけど、佐藤さんのことだから、手紙を破るかもしれない。そうなっても警察が動くために、他の人にも送ろう。だけど、全く知らない人に贈るのは悪いから、後で、事情を説明して、許してもらおう。と考えているかどうか不明だけど、沢口さんと理事長に送った。

 もしくは、送ろうと思っていた時に、二人の名前が一緒だと気づいた。だから、選ばれたのかもしれない」

 拓郎はビールを空けた。


「では、犯人は誰だと思います?」

「それは―」

 一華は唸った。

「俺は、佐藤さんが不動屋に言っていた、金持ちの爺さん。かと」

「金持ちの? あぁ、家政婦をしていた時に遺産をくれた?」

「ええ、金持ちの爺さんの不祥事を被る代わりに、高額な金額を要求したと思うんですよね」

「なるほど……。金持ちで、世間体が煩い人ならありうるでしょう。でも、その爺さんというのは、佐藤さんを絞め殺せますかね?」

「……、じゃぁ、金持ちの爺さんの遺産じゃない?」

「そうかもしれないけど、」

 一華の歯切れの悪い返事に、

「じゃぁ、ひき逃げしたのは息子、あるいは娘か、孫というのは? 金はその爺さんから出ている。そして佐藤を殺したのは、ひき逃げした息子か、孫か、」

「そのほうがずっと可能性がある。

 そして、佐藤さんは殺人予告を受け取り、犯人に連絡を取った」

「話し合いは決裂して、殺害した」

「そこを、沢口さんが通った。犯人も、佐藤さんも、彼女もまた殺人予告をもらっていようとは思ってないだろうね」

「でしょうね。三人に送ったというのは、警察に届いた手紙だけですからね。

 あ、そういえば、なんで警察の手紙に三人の名前を書いたんでしょうかね?  たしかに、三人が同じ名前というのはセンセーショナルだとは思うけど」

「警察に送り届け、警察が調べてくれたらいいけれど、佐藤 由子という人があとどれくらいいるでしょうかね? 読みは違っても、かなりいると思いますよ。それに加えて、沢口 由子も。だけど、静内 由子なんて名前、私は知りませんけどね」

「確かに……。静内 由子が理事長だとすぐに解る。だったら、なぜ沢口さんも?」

「理事長に予告状を送りつけ、警察が動き、その警察が佐藤 由子のことを聞く。理事長は知らないと答える。卒業生を含め学生や、職員に居たら、いたずらだと思われるかもしれない。

 そして、理事長がそもそもいたずらだと思って破り捨てたら、計画はなしになる。

 だけど、三人書けば、沢口さんのことを知っていて、ホームシックで、なかなかなじめていない彼女なら、誰かに相談すると思う。それが大きくなるか、その前に警察に行くか、とにかくそうすることが目的だと思いますね」

「なるほど。

 いやぁ、すっきりしますよ」

 拓郎はソファーに身を投げ出し背伸びをした。

「はい?」

 拓郎は前かがみになり、指を一本立てた。

「家で一人で居ると、なぜ? なんで? と堂々巡りですよ。と言っても、ミステリや推理物は苦手だから、すぐに嫌になってしまう。だけど、ずっともやもやと残るんですよ。

 なんで、佐藤さんは夜中の公園に危機感もなく行ったのか?」

「殺人予告が来て、真実を話せ。ときている。と話しをして、引っ越すから金を出せというか、警察に行くか。の相談をするためかな?」

「犯人にしてみれば、急に連絡を寄越されては困るし、真実を話されても困るから、呼び出して殺した?」

「殺すのが目的ならば、包丁ぐらい持っていくと思うし、もっと、人目のないところを選ぶと思うんだよな」

「佐藤さんが、犯人の帰り道で待ち伏せしていた?」

「なるほど。それならば、武器がなくて当然だわ。ひとまず話し合おうと言って公園へ連れて行ったと」

 一華が手を打つ。

 拓郎は指を二本、三本と立てる。

「なんで、佐藤さんは、偽証したのか? 金だけなのか? 

 なんで、佐藤さんは借金をしていたのか?

 よく解らないけれど、恐喝する人というのは毎月の金の保証を得ようとしませんか? それが法外な金額であろうと。毎月、これだけ払えって。もし、定期的に支払われているなら、あんな店にはならないような気がするんだけど、とか

 でも、こうして話せてすっきりしたよ。一人だとどうしても、ね」

「私もよかったです。一人で言って、答えを出すよりももっといろんな面で意見がもらえるのはいいですね」

「小林君ではそうはいかない?」

「彼は助手です。助手の領分を出ませんからね」

 拓郎は首をすくめた。





 

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