第6話 8月11日水曜日
沢口
「一華先生に会いたいそうです」
青田の言葉に少々含みを感じながら、立川が会いたいのだろうと察し、拓郎は一華の
17時53分ほぼ18時近くだった。額の汗を拭き、助手の小林君が入れたコーヒーを一気に飲み干し、二人の刑事は椅子に座った。
「我々としても、沢口 由子は犯人ではないが、被害者になりかねないと危惧していたんですよ」
「と、言いますと?」と拓郎
青田が証拠袋を出す。破った紙を貼り合わせたものだが、文面はなじみがあった。
「五年前の8月3日のことについて真実を話せ
さもないと8月4日、お前の命はない
ですか……。これは?」
「5日未明に殺されていた佐藤
「同じ殺人予告ですか?」
「便箋も、封筒も、文言も一緒です。そして、」
青田がもう一枚同じ手紙を机に置いた。
「誰宛てですか?」
「警察です」
一華と拓郎が顔を上げて二人の刑事を見た。
「警察に?」
「ええ、ですから、理事長先生が至急きてくれと言った時に行動できたのは、
警察にも手紙が届いていたからです。もし、これが警察だけに届けられていたのなら、いつものことなので無視しますが、今回は、」
さらにもう一枚机に置く。文面は途中まで同じで、
五年前の8月3日のことについて真実を話せ
さもないと8月4日、お前の命はない
この手紙を、佐藤 由子、沢口 由子、静内 由子に送った。
女たちを殺させたくなかったら、真実を聞き出し、正義を行え
という手紙だった。
「この三人は、何か関係があるんですか?」拓郎が聞く。
「ほぼ、全くないと言えますね。沢口さんと理事長先生は、大学という共通はあるけれど、佐藤は高卒ですし、スナックをやっていたようですが、この一、二年、店がまともに開いたところを見たことはないと言ってましたよ」
「あとは、名前の字が同じだね。読み方は違うけど。
一華の言葉に立川は黙っている。
「それで、この五年前の事件については?」
「今調べています」
立川が一華を見る。
「その視線はどういう意味でしょう?」
「どう思いますか?」
「さぁ……勝手に調べてもらって構わない。という視線でしょうか?」
「警察がそのようなことを頼みますか?」
一華が首をすくめる。
「佐藤さんは絞殺だと聞きましたが、指でした? 紐でした?」
「指の痕がありました。よほどの力を加えたんでしょうね。ですから、被害者よりも小柄な沢口さんや理事長はどうやっても除外できるんですよ。佐藤さんは身長163センチ。体重は80キロありましたからね、それに対して、沢口さんも理事長も155センチ前後、体重も4,50キロぐらいでしょう。そんな人が、抑え込めるかというのは無理がありますからね。ただ、殺人予告が来ていた一人が殺されたんです」
青田がそういって首をすくめた。
「現場は荒れていたとか?」
「一応、暴れたようでね、砂が足の軌跡を作っていました。そのせいで犯人の足跡が解りませんがね、でも、佐藤を締めあげれるのですから、男だと思われます」
青田の言葉に一同は同意した。
「なぜ、佐藤さんは真夜中あの公園に居たかですよね? 殺人予告を受け取ったあの二人は、身に覚えがなくても不安で、誰かの側に居ましたよ。いくら破り捨てたと言っても覚えていそうですけど、」
「どうでしょうかね? 近所の人の話しでは、酒浸りで、近所トラブルの絶えない人のようでね、まぁ、今流行りのごみ屋敷とまではいかなくても、それに近い家になりつつあったようで、家の中はひどかったですよ」
「普段アクティブに行動する人、ではなさそうですね? 家は、駅前ですよね? 歩いて二十分はかかるところへ夜中行きますか? 健康を考えて夜間のウォーキング。という感じではないでしょう?」
「ないでしょうね」
「じゃぁ、何しに行ったんでしょうかね? 金目の物を持っていて狙われたとしても、この公園は繁華街から離れているし、タクシーなんか夜間通らなそうですしね。飲みに出て帰るにしても、逆方向でしょう? 公園より南は住宅と大学しかないのだから。
となると、わざわざ公園に出向いたことになるでしょう?
何しに? 殺されに行くには遠路はるばるでしょう? ということは、話し合いをしに犯人に会いに行った。がベストな考えだと思うんですけど?」
一華の説明に立川は頷き、
「そういう考えです」
「では、犯人は誰か? なぜ、夜中の公園に行かなきゃいけないのか?
夜中でなければいけなかったのは、人目を気にしてでしょう? ということは、二人が会っているところを目撃されたくない人物。不倫なんかしてそうな感じですか?」
「不倫をしてそうな感じ。というのがどうか不明ですが、そういう痕跡は、しばらくはないそうです」
「……調べるんですか?」
「一応、女性の場合、強姦に襲われて殺されたという可能性があるので」
「なるほど。ご苦労様です。
となると、何しに会いに行くんでしょうかね? 借金はありました」
「ええ、300万円ほど。店が立ち行かなくなり、今年に入ってちょっとずつ借りたようですね、」
「店はいつから?」
「五年前だそうです」
一華と拓郎が首を傾げる。
「五年前、ですか?」
立川と、青田が同時に頷く。
「五年前に店を開き、この二、三年は、開店休業状態。収入がないと。開店資金とか、いろいろ払えないのじゃないんですか?」
「一括だったそうですよ。二階建ての店舗兼住宅で、一階をスナック、二階は住居だった中古物件を一括支払った。
それ以前の職業は、派遣の家政婦で、家政婦として仕事をしていた先の、一人暮らしの老人が亡くなり、遺産を相続した。と不動産は聞いていたそうですが、対応した不動産いわく、
「佐藤さんが、いい家政婦さんかどうかは解りませんよ。仕事ができるかもしれませんが、人嫌いな人ですよ。居るだけで嫌悪を抱くというか、とにかく人のことを悪く言う人っているでしょう? クレーマーですよ。クレーマー。この商店街の店でもクレームを入れて、出入り禁止になっている店がいくつかありますよ。
もし、本当に、佐藤さんに遺産を残したというなら、それは騙されたんだと思いますね」
と言ってましたよ。
歳に似合わないミニスカートを履いて、真っ赤な口紅を差して、高いヒールの靴を履いて店に入ってきたときには、笑いをこらえるのが大変だったそうですけどね」
「一括で、家って、買えるんですね」
一華の言葉に立川はほくそ笑む。
「もし、それが、遺産相続が、嘘だとして、家一軒買えて、リフォーム代も出して、なおも、しばらくの生活面を支払える金額をどうやったら手に入れられるんでしょうかね?
家政婦の賃金がいくらか解りませんが、49歳でしたっけ? その年で、いくら貯めれるんでしょうかね?」
「(金の出所は)どこだと思いますか?」と立川。
「犯人。というのは、考えが浅いですかね? でも、そう考えれば、恨みこもって締め上げることも可能かと思うんですよね。
殺害目的ならナイフのほうが早いと考えそうなものですけど―ま、そう簡単に刺殺できませんけどね―そういう武器を持って行っていなかったとするならば、お互い、話し合いをしに行ったが決裂した。というところでしょうかね? もしくは、犯人の帰宅時に待ち伏せしていて、用意できなかったか」
「じゃぁ、不倫の線もありなんじゃないですか?」
「可能性としては。でも、そういう行為が見られないということなので、不倫ではないんでしょう」
拓郎が立川のほうを見た。
「……沢口さんの件、配慮ありがとうございました」
と言って立ち上がる。青田が慌てて立ち上がる。
「トイレの電気がついていたらしいのですが、人感の。犯人でしょうかね?」
「だと思いますね。指紋は、たくさんありましたが」
「公衆トイレですからね」
立川と青田が出て行った。
「それで、どうします?」
「五年前。ですかね」
一華は助手の小林君が書てくれていたホワイトボードを見ながらつぶやいた。
「では、ネットで?」
助手の小林君がノートパソコンを広げる。
一華が呆れながら首を振り、
「佐藤さんが犯人であったとしたら解るだろけど、彼女は、五年前からずっと普通に暮らしている。ネットじゃぁ、探せないと思うよ」
「じゃぁ、どこで探すんですか?」と小林君。
「図書館だよ。でも、あそこ、遠いのよね」
一華が嫌な顔をしたとおり、大学内の図書館は遠かった。
以前は、北舎の中にあったのだが、大学拡張、生徒増員のおかげで、新棟建設時に、図書館棟を建てたのだ。
正門を入って左手にある集会堂の奥が図書館棟だ。そしてその奥に大きな新校舎があって、栄養学など、最近導入した学科が入っている。
「眩しい」
「くだらないこと言っていないで、行きますよ」
と助手の小林君に背中を押されて図書館棟に入る。
とりあえず汗を落ち着かせて、水分補給だと言って、入り口側のラウンジに座り込む。
自販機があってそこでは飲食可能だというので、水分補給している人が数名いた。
受付の人は雇った人のようで、「大学内図書課司書」という名札を首から下げていた。
「あら? 一華?」
おしゃれならせんの階段を降りてきたスーツ姿の眼鏡女子が声をかける。
「珍しいじゃない、こんなところまで」
一華は片手を上げ、体感的にそれほど冷たくない水を飲み干す。
「……、助手の小林君は解るけども、なんで数学科の佐竹先生も一緒なの? 噂は本当なの?」
一華が眉をしかめ女性を見る。
「あ、あぁ。彼女は、ここの図書館館長の水島
「一華の同級生。よろしくお願いしますね、佐竹せんせっ」
夏流は一華にはない人当たりのよさそうな笑顔を見せた。
「噂って何?」
夏流が首を傾げる。
「さっき言ってた、噂」
「あー、あんたたちが付き合ってるっていう噂よ。あたしは、あんたから聞いてないから、それはないと思うと言ってるけど、付き合っていなけりゃ、今日は何?」
「新聞を見に来た」
「新聞? スポーツ紙?」
「いや、古い奴」
「……何年前?」
「五年前」
「全国版? スポーツ紙?」
「いや、地元の新聞がいい」
「あぁ、じゃぁ、郷土室の比較的新しいところにあるわ。いいわ、案内してあげる。エレベーターで行くでしょ?」
そういうと、夏流は自分の用事であったらしい何かを受付に渡して指示をすると、エレベーターのボタンを押した。
「暑いわねぇ」
「ここに来るまでに、溶けるかと思った」
夏流は笑い声を開け、到着したエレベーターに乗り込み、四人を乗せたエレベーターが動いた瞬間、
「何を探してんの? 五年なんて、考古学的には昨日じゃない」
「考古学は関係ない」
エレベーターが開き、4階のスペースはほぼ半分で区切られていた。日当たりのいい場所はその半分を自習室や、数名で利用できる部屋となっていた防音がなされているので、全く声が漏れない。残りの半分はオープンに机が置かれていて、そこでも学生が勉強をしていた。
フロアの北側は、郷土史・郷土文化。という名前が掲げられていて、新しく作った学科で学生数もちゃんと集まっているらしい。そこの学生が数名机でモノを書いていた。
夏流が案内したのは郷土の本が並んでいる棚の奥、人気がさっぱり無くなったような場所にある、郷土新聞の棚の前だった。
「これはね、引き出しだから、ちょっと重いけども、」
そういって引き出すと、中に新聞がずらりとぶら下がっていた。
「ラベルに年が書いてる。五年前だから、ここだね、何月?」
「八月、」
「三日」拓郎が言う。
「いや、4日の朝刊から」
一華が言い直す。
夏流が眉を上げて、一華と拓郎を見比べ、
「はい、8月4日」
と新聞を出した。
「夕刊は後ろに止めているから
デジタル化が進んでなくてね、三年前までのはパソコン上で閲覧できるようにしてるんだけどね。
とりあえず、そこに居るから、何かあったら声をかけて」
と、スタッフ用の整理机のほうへ歩いていった。
「彼女は余計なことは聞かない、詮索もしない。だけど頼りになる。口も堅い。だから、友達でいられる」
一華はそう言いながら新聞を机に置いた。
「なんで4日です? 手紙には3日と書いてましたよね?」
「3日に事件が起こって、すぐに発見されたとして、新聞に載るのは早くて夕刊。少し詳細が解ってくるのが、朝刊あたりでしょう? 4日も早かったかと思いましたけどね」
一華は三面記事を開く。
「三面ですか?」小林君。
「政治や、経済、スポーツなどの全国ニュースではないと思う。佐藤さんがあまり行動的でないことを考えて、この近所で起こっただろうと思う。
中学生の飛び降り自殺。いじめを苦に自殺。……ここにはそれらしい名前は出てないですね。
万引きを繰り返していた万引き犯御用。刑務所を出たり入ったりしていた男がまた捕まった。
騒音トラブル。―これぽいなぁ―電車の騒音に悩まされていた男性、アパートは防音完備だと言っていたが、騒音で頭痛がするなどの病気を発症。民間に依頼して調査したところ、防音措置が取られているような音ではないとのことで、業者が調べたところ、その部屋にだけ防音措置が取られていなかった。―これではないな―
早朝のひき逃げ犯捕まる。3日の早朝6時ごろ、静内大学駅前の県道で、早朝バイトへ行く林田 鈴さん19歳が路上で倒れていたところを発見。死亡が確認された。林田さんの衣服についていた車のミラーのガラス片などから、ひき逃げ事件として捜査していたところ、近くでスナックを経営している……佐藤 由子さんの目撃情報から、静内大学駅前付近に住む相田 良平22歳だと判明。警察は今のところ任意で事情を聴いている」
「それ、ですね」
「ですね」
三人が新聞を見つめる。
記事はほかの物より少し大きかったが、その日の夕刊、次の日と徐々に小さくなり、相田 良平が容疑者として逮捕された日から、3日目。
容疑者が取り調べ中持病の発作により死亡。これにより被疑者死亡で捜査する。
「死亡……」小林君が絶句する。
「佐藤さんが目撃した。これの真実ですかね?」
「でしょうね」
「何を目撃したんでしょうかね?」拓郎
「もしくは、なにも、見ていないのかもしれない」
一華はこの「ひき逃げ」の報道された記事をすべてコピーに取った。
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