第5話 過日8月4日から6日
沢口は頷くと、えっと、と言いながら時計へと目を動かした。
「3日に友達の家に泊まりに行くことになっていたんで、3日は大丈夫だけどと思うと、やっぱり怖くなって、2日に卓人君に、4日のバイトが5時、夕方です。居酒屋でバイトしているので。なので、夕方の5時からなので、4時に来てほしいと頼みました。
バイト先へは自転車で行きます。自転車で二十分から三十分かかります。信号も、電車も止まらなければ二十分で着きますでも、信号や踏切で止まる―電車停車に合わせて信号が微妙に長短するため、渋滞が起こる―と三十分かかります。それに、卓人君はいつも遅刻するので、4時に来てもらうようにしました。
事情も話しました。驚いてましたが、それだけでした。ええ、もっと早く言えとか、なんで言ってくれなかったんだ? みたいなことは言われていません。
なぜ言わなかったかって? さぁ、なぜだろう……。もちろん、彼氏ですし、付き合ってます。けど、話す気になれなかったというか、卓人君に話すということは考えていませんでした。
それで、4時10分に来てくれて家を出て、4時45分に着きました。
何の真似だか、何を見たのか解りませんが、辺りをきょろきょろ見たり、すれ違う人をじっと見ていたりして、周りの人に悪いことをしていると思いながらとにかくバイト先に着き、バイト先の人には話していたので、卓人君には帰ってもらいました。
バイトはいつもと変わらずで、夏休みもあって大盛況で、一応閉店2時なんですけど、3時までかかって、家に帰ったんです。
家までの道に、区画整理でできた空間と言いますか? 避難公園になっている公園があって、そこは道路側に歩道がなく、自転車、歩行者は公園を斜めに行くことができる道があるんですけど、そこを通って公園を抜けます。
抜けてすぐの横断歩道のところで、お巡りさんとぶつかりそうになって、お互いに驚いて。
そこで、こんな時間に帰るのかって声を掛けられたので、バイトが遅くなったこと、夏休みで忙しいこととか話し、一応確認のために名前と、住所と、学校名を聞かれたんです。
それで大学生だと言ったら、高校生だと思ったから聞いたんだって言われちゃいました。送って行くことはできないけど大丈夫かと言われたので、すぐそこだと答えて別れたんです。
そして、翌朝というか、その数時間後ですけど、5日の午前10時になって卓人君から電話があって、無事に帰ってきたので安心したと言われました」
「10時ねぇ」
一華が鼻で笑う。
「それから、ファストフードでご飯を食べて映画へ行きました。
帰ってきたら家の前に警察の人が居て、話しを聞きたいからと言われて連れて行かれたんです。
そこで、夜中にあったことを話し、お巡りさんと遭ったと話し、それは誰かと言われて、五人ほど並んでいる中で四番目に並んでいた人だと答えて、返してもらいました。
その時に、翌日、もっと詳しく話を聞きたいから、朝早くに迎えに行ってもいいかと言われ、6日の朝八時に迎えに来てもらって警察に行ったんです」
「6日は、朝行くと、朝ごはんを食べたのか聞かれ、警察に呼ばれたことがないので緊張してまだだというと、この前来ていた刑事さん、おじさんの方です。その方が、朝食を食べに行こうと言って、近所の喫茶店に連れて行ってくれました。
警察が支払ったり、あなたにおごってもらうわけにはいかないので申し訳ないが。と言ったのがおかしくて、警察も大変なんですね。とか話しをしました。
あの日から―殺人予告の手紙のことで、オバちゃん先生、えっと、一華先生に会ったその日以降一華先生に会いに行ったか? と聞かれたので、まったく身の回りに何も起こらないので、2日になって思い出したほど忘れていたと答えました。
実際、三上先生に相談して、一華先生に、何かあったらすぐに連絡を。と言われて安心したみたいで、気持ち的に晴れ晴れしていたんです。
でも、やっぱり、2日になると、気分が滅入ってきて、でも、4日に予定のない人なんていないし、バイトを休むわけにはいかないしって考えて卓人君に電話したんですけど。
ええ、それも刑事さんに話しました。刑事さん苦笑してました。今の、一華先生や、佐竹先生と同じ感じです。……今なら私も解ります。彼氏なのに、なんで、ギリギリに、やっと思い出すんだろうって。でも、本当に思い出さなかったんです」
沢口は一息つくためにコーヒーを口にした。短く息を吐くと、
「刑事さんと朝食を食べながらこれと言った話しはしませんでした。田舎から出てきて不安はないか? とか、家に連絡しているか? とか、お父さんのようなことを言われました。
食べ終わって、警察署に行って、きれいな会議室、前日にも入った部屋です。昼間は特に日が入って明るくて、でも殺風景な部屋でした。絵もなかったです。
そこに座って、おじさん刑事と、若い刑事さん、あの日来ていた人です。それから女の人が入ってきました。婦警さん? は私の隣に座り、
「男性が質問するから、気分が悪いと思ったら、私に耳打ちをして答えてね」
と言ったんで、頷きました」
「バイトに出かけた正確な時間、バイト先に着いた時間と、終わった時間、家に帰り着いた時間など、時間を正確に思い出すように言われました。
面白いのは、全てちゃんと時計を見ていたんです、私。やっぱり、忘れていたとはいえ怖かったんだと思います。時計を見る回数が、今思えば多かった気がします。いつもなら、あまり時計を見ないんですけど、よく見ていました。
だから、全て正確に言えました。しかも、その時周りはどうだったかということまでワンセットで。
卓人君が来た時に「タウンタウン―4時から15分間地元の情報を放送している―が終わったので、CMになって、次の番組が始まるときにテレビを消したこと。
バイト先に着いて、時計を見たときに、店内放送の音楽が入る時間で、それが、4時45分のタイマーセットされている。掃除の曲というのが流れ、開店準備をする間、毎日鳴る曲が放送された。
店を閉め、時計を見て―2時13分、日付が変わっていることに安堵したけれど、帰り道にあるコンビニではまだ働いている人が居て、彼らにしてみればまだ今日―4日は―は終わっていない。と思うとぞくっとして、その時ちょうど公園にある時計で、2時20分で、公園を横切り、お巡りさんとぶつかりそうになって、名前とか聞かれて、家に帰り着いたのが、3時でした。
家にたどり着いて、電気をつけて回り、安堵して、とにかく寝ようと思ってベッドに入ったのが、3時15分です。それからは意識がなくて、寝てしまったようです。
バイトにも疲れたけど、やはり予告状のほうが辛かったようです。
7時に目が覚めて、ゼミの課題をやっていなかったのを思い出してそれをやって終わった頃、卓人君から電話があって。
という話しをしました。
あまりにも詳しく覚えているので、若い刑事さんがよく覚えているねと言ったんですが、おじさん刑事さんが、4日に殺すなどと言われたら、いやでも時間を気にするだろう。と言ってくれて、詳細に覚えてくれていたことに感謝すると言ってもらいました。
「それで、公園を横切った時、不審なモノ、人、音、匂いなんか気づかなかったかい?」
と聞かれたのですが、あまり気にするようなことはなかったんです」
「公園というのは、どんな感じの公園?」と一華が聞く。
「長方形の、本当に長方形の公園です。県道がちょうど公園に沿って走っていて、
解りますか? 静内大学前駅の駅前通りより、東に行ったところに大きな道があるんですけど、それが公営団地のところで変に曲がっている道があるんですけど? そうです、そうです。南に向かって走ると、左カーブの道です。大学へまっすぐ抜ける新駅前通りの道にぶつかる道です。
そこに公園があるんですけど、大きさとかは分かりませんが、公団1棟分の横幅はありますよね。たぶん。一番手前の小さい公団です。古いほうの。今のほうがワンフロアに10戸とかあるようですけど、古い公団です。6つぐらい部屋があるんでしょうかね? 解りませんけど。
ですから、そこを通るには、昼間なら一分ぐらいで通れると思いますが、夜なので、五分はかからず、一分以上はかかったと思います。
でも、いくら思い出しても、おかしなことも、変な音も聞こえなかったんです。本当なんです。ただ、トイレの明かりは点いていたので、誰か入っているんだとは思いました。人が近づくと明かりが点くタイプの照明ですから。それくらいです。
公園の出口に、ポールが二本立っていて、出ようとした時に、自転車で巡回中のお巡りさんとぶつかりそうになって、よろけて、倒れそうになったんで、お巡りさんが自転車を止めて謝ってくれて、そしたら、
「いくつ?」
って聞くんで、19歳ですって答えて、
「証明できる?」
って言われたので、学生証を見せました。
「沢口 由子さん。19歳。静内大学栄養学科。いやぁ、最近の子は大人だか子供だか解らなくて。だけど、いくら19歳でも、ちょっと遅すぎない? こんな時間に?」
て言われたので、バイトで遅くなったと話しをしました。夏休みに入ったので、家族連れが多くて、もう大変で。と話したら、危ないから家まで行こうか? と言ってくれたんですけど、すぐそこなのでと断り、別れました。
その時だって、公園で何かがあったなんて思ってもみませんし、何かがあったような物音もしませんでした。
5日の夕方になって、警察の人が来て、公園を通った時の事情を聴きたいので同行してくれと言われたので行ってきたんです。
一通り、先ほど言った話しをしたら、その時にあった巡査は誰だったというので、四番の人を選んで帰されました。
夜遅くなるので、明日の朝、また来てもらえるかという話だったので、行けますと返事をしたら、迎えに行くと言われたので、パトカーで迎えに来るのかしらとちょっとドキドキしていたら、普通の車でがっかりしました。
覆面? だとは思うんですけど、中身は普通の車とは違うと思うんですけど、できれば外から見て警察車両のほうがよくないですか? と思ったけど、もしそれに乗り込んでいたら、それはそれで近所の人の目がありますから、気を使ってくれたのかなと思います」
「6日ですけど、最初に話した通り、この前来ていた刑事さんと朝食をとってから、会議室で、さっきの話しをしました。
それで思ったんです。一体なんで私は連れて来られたんだろうって。だから聞いたんです。そしたら、
「君が通っていたであろう時間に、君が明かりがついているといったトイレ脇の植え込みで殺人が行われていた可能性があるんだ」
と言われたんです。
もう、思考停止でした。意味が解らなくて、息苦しくて、慌てて呼吸をして、
「どういうことですか?」
って聞きました。そしたら、
「君と別れた巡査がそのあと公園を横切る際、植え込みで倒れている女性を見つけ、酔っ払いなら、寝ていても困るので注意しに行ったら、死んでいたそうだ。まだ、体温があったので、本当に殺害された直後だと思われるんだが。
本当に、怪しい人物を見ていないか、思い出せないか?」
と言われたんです」
「沢口さん? あなたが疑われているわけではないのね?」
「二人の刑事さんの口調では。テレビドラマで、お前がやったんだろう。とか言うような感じではなかったです。本当に、何か見なかったか? とだけ聞かれました。でも、何も見ていないんです。音も聞こえなかったし」
「ほかに何か言ってなかった? 死因や、被害者の名前や、性別」
「女性だそうです。でも、私よりも大きな人なので、あなたが殺したとは思っていないからね。と言われました。
お昼のニュースで被害者の名前とか判ると思うけど、「サトウ ユイコ」という名前に心当たりはないか? と聞かれました。まるでないと答えると、そうだと思うと言われました」
沢口はコーヒーを口に含み、少し口を閉じて口の中を湿らせてから、
「死因は聞いてません。聞くの忘れていたというか、興味はなくて、ただ、なんで私に聞くんだろう? って思ったけど、目撃者かもしれないんですよね。でも、本当に何も見ていなくて、申し訳ないくらいで」
「それで帰されたと?」
「はい」
一華は頷いてから、
「それで家に帰った。清水は?」
「家に帰ってから携帯にメールが来てるのに気づいて、連絡したら、夜迎えに行くと言われて、それで、夜、学校に忍び込んで、あそこに入って、朝になって卓人君は始発のバスで長野の実習地へと行きました」
一華は呆れたように首を振り、
「一応、彼女を心配した余りの行動として、イチオウ、不問にするけど、清水にはペナルティーを与えないかんな。まったく」
と腕を組んだ。
「うーん、やっぱり、想像しにくいから、地図描いてよ。バイト先から、公園を通って、あなたの家までの地図。目印になるようなものもね」
一華に言われ、沢口は少し悩みながら描いた。それを見ながら、助手の小林君が携帯アプリの地図で詳細を見つけたが、何も言わずに待った。
「確か、ここはコンビニで、道路の向こう側は歩道があるんですけどね、公園側はないんですよね。
それから新駅前通りを渡って、ハトスーパーの前を曲がって、三軒目のアパートです。二階建ての4つくっついているアパートが、6戸あるうちの、手前から2つ目です」
と書いた地図を見て、一華は頷いた。
「また何か思い出したら教えてくれる?」
「助けてくれるんですか?」
「助けられるかどうかは不明だけど、話しを聞くことはできる。警察へ電話して話せるなら別だけど、」
「そうなんですよね。何か思い出したら、連絡してくれと言われても、電話かけにくいなぁと思っていたんですよ。でも、一華先生なら、話しやすいので安心です」
そういって沢口が立ち上がろうとするのを、
「ところで、しばらくの間、誰か側にいてくれる人とかいる?」
と一華が聞いた。
「え? そば、というのは?」
「殺人予告」
「あぁ、でも、あれは、4日で、もう終わったことですし」
一華が唸り、
「ちょっと考えたのさ。一日に二人も殺せるかね? 素人が。
たしかに殺人予告は4日に命はないと書いていた。でも、二人に宛てて書いた手紙に同じ文面が載っていた。
それでね、例えば、理事長が、市の西の端に居たとする。沢口さんが、東の端に居たとする。車で1時間の距離だとしても、人を殺して移動してまた殺すかね? しかも、必ず、一人で、誰の目もない時にするものでしょ? 理事長の行動パターンは解らないけど、沢口さんがあの日、
ただのいたずらなら、気にすることはないのだけど。夏休みだし、実家に帰ってみるのもいいのじゃないかと思ってね」
沢口が少し俯き加減になり、
「みんなも同じことを言ってくれたんです。でも卓人君が、俺が守るって、」
「俺が守るって、あいつの実習は来週末までだよ?」
「だから、それまで、あの倉庫に居ろと、」
「バカか? 食事はどうすんのよ? はぁ、馬鹿だ。でも、実家に帰ったほうがいいと言ってくれているのなら、あなたもそのほうが心強いなら、そうしたほうがよくないかしら?」
「でも、今からじゃぁ、電車もバスもチケットが、」
「運転手ならそこに居る」
一華が助手の小林君のほうを見た。小林君は苦笑いを浮かべながら、運転していくことを承諾した。
「そしたら、このまま家に行って、荷造りして、送ってもらいな。バイト先にはどこへ行くとは言わずに休むことを言って、」
「行き先を言わないんですか?」
「友達だと言って聞いてくる可能性があるからね、行き先を知っている人はできる限り少ないほうがいいと思うよ。もちろん、清水にも黙っておくほうがいい。連絡は極力取らず、生きてるってことだけ解るようにしておくほうがいいかもね」
沢口は納得したように頷き、
「警察の方には?」
というので、「それは、こちらからしておく」と、一華が言うと、沢口と、小林君は出て行った。
「狙われると思いますか?」
「解らない。でも、殺人予告を受け取った人が居て、その近所で殺人事件が起これば、無関係だとしても、あまりいい心地はしないでしょ? 十中八九、沢口さんに関しては殺人予告はいたずらだと思う。
いたずらだとしたら、なんで、彼女に送ったのか? 何が目的なのか解らない。しかも、同じ文面、同じ便箋と封筒を使っているから、同一人物が理事長にも送っている。なぜ? まったく分からない。
理事長に何らかの恨みがあって、理事長を困らせたいがために、学生を狙ったのなら、なぜ彼女なのか? たまたま家を知ったから? かもしれない。
それならそれでいいけど、いろいろと解決していない不気味さの中、一人で居るのは辛いだろうと思ってね。清水でも側に居れば別だが、あいつは実習中だからね。たぶん、夕方のバスで帰ってきて、始発で戻るとかいう、アホなスケジュールを立てているのだろうけど、そんなんで彼女が安心するわけない。だったらと思ってね。
狙われるかどうかに関しては解らないけど、不安の中一人よりは全然いいと思う」
一華の案に拓郎も同意した。
「それにしても、かの清水君は、考えが子供というか、中途半端というか、1週間以上、彼女をあそこに潜ませていられると思うところがすごい」
「まぁ、清水だからね」
一華の手回しで、清水は実習場の側の青年の家から、厳重に外出禁止を頂き、
ふて腐っているという。
早速沢口に連絡していたようだが、「生きてる。連絡できない」とだけ来た内容に、不平不満をぶちまけているらしい。
昼のニュースを、食堂のテレビで、一華と拓郎は見ていた。
「5日の未明、―公園の公衆トイレ側の生垣で、女性の絞殺死体が発見されました。
殺害されたのは、スナック経営者の「佐藤 由子」さん、49歳で、巡回中の巡査が発見したとのことです。
争った痕跡はあるものの、金品の類は手を付けられておらず、怨恨の可能性があるものとみて警察は殺人事件として捜査中です」
拓郎が一華を見た。一華は咀嚼しながらテレビを見ていた。
「あの事件ですね」
一華は頷く。
「怨恨の線ですかぁ。スナック経営者と、理事長たちを結ぶ点はないようですね」
一華は同意するように頷いたが、
「なんか、なぁんか、引っかかる」
と言った。
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