第4話 8月9日月曜日
一華は何も考えていないわけじゃなかった。―もちろん、沢口がなぜ連行されたかということだ。
沢口が、殺人事件が起こった場所に居たらしい。だから、任意同行された。なぜ彼女はそんなところに居たのか? 彼女が犯人なのか?
もし、彼女が犯人だとしたら、どうやってだれを殺す? 刃物で刺す。襲ってきた相手をカバンを振り回して打ちどころが悪くて殺す? 突飛ばした瞬間、頭を打って殺す?
彼女が殺せそうなものはそのくらいだ。不可抗力に出る、「馬鹿力」か、突発的な事故だ。なぜなら、彼女は割と小柄で、細身で、非力だ。
クラリネットをしていたらしいが、肺活量はあっても、腕力などはないだろう。殴ったり、襲い掛かることはできないはずだ。
では、何か欲しいものを取り合ったとして、それを奪おうとするような血気盛んな性格か? まったく逆だろう。大人しくて、人に強く言われたら、モノを差し出しかねないような人だ。
彼女が犯人でないとしたら、いったい誰が犯人なのだろうか? 目撃者がいたそうだが、実は、そいつが犯人なのではないのか? 彼女がたまたま通りかかり、目撃しましたと名乗り出て、彼女は連れて行かれたのかもしれない。それは、不運だ。
任意同行だから、警察も彼女がしたとは思っていないだろうが、だったら、彼女は犯人を見たのか? 見て庇っているのか? 庇う相手は彼氏か? 清水を庇っているようには見えない。あいつが人を殺せそうかどうかは別にして、清水もまた非力な男子だ。一華のほうがよほど力がある。
一華はため息をついて階段を上ってきた。
北舎(考古学棟)三階は、以前の事件の発端となった場所だ。
あの頃はパールホワイトに加え、反射塗料を混ぜたもので眩しかった壁は、薄い緑色に塗り替えられ大人しいものだが、その色のくすみ具合が何とも不穏で、
「いい趣味してるよ、理事長のセンスは」
と嫌味を言いたくなる。
校舎の階段の横に、時計塔へ上るだけの階段を上がる。部屋が二部屋あって、一つは時計塔の内部。もう一つは考古学部倉庫になっている。
来週発掘に行くチームの道具をおろすためにやってきた。とはいっても、もうすでに三チームが出発しているので、残っている道具は、ざると、ヘルメットぐらいだ。
入り口に出して鍵をかけておけば、発掘チームの生徒が持って降りる手はずになっている。
一華は鍵穴に鍵を差し込もうとして妙な傷を見つける。
鍵を開ける。こじ開けられているのは確かだった。「開け難い」眉を顰める。鍵が開き、戸をゆっくりと開ける。
ガタンと音が鳴る。
「誰?」
「お、おはよう、ございます」
「……沢、口、さん?」
一華はコーヒーメーカの前で腕組をしていた。
「おはようございます」
そういって助手の小林君がやってきた。
「解らん」
一華はそういって給湯器から出てきたので、助手の小林君は笑いながら給湯器に入ってコーヒーを淹れる。
「おはようございます」
拓郎もやってきたので、コップ五つ用意した。
「なんで、沢口さんが?」
沢口は俯いて顔をしかめている。怒られると解っている子供の顔だ。
「上の倉庫に隠れてた」
「隠れてた? なんで?」
一華が首をすくめると、コーヒーが机に置かれた。
「卓人君が、……警察に目を付けられると、……犯人にさせられるから、……隠れていたほうがいいと。……あそこは、誰も、来ないって」
一華が「馬鹿だ」とつぶやき、拓郎も苦笑いを浮かべる。
「隠れたら、犯人ですと言っているようなもんじゃないか」
一華の言葉に沢口が更に俯く。
助手の小林君が拓郎から簡単簡素に経緯を聞かされている。助手の小林君の口は堅い。そして、彼の協力は強大なので使わせない手はない。というのでここからは助手の小林君も参加することになった。
「ところで、昨日、連行されたって、大丈夫?」
沢口は頷き、
「少し、怖かったですけど……あれですね、会議室。学校の。ああいう感じのいい部屋でした。ただ、よく思い出せないので、思い出せる範囲で思い出してくれと言われて時間が随分とかかりました」
「5日の夜に連れて行かれたんだよね?」拓郎が聞く。
「はい。でも、5日は、夜の七時には送ってもらいました。お巡りさんの顔を覚えていたので、その人だと言いました」
「何? お巡りさん?」
「はい」
「とりあえず、4日の、清水があなたの家に来たところから説明できる?」
一華が唸りながら言った。
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