青の国と緑の国

赤鈴

戦争

 あるところに青の国と緑の国という二つの国がありました。


青の国は青く澄み切った綺麗な川で囲まれた国。川では色んな魚たちが気持ちよさそうに泳いでいます。


一方、緑の国は鮮やかな緑色の葉を枝いっぱいに付けた森の樹木に囲まれた国。森では動物たちが仲良く暮らしています。


この二つの国にはそれぞれ一際目立つ大きなお城があり、そのお城の前には小さな町が1つありました。


青の国の人たちは川で魚をとり、緑の国の人たちは森で狩りをして、それぞれ生活していました。


しかし、青の国の王と緑の国の王は昔から仲が悪く、青の町の人と緑の町の人が会うことは決して許されないことでした。






「夕飯までには帰ってくるのよ」


「分かってるよ。行ってきまーす」


 そう言って家を元気に飛び出したのは青の町に住む今年で8歳になった女の子・ケティでした。ケティは川にかかった白くて長い橋を渡り、お昼に食べるお弁当を持って、青の国と緑の国の間にある"シアン草原"を目指しました。


どこまでも続く広い草原には青々とした名もない草が一面に生い茂り、時々風に吹かれては心地いい音を鳴らして揺れています。


空いっぱいに広がった青空を白い雲たちがゆっくりと泳ぎ、太陽はサンサンと輝きながら暖かい光を地上に届けています。


町の交流がなくなった今となっては、この草原を訪れる人もほとんどいませんでした。


シアン草原と、その先にある緑の森を通り抜ければ緑の町です。




 草原の真ん中あたりに大きな木が1本あります。鮮やかな緑色の葉が時々風で揺らされ、擦れて音を奏でます。


その木の下で1人の男の子が周りをキョロキョロしながら誰かを待っています。


「遅くなってゴメン!」


「もう!遅いよー。なにやってたの?」


「ママのお手伝いしてたら遅くなっちゃった。今日はなにして遊ぶ?」


「今日はねー……鬼ごっこがいいな!」


男の子の名前は"アラン"。緑の町に住む男の子でケティとは同い年です。


二人は町の人に秘密で時々こうして会っては遊んでいたのです。


二人が初めて会ったのもこの草原でした。一緒に遊んでいるうちに仲良くなり、相手が別の国の子だと知ったのは仲良くなってからのことでした。でも、友達になった今となってはそんなの関係ありません。


二人にとって相手がどこの国の子か、ということは重要なことではありませんでした。


一緒にいて楽しい。仲良くなる理由はそれだけで十分でした。






 そんなある日のこと――。


二つの国で戦争が始まろうとしていました。戦争とは国同士の喧嘩のことです。


しかし、二つの国の王が直接戦うことはありません。実際に戦うのは王の手下の兵士たちと、町に住む大人の男たちでした。


決戦場として選ばれたのはシアン草原。両軍が草原で睨み合っています。




そんなことになっていると知らされていなかったケティとアランはいつものように家から抜け出し、シアン草原で大人たちには内緒で遊んでいました。


最初にいつもとは違う様子に気づいたのはアランでした。


「ねぇ、あれって兵士さんかな?」


アランが指をさした森の前には緑色に輝く鎧を着た大勢の兵士が立っていました。手に剣と盾を持った兵士や、銃を構える兵士がたくさんいます。


「あっちにもいる!」


そう言って、今度は白い橋の前にいる大勢の青い鎧の兵士を指さしました。その手には緑の国の兵士と同じような武器を持っています。


「ほんとだ。もしかして、私たちのことバレちゃった?」


「うーん……バレてないと思うんだけどなぁ」


「じゃあ、なんであんなとこに兵士さんがいっぱいいるの?」


アランはその場でしばらく考え込んでから、思い出したように言いました。


「喧嘩、じゃないかな。国同士で喧嘩することがあるって、兵士さんはそういうことになっても国を守れるように、いつも厳しい訓練をしてるんだぞって、パパに聞いたことがある」


「喧嘩なら止めなきゃ!国同士で喧嘩なんて絶対ダメだよ!!」


「でも、どうやって止めるの?」


「ママが言ってた。どんな人も同じ人なら話せば分かってくれるって。喧嘩して相手を暴力で傷つけるのだけは絶対ダメだって。だから、兵士さんたちも話せば絶対分かってくれる!だって、兵士さんは正義の味方だもん」


「うちのパパも言ってた!兵士さんは正義の味方なんだぞって」


「私たちで喧嘩止めよう!私は橋の前にいる兵士さんたちに話すから、アランくんは森の前にいる兵士さんたちをお願い!」


「うん、分かった!」


二人は二手に分かれて走り出しました。空はどんよりと曇り、今にも雨が降り出しそうです。遠くでゴロゴロと雷が鳴っていました。






 青の国の兵士たちのなかでも一番偉い"隊長"が「突撃!!」と言いかけた、その時でした。


「待って!!」


馬に跨った隊長の目の前に飛び出してきたのはケティでした。


「子供がこんなところで何をしておる!さっさと町へ帰れ!!」


ケティは隊長の怒鳴り声にも一歩も引きません。


「か、帰りません!兵士さんたちが喧嘩をやめるまで……帰りません!!」


「喧嘩をやめろ、だと?我らの進軍の邪魔をするのであれば"国家反逆罪"とみなし、子供とて容赦はせんぞ!そこをどけ!!」


「ど、どきません!!今すぐ喧嘩をやめてください!みんな、仲良くしてください!!」


隊長は近くにいた部下の銃を無理やり奪うと、その銃口をケティに向けます。


「これが最後のチャンスだ。そこをどけ。俺も幼い子供を撃ちたくはない。頼むから、どいてくれ……!」


「何回言われてもどきません!喧嘩をやめて、仲良くしてください!!緑の国にも優しい人はいます!話せばきっと分かってくれます!暴力はいけません!!」


ズドン!という大きな音がしたかと思うとケティは倒れ、そのまま動かなくなってしまいました。


それからすぐに、今度は森の方からズドン!という大きな音がしました。


その音を合図に戦争は始まりました。


白い橋の前にはケティが、森の前にはアランが倒れていました。二人が再び起き上がることはありませんでした。二人は天国という遠い国へ行ってしまったのです。


空はまるで悲しんでいるかのように泣き、降り出した雨に打たれた二人の小さい身体は少しずつ冷たくなっていきました。




 結局、長く続いた戦争で二つの国は滅び、人間は世界からいなくなってしまいました。






川の魚たちは言いました。


「同じ仲間同士で争い、あんな小さな子供の命まで奪う。もうあんなのは二度と見たくない。生まれ変わっても人間にだけはなりたくないものだ」




森の動物たちは言いました。


「人間ほど自分勝手で欲深く、バカな生き物はいない。これで森も平和になるだろう。いなくなって清々したわ。だが、争いに巻き込まれた町の人たちはかわいそうだったな」






 人間がいなくなったことで戦争はなくなりました。


もう戦争で誰かが悲しむことはありません。


誰かが戦争に巻き込まれることもありません。


大切な人を失うこともありません。






 いつものように空いっぱいに広がる青空を白い雲がゆっくりと泳ぎ、太陽はサンサンと輝きながら暖かい光を地上に届けています。


人間がいないこと以外、いつもと変わらない世界がそこにはありました。


シアン草原の大きな木が二人の遊ぶ声が聞こえなくなった広い草原をどこか寂しげに見下ろしていました。

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青の国と緑の国 赤鈴 @akasuzu777

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