第一幕
「おはよ、四季。」
授業の始まる1分前。
スマホをいじる私の右側から聞き慣れた声がする。
声の主は友人の皐月。
大学に入って1番に声をかけてくれた彼女とは、3年生となった今も仲良くしている。
「おはよ。ギリギリセーフだね。」
「ちょっと走った。」
「だからそんな息上がってるのか。」
そう言って笑い合うのと同時に授業開始のチャイムが鳴った。
♢
「ね、そういえば昨日舞台観に行ったんでしょ?どうだった?」
授業が終わって昼休みが始まると同時に、皐月が身を乗り出しながら聞いてくる。
「すっごい良かった!もうなんて言ったらいいかわからないんだけど原作に忠実で歌もダンスも上手くって…。」
話したくて仕方がなかった私は遠慮なく昨日の舞台について語り出す。
私と皐月がここまで仲良くなったのには理由がある。
二人ともオタクだったのだ。
好きな作品が同じだったことから意気投合。現在メインで追いかけている作品は違えどそこはオタク同士。ジャンルが違っても推しを持つ同志なのだ。
「特に私の推しをやってた結城海斗くんなんだけど!本当にかっこよくてキラキラしててめっちゃ好きになっちゃった〜〜!」
昨日のあの運命的な出会いを、私の足りない語彙力で精一杯表現する。
「あっれ〜〜?四季、俳優には興味ないって言ってなかったっけぇ?」
「そうなんだけど!結城くんは特別!てゆーか好きになっちゃったから仕方なくない?!」
必死な私を見て皐月がケラケラと笑う。
「俳優沼にいらっしゃいませ〜〜!」
「やだ〜〜貢ぎ先が増える〜〜!」
「好きになっちゃったから仕方ないんじゃないの?」
「うっ…そのとおりです。」
いつもと変わらないオタク同士のたわいもない会話。
こんな平凡な日常が楽しかった。
「どれどれ、結城…海斗…っと。おっ!」
皐月がスマホで私の推しとなった彼を調べると、声を上げた。
「えっ?なに?なんか嫌なことでも出てきた?」
好きになって調べてみたら炎上経験持ち〜なんて本当に笑えない。
リアルに存在する人を推すということはかなりリスキーな行為だと、頭ではわかっている。だからこそ今まで避けてきたのだ。
「違う違う。結城くん、今度ファンイベントあるみたいよ?」
皐月が笑いながら検索結果を私に見せる。
「わ、本当だ。1stファンミーティング…ってことは今回が初めてのファンミってことか。」
「行くべきじゃな〜い?1stってことは周りもみんな初めてなんだし、行きやすいと思うよ。」
皐月の言うことはもっともで、これから結城くんを推すのならば行くべきだ。
しかし、昨日知ったばかりの若手俳優のイベントに単身乗り込むのはなかなか勇気がいる。
「う〜〜。ちょっと考えてみる…。」
私がそう答えるのとほぼ同時、私の肩にぽんっと手が置かれた。
見上げるとそこには樹くんがいた。
「おはよ。二人共、なーに話してんの。」
「四季が昨日出会った王子様の話。」
皐月が茶化すようにそう言った。
「王子様ぁ?なにそれ。」
「この人。かっこよかったんだってさ。」
呆れたような声を出す樹くんに皐月が画像を見せながら説明する。
「まーたオタクな話かよぉ。」
「別にいいでしょ。好きなんだから。」
樹くんはオタクではない。
1年生の時の英語のクラスで隣の席になり、時々話すようになった。
その流れで皐月と樹くんも顔見知りだ。
「その推し?はお前の顔すら知らないのに、なんでそんなに熱くなれるのかわかんねー。」
ズキン。
樹くんの言うことは当たり前のことなのに、何故か凄く胸が苦しくなった。
「そんなことわかってるよ。オタクなんて結局金づるなんだから。それでも夢をみたくてお金を払ってんの。」
皐月は笑いながらすぐにそう答えていたが、私はうまく言葉が出てこず下を向いたままでいた。
だから私は恋ができない S @s_h_
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