止まらない奸計、壊れていく雪の花。 1
「クロウ、
俺は「病院に見舞いに来たただの一般人」と自分自身を『改変』する。姿そのものは
しかし、他の妖精は別だ。一度
あの桑名とかいう『俺』の息子の親友は、最高にバカなやつだった。いくら妖精の改変能力をもってしても、妖精によって魂の喰われた、死んだ人間が本当に蘇るはずがない。たとえ願いが叶うにしても意識は妖精のものとなってしまう。それなのに、あんな条件を容易く呑んでしまった。
あの連続行方不明事件を引き起こした猟奇的変態サラリーマンも、気の弱い振る舞いの裏にこの世を呪っていたあの女も、内に秘めた少女趣味を願いに出た引きこもりの男も、どこからもいなくなりたいと願った不登校のクソガキも。そして、
そしてまた、俺によって騙されるバカがひとり。俺のシナリオの上で踊らされる愚かなキャラクターに、俺は今から会いに行く。
廊下を歩いて、そいつの病室に向かう。実際は妖精としての姿だが、クロウの遠隔機能によって人間「ということ」になっている。その上、実際は通してないが受付を通した「ということ」になっていて、なんの気兼ねもなく歩いていく。
目的の病室に来て、トランクケースを持っていない手で扉を叩く。すかさず開けて、白いベッドの上で退屈そうに起き上がっているその男の姿を捉える。
「どうも」
「……誰だあんた?」
「
などといったことをおくびにも出さず、俺は得意の人懐っこい笑顔を作る。
「知らないな、娘なんて。散々家にいさせてやったのにもかかわらず、生意気にも俺の言うことの聞けない娘のことなんか、俺は知らない」
「そうなんですか? うちの息子は良い子たちだと言っていましたが……」
「父親の言うことが聞けない生意気なやつと、言うことは聞くが生意気で気に食わないやつの二人でな。親の心、子知らず。あいつらは俺の苦労を知らねえんだ」
実を言えば、『俺』の再婚相手の元夫と娘ということで、こいつの周辺は少し前から調査していた。もしかしたら、ここからの繋がりによって、なにか面白いシナリオを作れると思ったからだ。そして、三人ともが妖精に潜伏されていることを知り、さらに興味を抱いた。
そうして一ヶ月ほど周辺調査を行った結果、家庭ゴミからは使用済みのコンドームが週に五個ほど発見されるが、娘二人以外の女を入れた形跡がないことに気がつく。つまり、娘のどちらかと肉体関係にあるということだった。
そして、家の中に潜入して調査した時、彼岸の部屋からは長い髪の毛、甘宮雪花のタンスからは少し高めの黒の下着を発見した。おおかたの予測はついたが、ここで確信を得るために父親の寝室に盗聴器を仕掛けた。
そして、彼岸はなかば脅迫によって雪花を犯していたことが判明する。桜花はこの時点ではなにも知らなかったようだが、この一家を少し揺さぶれば、面白いくらい簡単に崩壊していくのではないかと俺は確信した。
結果、「家族」という血が繋がってるだけで案外脆い関係は、いとも容易く崩壊した。雪花は失踪、彼岸は性欲の行き場を失くした末に桜花を犯そうとし、雪花のカクタスの針によって射殺された。
しかし、このまま簡単に殺されてはあまりにも勿体ないと思い、父親が針によって死ななかった「ということ」にした。そして救急車と警察を呼ばれて、なるべくして重傷で済んで今に至る。
下手すれば桜花が殺人未遂の容疑にかかる可能性もあったため、南雲の時と同じように、事件がなんらかの大きな力によって穏便に収束した「ということ」にした。しかし、この男はそれについてまだ納得していないはずだ。
俺は男に親しみが持てるように笑顔を向ける。
「いやー、分かります。うちの息子も、家に借金作って簡単に家族を捨てる親不孝者でしてね。難しい年頃とはいえ、せめて育ててもらった報いのようなものは欲しいものです」
「挙げ句の果てに、いつの間にかこうして入院している始末でさ……いや本当、あの時なにがあったのか……」
「その話、私にも聞かせてくれませんか? これでも、若い頃はミステリはよく読んだものでして。もしかしたら、なにか分かるかもしれませんよ?」
「本当ですか! あなたとはどこか気が合うところがありますし、退院したら一杯やりましょう!」
よし、いい具合に乗ってきた。あとはこのまま、バングルの臨界機能を発動するまで導けばいい。
残念だが、お前と飲む日は一生来ない。なぜならお前は、俺のシナリオの中のキャラクターのひとりでしかないからだ。あのお方の使いである俺と酒の席を同じくするなど、非常におこがましい。
俺は彼岸から経緯を聞いた。知っていることを改めて聞かされるのは退屈かもと思っていたが、案外この男の端々から見え隠れする歪んだ父親としてのエゴはなかなかに面白い。それは内側の『俺』が怒りに震えるほどだった。
差し障りのないところから下衆なところまでひと通り聞き終えて、俺は考えるふりをした。
「どうですか? なにか分かりましたか?」
「そうですねえ……」
正解は「お前の次女が向かいのアパートの屋上から狙い撃った」だが、そんなことを言うはずもない。だいいち、そんなことを信じられるはずがない。
俺は嘘をついた。信じられて、最高に面白いことになる嘘を。
「おそらく、長女の桜花さんでしょう」
「……やはり、桜花が? でもどうやって?」
「桜花さんは鞄にアイスピック――いや、シャーペンかカッターか、おそらくは鋭利なものを忍んでいて、とっさにそれであなたの頭を刺したのでしょう。あなたはその時、アルコールが回っていたし、頭に血が上っていて気づかなかった」
実はミステリに詳しいのはまったくのハッタリだ。バカにしか見えない信用を付与するための、ありもしない装飾品に過ぎない。なんとなくミステリっぽいことを適当なことを言って、信じてもらえればいいのだから。
事実、性欲から近親相姦に直結する愚かな父親は、簡単に合点してしまう。
「やっぱりそうか。あンのガキ……今度会ったら、何してくれようか……」
「私も協力しましょう。同じ父親として、育ててもらった父親を怪我させすっとぼけるなんて許せないですからね」
「それはありがたい! そうだ。せっかくですし、その時のお楽しみもいかがです?」
下衆な笑いを浮かべて、左手の二本の指で作った円に右手の人差し指を通す。
俺はとりあえずかぶりを振って、
「いえ! 私は最近、再婚した妻がいるもので! それはさすがに……」
「いいじゃないですか、つまみ食いも。せっかく親しくなったんだ。良いものはシェアしていきたいじゃないですか」
「え、ええーと……それなら、私も……」
「……金城さんもなかなかのムッツリスケベですね。とにかく、退院したらすぐにやりましょうね」
とりあえず、笑っておく。
どのみち、お前も俺も二度とそいつとヤることはない。なぜならお前は、これから妖精にされるんだから。
頃合いだな。俺はその場でトランクケースを開けて、中から銀のバングルと
「そうだ。お近づきの印に、こんなものでもいかがです?」
「なんですか、それ? 確か、桜花も持ってたような」
「なんでも願いが叶うバングルですよ。それを着けてある機能を使うと、覚醒するんですよ」
「……まさかあんた、新手の悪徳セールスじゃないでしょうな?」
「とりあえず、着けてみてくださいよ。すぐに効き目がなかったら、私とのここでの約束も無下にしてくれたっていいですから」
彼岸が圧に負けて、指示に従ってバングルを右手首に着けて、バングルの窪みにデバイスをはめる。
男は怪訝な顔をしながら、こちらを見る。
「一応着けてはみたが……これ、本当に効くんでしょうね? 信頼を失いたくないですし、冗談だと明かすならいまですよ――って、な、なんだお前!」
俺の顔を見て、男が途端に身を退ける。俺は『改変』を解いて、人間の『俺』の姿ではなく妖精としての、
謎の怪物が無許可で病院に侵入したという事実に戻ったことで病院は大騒ぎになり、病室の外はちょっとした騒ぎになりはじめた。
俺は彼岸の腕を掴み、厚手の手袋をはめた指でそいつのデバイスを操作する。そうして、デバイスにひとつの
『
デバイスが音声を発する。これでこいつは、もはや内側に潜伏する妖精の肉体を得るための傀儡になる。
怯えてションベンを漏らす彼岸の身体を突き飛ばしたところで、病室の扉ががらりと開く。その先に見えるのは、いくつかの看護師。しかし、もはや手遅れだ。
「お前は運がいい! お前のようなクズでも、その最期はあのお方のお役に立てるかもしれないのだからな!」
「な、な、なにを言ってッ――」
叫び声をともに、彼岸の身体を赤い
妖精が生まれるとともに
頭部を花弁で肥大にした妖精が、再構築されていく。
「さあ、甘宮姉妹! 次はお前たちの番だ!」
ここからどう関節が外れ始めるか、それは神のみぞ知る領域だ。しかし、だからこそ、このゲームはどこまでも面白くなる。
審判の時まで、どこまでも楽しませてくれる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます