EX-LINK1 裏舞台で踊る者たち、それを統べる者。

 静かに目を覚ます。

 丸く壁で囲われた暗い部屋。目の前の中央の光の輪を囲うように、既にふたりが立っている。

 ひとりは白い魔法少女のような風貌をした、歯車のステッキを持つ若年の女性の姿。その名は、詠唱する粉雪シング・スノウ。周囲の敵を瞬時に凍てつかせる、不可侵の魔道士。

 俺と同じくらいの時期に別の地区の管轄を任された、いわば同期の管理妖精マネジメント・Pだ。

「こんにちは、毒配人ポイズンディーラー

「どうも。あなたたちも、あのお方への報告を?」

「ええ。ようやくこちらの妖精英雄計画プロジェクト・ギアーズが始められる頃合いになったので、そのご報告を」

「奇遇ですね。私もちょうど妖精蠱毒計画プロジェクト・ポイズンを開始して、その報告に来たのです」

 あのお方以外には、俺たち妖精に上下の差があるわけではない。しかし、前の世界からの癖で、どうしてもこういう集まりではいつも口調を正してしまう。

 そういう俺の性格もあってか、宿主であり『俺』である金城剣一かねきけんいちは、とても腰が低く、しがない会社員だった。

「フン、雑魚同士で馴れ合いか。正直なところ、中途半端な戦士を用意するくらいなら、今のうちに俺に管轄地区を寄越す方がずっといいんじゃないのか?」

 灰色の軍服に猛禽類の嘴のような鋭利な前面の機械覆面フルフェイスメットを被る、軍人風で恰幅のいい男。

 その名は荒鷲将軍ジェネラル・イーグル。しかし、機械覆面の後頭部の光り具合から、同業者には禿鷲将軍ジェネラル・バルチャーと陰口を叩かれている。

 戦士に兵器型デバイスを与えて戦争させる妖精兵士計画プロジェクト・ワスプを進めるベテランで、方々に訓練させた『兵士トルーパー』を送り込み、他の地区を力でねじ伏せるような過激な手段を取る。この男のそういう根っからの蛮族気質は、同業者からは大変忌み嫌われている。実際、こいつの手によって、かれこれ六地区ほどが吸収合併されているらしい。

 こいつだけには会いたくなかった。変に目をつけられたら、自分の管轄地区がこいつの『兵士』で侵略されてしまう。それに、そうなってしまえば、果ては管理妖精の俺が文字通りの首切りを受けることになる。

「それには及びません、荒鷲将軍。まずは私めが自らの地区で色々と試させていただき、しかるべき戦士を発見すればすぐにそちらの管理地区へお譲りいたしますので。その時まで、ぜひともそちらの管轄地区の育成の方に尽力いただきたい」

「まあ、いいだろう。それで貴様はどうなんだ、シング・スノウ?」

「お言葉ですが、荒鷲将軍。百人の『兵士』よりも、二人の『英雄ヒーロー』を集中的に育成する方がいい。わたしはそう思います」

「なんだと? 貴様、俺の『兵士』を侮辱するのか?」

 荒鷲隊長は大股でシング・スノウにずかずか歩み、胸ぐらを掴んで引き寄せる。それでもなお、シング・スノウは涼しい顔で続ける。

「養殖された『兵士』など、『帝国』のやり方と同じことです。『帝国軍』に毛が生えたような働き蜂ワスプでは、それに対抗することはできても、圧倒することは難しいでしょう」

「なんだと、貴様? どこまで愚弄するつもりだ?」

「愚弄などしていませんよ、禿鷲将軍ジェネラル・バルチャー。ただ、私のこれから育成していく二人の『英雄』は、あなたたちの『兵士』を遥かに凌駕するでしょう。ただ、それを伝えたかった」

「ハッ、よほどの自信だな! ならば、俺がいますぐにでも貴様の地区に兵士を送りこんでやるか?」

「これから、と言ったでしょう。銃声の聞きすぎで難聴になりましたか? もし無許可で『兵士』を送り込もうというなら、わたしの権限で処理させていただきますので」

「したら、俺も直々に来てやるよ。管理妖精同士の一騎打ちで、どっちが正しいか証明してやる」

 それじゃ、戦士の強さじゃなくて、管理妖精の強さしか分からないだろ。こいつ、頭が弱いのか。そのようなことを思ったが、胸の内にとどめておくことにする。

 本当に、なんて品性に欠ける連中なんだ。こんなやつらは、あのお方の隣に相応しくない。俺は『兵士』を育てる荒鷲将軍にも『英雄』を育てるシング・スノウにも、まったく賛同することができない。

 俺にとっての戦士は『生存者サバイバー』だ。不条理な命のやり取りに巻き込まれ、生き残った生存者こそがこの国を守る戦士に相応しい。そういう戦士は適応能力に優れ、『帝国軍』のどんな攻撃にも対応できる。そして、その案を生み出した俺こそが、あのお方の隣に相応しい。

 やり方自体は荒鷲将軍と似たものだが、こいつの計画は自分の土地にまったく配慮をしていない。

 その点、俺の計画は優秀だ。再構築空間インナースペースシステムによって、とある条件で妖精化した人間に「蠱毒のための箱庭」を作らせ、そこで妖精と『生存者』を自由に戦わせる。そうすれば、市街への影響はほとんど出ないはずだ。

 あのお方のために、そろそろ俺が仲裁に入るか。そう思いながら歩み寄ろうとしたところで、中央で砂を擦ったようなノイズ音が走る。

「こらこら。君たちはここに喧嘩しにきたのかい?」

 一対の長い触覚を兜に持つ緑の全身鎧のホログラムが、輪の中に現れる。これがあのお方、すなわち遍在する救世主ユビキタス・パーマーだ。いまだその魂に肉付けされていないが、前の世界からこの世界への意識複写技術を開発した研究者で、いまも一部管理地区の極秘研究所にて色々な形のデバイスを開発している。このお方こそ、まさに我々の『救世主』だ。

「いえ、そのようなことは!」

 あのお方を前に、俺と荒鷲将軍はすぐさま敬礼する。一方、シング・スノウは軽く一礼するだけで、なんて無礼なやつだと心で思った。

「そうだね。ここは報告を聞くために作った『魂の中継点』だ。それじゃ、各自報告をよろしく」

 私はすかさず挙手する。しかし、荒鷲将軍のほうが早かった。

「では、まず私から。まずは妖精を二種類保有する少年の『戦士』勧誘の件で――」

 そこから、戦士候補の少年の両親を暗殺し、少年とその兄を『兵士』育成のための特殊な児童養護施設に移送させた旨を伝えられる。

 一人目の報告が終わり、私はすかさず手を上げる。しかし、その前にシング・スノウが次いで報告を始める。

「では、次はわたしが。『英雄』候補の少女とそれを補完する相手の選出について――」

 そこから、『英雄』に選出された特別な少女は決まったが、それを補完する少女についてはいまだ決まっていない旨が伝えられる。

 そして、ようやく俺の番。邪魔者はいないと優雅に挙手して、ついに報告に入る。

「それでは最後に、この私が。『妖精蠱毒計画』における『生存者』選出について――」

 そこから、不特定多数の『生存者』候補を『再構築空間』によってあぶり出し、こちらの運営管理のもと、強力な『生存者』を選出していく旨を伝えた。

 報告が終わると、あのお方は得心がいったように頷いていた。

「みんな、ご苦労だった。引き続き、多種多様の戦士を準備していってくれ」あのお方の兜のスリットから、鋭い緑光が放たれる。「我々妖精の平和と安寧のために」

「我々妖精の平和と安寧のために!」

 荒鷲将軍と俺が引き続き敬礼する。その一方、シング・スノウはまたも軽く一礼するのみで、なんて忠誠心に欠けたやつだと思った。

 あのお方のホログラムが、ノイズ音とともに消える。

 他の二人もそれぞれのデバイス操作にて退出ログアウト。私もバングル式デバイスを操作して退出する。

 父親である『俺』と確執を持つ、あの『生存者』候補。あの若者の内なる憎悪をどのように上手く操るか。あの若者に、どのようなドラマを作らせるか。

 強い『生存者』を作るには、それ相応のドラマが必要だ。そして、俺はそれを演出してみせ、最強の『生存者』を生み出していく。

 そんな企みに胸を踊らせながら、元の世界に戻っていった。

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