回想が終わり、悲劇の終わりが始まった。 1

 探知機のアイコンを、幼馴染の桑名鉄也くわなてつやのほかに、桜花おうかさんと雪花ゆきかちゃんの四人で追いかける。桜花さんの探知機には妖精パーマーを示す赤のアイコンと精装者パームドランナーを示す緑のアイコンがあり、おそらく戦闘中だと思われる。

 桜花さんは背後で声が上がる。

こうさん! 緑のアイコンが消失しました!」

「おい、まずいだろ! こいつ、来る頃にはもう殺されてるかもしれないぞ!」

「ああ! 本当に最悪だよ! まさかここまで見つけづらいところにいるなんて!」

 地下駐車場入り口から下り坂を駆けていく。先程まで、もしかしたらと上のショッピングモールを無理やりこじ開けて入ったが、結局徒労になってしまった。

 羽音が反響するのを聞いて、妖精がいるのを確信する。音の方へ向かうと、黄色と黒の縞模様が際立つ長身のスズメバチのような怪物――さしずめホーネット妖精パーマーがそこに立っていた。

「やあ、こんにちは。まさかみずからここに来るとは思ってもみなかったけども」

 澄んだ女性の声。

 そいつは手に血塗られた短剣を見せびらかし、不快な羽音を鳴らす。足元には精装者だった男の姿。おそらくはデバイスが破壊されて精装者としてのデコイ体が解除して、その上で刺されたのだろう。

 遅れてしまったことを悔やんでしまう。またひとつ、あいつの企みに踊らされることになるのかと。

 鉄也が右腕のデバイス接続した携行式小型レールガンを構える。クワガタの大顎を模した見てくれの、短針弾を発射する鉄也の武器だ。

「今回のお前は快楽殺人がお望みか?」

「君たちも同じようなものだろう? 合法的にボクたちを殺すことに、どこかエクスタシーを感じている」

「おあいにく、そんな趣味はねえよ!」

 言葉とともに、電磁加速した高速の針弾が射出される。しかしそれは羽音とともに高速移動するホーネット妖精によって避けられ、その先の車のボンネットを紙屑のように砕いていくだけだった。

 ホーネット妖精は短剣を逆手のまま、腕を組んで見下したように桑名を見る。

「せっかちだな。もしかして童貞くんか?」

「……あ? それがこの状況となんの関係があるんだ、おい?」

「やっぱり。図星なんだな」

 おおよそ仏の前でするような話じゃない。そうじゃなくても、隣の桜花さんが引き気味に苦笑している。あまりにもよろしくないと思って、止めなければという使命感にかられる。

 ホーネット妖精に向けて大剣を構えて、まっすぐ見つめた。

「残念ながら、鉄也てつやにそういう趣味はないよ。こいつは巨乳美人のお姉さんが好みなんだ」

「おいこら、てめえ!」

「あぁ、なるほど……」胸を見下ろしてまた顔を上げる。「すまないね。ぼくの身体はどうも、君の趣味に合わないみたいだ」

「そういうこと。だからそういう嗜好とは関係なしに、君を殺すつもりだよ」

 左手の指で右腕のデバイス画面に触れて「ヘラクレス、遠隔機能リ・モード」と呟く。大剣の刃に電気が帯びて、電流がバチバチと刃をなぞって走る。

 桜花さんはこの前倒したカメレオンの鞭、雪花ちゃんは自分の武器らしい黒い大鎌を構えている。それぞれにデコイ体である証の赤と紫の瞳が光る。ちなみに、鉄也の瞳は青だった。

「見たところ、あいつは自分の能力で素早く動いている。鉄也は後方で威嚇射撃。桜花さんが遠隔機能であいつの動きを乱したところを、雪花ちゃんがすかさず斬りつけて遠隔機能。そして、俺がトドメを刺す」

「おい待て、まーたオレは威嚇射撃か!」

「お前はあいつ相手じゃなくてもノーコンだからね。それさえ治ったら、トドメでもなんでもやらせてもいいんだけど」

「……まあ、分かったよ。後方な、後方」

 渋々とした態度を取る鉄也から視線を移して、桜花さんたちに訊く。

「遠隔機能については説明したよね。桜花さんの武装はレディバグとカメレオン、雪花ちゃんは――」

「スコーピオン」

「ああ、知ってるならいいよ。とにかく、デバイスの画面に触れて、さっきの俺みたいに言えばいいから。いいね?」

 前に向き直ると、そこにホーネット妖精はいない。見回していると、桜花さんから悲鳴が上がる。

 振り向くと、いつの間にか雪花ちゃんの背後が取られていて、短剣を首に突きつけられていた。

「しまった――」

「彼女の命が惜しくば、全員デバイスを解除して両手を頭の上に置くんだ」

「はっ! そんなこと言って、従ってもどのみち殺すつもりだろうが!」

「おかしいね? 君らに拒否権はないはずだけど」

 雪花ちゃんを見る。目に怯えた様子はなく、デバイスと妖精を交互に眺めている。ただのハッタリか、それとも本当に策があるのか。

 とにかく、一度機会さえ作れればいい。

 俺は鉄也がデバイスを解除しようとするのを止める。

 鉄也は怪訝な顔で俺を見た。

「おい、どういうつもりだ?」

「いいから。そのまま見てて」

「聞いてたかい? さっさとデバイスを解除してくれ。さもないと……」

 刃先で雪花の首を撫でる。傷口からかすかに赤い閃光が漏れ、桜花さんがとっさに目を逸らす。

 観念したかのように、雪花ちゃんの指がデバイスに触れる。

 さて、どう出るか――。

「カクタス、遠隔機能リ・モード

 身体の周囲で粒子がきらめき、瞬くような幾筋かの何かに変化する。

 自分の持っていた妖精を隠していた……?

「お姉ちゃん、伏せて!」

 桜花さんが声に応じてすぐに伏せる。嫌なものを察してこちらも伏せようとした直後、全身に突き抜けるような激痛が襲う。なにが起きたか分からないまま、膝からくずおれてしまう。

 身体を見回すと、いたるところに赤い閃光がほとばしっている。きわめて細く長い針がいくつも身体を刺している。

 かろうじてデバイスを傷つけなかったことがさいわいだが、それでもこれは危険な技だった。

「結局なんだったの……って、甲さん! それに、桑名くわなさんも!」

 起き上がった桜花さんが俺の方に駆け寄る。

 苦痛に歪められた薄い視界のなか、雪花ちゃんを見る。明らかにカクタスの力を把握した上での、悪意のようなものを感じた。もしかしたらあの子は、俺たちのことをわざと巻き込んだのかもしれない。

「雪花! これはいったい……」

「大丈夫だよ! デコイ体はデバイスが破壊されない限り死なないって、金城かねきさんが言ってたし!」

「そういう問題じゃ――」

 ぼんやりと、桜花さんの背後に黄色いシルエットが映る。振り上げた右腕に、短剣が電灯の光を反射する。

「背後がお留守だなァ!」

 すぐに雪花ちゃんがその方に駆けて、桜花さんを弾き飛ばす。ふたつの痛ましい叫び声が上がり、

「――スコーピオンッ! 遠隔機能リ・モード!」

 叫び声とともに、黄色い影が地に伏す。

 雪花ちゃんは座り込んで、妖精の上に乗る。

「き、君は……ボクたち側の人間だ、な……」

「お前らは人間じゃないし、わたしはお前たちとはまったく違う」

「……賭けてみようか。ぼ、ボクは、君が必ずボクたち側に来てしまう、と……予想する、よ……」

「意味ないよ。お前はこれから死ぬんだから」

 雪花ちゃんの手の中で、赤く染まったなにかが高く振り上げられる。それがホーネット妖精の短剣だとわかったところで、俺は意識を失った。




 目を覚まして見えたのは、父さんの書斎の入り口扉だった。

 開きかけの扉の中を覗くと、ごついトランクケースと書類の束がある。なにか好奇心が湧いていた。それは父さんが使ってるのを見たことのないケースだったからだ。

 父さんは再婚の件の用事で外出している。周囲を確認してから部屋にこっそり入り、ケースの置かれた机のもとに向かう。

 机にはおびただしい数のメモ。

『あのお方の預言の日は近い』

『インナースペースシステムによって、被検体以外の被害を軽減させる』

『妖精を宿す被検体、すなわち精装者および妖精の資質を持つ者は、おのずと再構築空間に呼び寄せられる』

『きたるべき日までに生き残った者達を、帝国軍迎撃に用いる』

 走り書きで書かれたそれを、吸い寄せられるように見つめる。

 なんだこれは。このフィクションみたいな言葉の羅列は。

 あのお方、預言、再構築空間、精装者、妖精、帝国軍……?

 まさか危ない新興宗教に手を染めたのか。あるいは、危ないクスリでもやってるんじゃないのか。俺は真相を確かめるために、倒したトランクケースの留め金に手をかける。

 その時、家の扉が開く。しかしここで身を引いたら、父さんは戻れないところまで来てしまうんじゃないか。そう思った俺は、思い切って留め金を外してケースを開ける。

 中には、四個ほどのバングルと、正方形の小型液晶。新しい携帯端末にしては見たことがないし、そもそも父さんの勤めている企業は食品関連だったはずだ。いまだ世に出ていないような携帯端末など、手に入れられるはずがない。

 扉の蝶番が軋む音。身をすくませながらも、すぐさまトランクケースを閉じる。

 弾みでわきに置いてあった資料がばさばさ落ちて、床に散乱した。

「おう、ここにいたのか」

「と、父さん……」

「いくら俺が気に食わないからって、あんまり部屋を荒らすのはやめてくれよ。それは大事な計画の資料なんだから」

「ねえ父さん、なんなのこれ……」

「きたるべき日のための準備だよ。人類の存亡を賭けた、大事な計画のな」

 再婚しようって頃になっても、母さんを亡くしたことでおかしくしたのかと思った。

 だから俺はそれをどうにかしようとして、父さんに歩み寄って胸ぐらをぐいと掴んだ。

「頭をおかしくしたの? どう考えたって胡散臭いよ!」

「俺は正気で、この計画は確かなものだ。俺はあるお方にこの役目を託された。もはやなんの取り柄もないと思っていたこの俺に、あのお方から直々にな」

「父さんは再婚するんでしょ? こんなわけのわからないものにすがるようなことなんてないはずだよ!」

「あいつは俺の金が目的で転がり込んでるんだ。見れば分かる」

「だからって、こんな新興宗教みたいなものなんかに――」

「そうだ、あのお方は新たなる救世主メシアだ。異界の地から訪れて、きたるべき時のための超常の力を我々に授けてくださる。俺はそんなお方によって選ばれたんだ。そのことに比べたら、あの女なんぞシラミも同然だ」

 父さんが両手を組んでなにかに拝むのをよそに、ただうつむくしかできなかった。まるで人が変わったような父さんの姿を見たくなかったから。

 数日後、俺は実家を出て、鉄也てつやと同じく幼馴染である南雲圭輔なぐもけいすけのマンションをルームシェアすることにした。

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