アポカリプス④

 禍々しい姿のアノマロカリスの秘宝獣は、神父に向かって話しかけた。

「ダレノイノチヲウバッテホシイ?」

「誰の命を奪うかだと……? 誰の命も欲しくないわ!」

 その不気味な姿に恐怖を感じた神父は、払いのけるようにして言った。

「ツマランヤツダ……」

 死神のような風貌のアノマロカリスの秘宝獣が辺りを見渡すと、緋色のローブの人物たちは恐怖し、全員部屋から逃げ出した。アノマロカリスの秘宝獣が次に目をつけたのは、扉の前で微動だにしなかった、ヴァルカンだった。

「ダレノイノチヲウバッテホシイ?」

 詰め寄られたヴァルカンは、「ふっ」と笑って答えた。

「では、某の命をやろう」

「何を言ってるのよ、ヴァルカン!」

「心配するな、パレット」

「オモシロイヤツダ……。イイダロウ」

 アノマロカリスの秘宝獣は、ヴァルカンに死神の鎌のような爪を立て、真横に裂いた。

「ヴァルカァァァン!!」

 引き裂かれたヴァルカンを見て、パレットは悲痛な叫び声をあげた。

 だが、ヴァルカンは一瞬白い球体へと姿を変えると、元の人間の姿へと戻った。

「悪いが、某も不老不死でな……」

(まさか、ヴァルカンも『秘宝獣』だったなんて……)

 彼が神出鬼没だったのは、自身の肉体を白い球体、魂へと変えられる為であった。

「今のが貴様のCIP効果だ。さぁどうする、死神よ!」

 一度しか使えないCIP効果を攻略し、ヴァルカンは追い詰めたつもりだった。だが、アポカリプスの秘宝獣は、まだ奥の手を隠し持っていた。

「ナラバ、ワガエイエンノイノチヲカケ、オマエノエイエンノイノチヲウバオウ」

「しまった、道づれの技か!?」

「『クロス・サクリファイス』!!」

 アポカリプスの秘宝獣が自らの肉体に呪印をかけると、ヴァルカンの肉体にも呪印が浮かび上がった。ヴァルカンは口から血を吐き、その場に倒れ伏せた。

 死神の紋章が刻まれた漆黒の宝箱は、その場で粉々に砕け散った。

「ヴァルカァァァァァン!!」

「……なんということだ」

 パレットは、動かなくなったヴァルカンの体を必死に揺さぶった。想定外の事態に、神父は呆然と立ち尽くすのみだった。

「あたしのせいだ……。あたしがあの時、『秘宝』を捨てていれば……」

 泣いて謝っても、人の命は戻ってこない。

 ふと、パレットはヴァルカンの唇に自身の唇を重ねた。

 それでも命も戻らない。この世界は、おとぎ話の世界ではないのだから。

「ごめんね、ヴァルカン……。あたしも今から行くから……」

 涙でクシャクシャになったパレットは、拳銃を自らのコメカミに向けた。

 そこに、乃呑とイヴが駆けつけた。

「パレットさん……? 何やってるの!?」

「馬鹿な真似はやめるのです!」

 二人の必死の説得も、今のパレットには聞こえなかった。

 パレットは拳銃の引き金を引いた。「パァン」という銃声が、虚空に響いた。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

「自ら命を断つやつは、天国になんざ行けねぇよ……」

 拳銃を持ったパレットの腕は謎の人物に掴まれ、その銃口は天井を向いていた。

「家で娘を探しに来た」

 パレットの自殺を止めた人物は、頭に被った赤いキャプのツバを下げながら言った。

「菜の花 乃呑、知り合いなのです?」

「いや、全然知らない人……」

 誰もが困惑する状況の中、紅緋色の不死鳥が、疾風の如く部屋に入ってきた。

 紅緋色の不死鳥は、ヴァルカンを緑色の炎で包むと、ヴァルカンは息を吹き返した。

【Sランク秘宝獣―phoenix(フェニックス)―】

「ヴァルカン! 良かった……生きてたのね……」

「パレット……!? 急に抱きつくな……。息ができぬ……」

「だって……、だって……」

 パレットは数分もの間、子供のように泣きじゃくっていた。

 不死鳥は力を使い果たすと、青いひな鳥の姿に戻ってしまった。

 そして黒城が、ある人物とともに部屋に入ってきた。

「黒城、その女の子、誰?」

「黒城、一体どういう事なのですか……」

「そこから先は、私が話すわ」

 黒城と同行していた紅緋色のローブの女性は、ローブをバサリと脱ぎ捨てた。尻尾や翼が生えており、その姿はまるで、神話に登場する悪魔のような風貌であった。

「あるところに、アダムという少年とリリスという少女が暮らしていました。アダムは時を司る力を、リリスは次元を司る力を持っていました」

 パレットには、赤いキャプの謎の人物が動揺しているように見えた。

「ある日アダムは、土の粘土を鳥の形に創り上げました。それに興味を示したリリスは、年度をこねるアダムの手に自らの手を重ねました。すると不思議なことが起こり、鳥の形の粘土は生命を宿し、不死鳥のヒナとして誕生しました」

 パレットは無言のまま、青いひな鳥を見つめていた。

「未来の世界に興味を持ったアダムとリリスは、未来の世界に行くことにしました。未来の世界では、自分たち以外の生き物が数多く暮らしていて、アダムとリリスはこの世界で暮らしていくことを決めました」

「じゃあアダムとリリスは、ここに居るんだね」

 乃呑は察しがいいような、悪いような呟きを挟んだ。

「アダムはその世界にあった、手のひらサイズの宝箱に動物を入れ、自らの力を注ぎ込みました。わくわくしながら宝箱を開けたアダムでしたが、出来上がったのは白骨化した動物の遺体でした」

「哀しい話なのです……」

「アダムが何度試しても、出来上がるのは動物の骸だけでした。それを見ていた不死鳥のヒナは、自らの息吹を加えました。時の操作と生命の息吹が混ざり合い、未来の世界で進化した動物、『秘宝獣』が誕生しました」

『秘宝獣』についての真相が、ようやく語られた。

「アダムは銅色の宝箱に百年、銀色の宝箱に千年、金色の宝箱に万年分の時を加速させる力を与えました。その実験に興味深々だったリリスは、自らの力、次元を操る力を、未開発だった無色透明の宝箱に加えました。これがSランクの『秘宝』の正体」

「狼はフェンリルに。海蛇はリヴァイアサンに。だから『架空の生物』だったのだな」

 ヴァルカンの説明に、悪魔のような少女はコクリと頷いた。

「しかしアダムは現地人に浮気して、そんなSランクの『秘宝』を、どこぞのイヴとかいう少女にあげてしまいました。怒ったリリスは、パラレルワールドから人を連れてきて、神に復讐することを決意しましたとさ。……あんたのことよ、アダム!!」

 そろーっと、部屋を去ろうとしていた赤いキャプの人物を、リリスは強い口調で呼び止めた。青いひな鳥は、逃すかとばかりにアダムに強烈なドロップキックをお見舞いした。

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