愛佳の記憶

「……ここはどこ!?」

 パレットは目を覚ますと、周りを白いカーテンで囲まれた、ベッドの上にいた。

(そっか、あたし戦闘中に意識を失って……)

 体を起こし周囲を見渡すと、パイプ椅子に座って眠っている栗毛色の髪の少女がいた。

 すると、栗毛色の髪の少女も目を覚ました。

「はっ、パレットさん気が付いたんですね。良かったぁ」

 栗毛色の髪の少女は笑顔で言った。同時に「あっ」と声を上げた。

「もしかして私、寝ちゃってました……?」

「寝てたわね……」

「ふえぇ、ごめんなさい。本当は起きてなきゃいけなかったのに……」

 栗毛色の髪の少女は、自分にポカを入れ、悶絶し始めた。

「えっと……あなたは?」

「はっ、ごめんなさい! 私、鴇(とき) 愛歌(あいか)って言います。弟の拓海(たくみ)がいつもお世話になったみたいで……」

 愛歌はパイプ椅子から立ち上がり、ぺこりとお辞儀をした。

(この子が乃呑ちゃんが好意を寄せていた、愛歌ちゃんね)

「はい! 最近のたくみ、いつもパレットさんの話ばっかりなんです」

「そう……」

 パレットは、頬が少し赤くなった。

 パレットがベッドから降りようとすると、酷く目眩がしてその場にうずくまった。

「うっ……痛ったぁ……」

「大丈夫ですか? 安静にしてなきゃだめですよ」

 愛佳はベッドに付いていたナースコールを押そうとした。だがパレットは、「誰も呼ばないで!」と牽制すると、床に這いつくばった状態で言った。

「あたしにはどうしても……。やらなきゃいけないことがあるの……」

「大丈夫です! 私がこの病室に入る時、病室を出る黒城くんとすれ違いましたから」

「えっと……意味がよく分からないけど……」

「あっ、ごめんなさい。それはですね……」

 パレットが尋ねると、愛佳はキラキラとした瞳をして言った。

「なんだか黒城くんって、漫画やアニメの主人公みたいなんです。誰かが困っている時、颯爽(さっそう)と現れて助けてくれて、何も言わずに去ってしまう、不思議な人……」

 さらに愛佳は、過去に起きた出来事について語り始めた。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 去年の五月のことです。中学生になって早々、友達が出来ました。元々引っ込み思案な私にも友達ができるようになったのはきっと、あの事件があったからなんだと思います。

 午前の授業が終わり、昼休みになりました。その友達、乃呑ちゃんとは、いつも校庭の中庭にあるベンチで一緒にお弁当を食べています。乃呑ちゃんは心配そうに、

「浮かない顔してるね、愛歌。どうしたの?」

 と、声をかけてくれました。当時の私は、ずっと引っかかっていることがありました。

「乃呑ちゃん、同じクラスの黒城くんのこと、どう思う?」

「黒城? あいつって陰気な奴だよね。こっちから挨拶しても返さないし」

 やっぱり、学級委員の乃呑ちゃんから見ても、そう映っちゃうんだ……。

 実は黒城くんが今の性格に……『非干渉主義』になったのは、私のせいなんです。

 去年の四月のこと、入学してから一か月が経っても私は、誰とも馴染めずに教室の片隅にいました。お昼休みの時間が終わり、掃除区域に向かって廊下を歩いていた、ある日のことです。突然、ひんやりとした感触が体に降り注いできました。

「キャッ!?」

 思わず声をあげてしまいました。顔をあげると、水の入ったバケツを持った男の子が三人、ずぶ濡れになった私を見て笑っていました。

「いやー、悪い悪い。手が滑っちまってさ」

「いえ、大丈夫です……こちらこそごめんなさい」

 私は涙をこらえて早くその場から離れようとしました。けれど、足を引っかけられて、私は水で濡れた廊下に転倒してしまいました。

「はは、お前今のわざとだろ?」

「違うって、偶然だよ偶然」

「ハハハハッ」

 私はこれから先も、ずっと弱いままなんだろうな、って思いました。

 そう考え出すと、涙があふれてきて、胸が苦しくなってきた、その時です。

 激しい水音がして、誰かがひっくり返る音が聞こえてきました。涙を拭って顔をあげると、黒城くんが水道の蛇口につけられたホースを握って立っていました。

「あん? なんだお前は」

「悪い、手が滑った……」

 黒城くんは、ホースの先端を持って、バケツを持った三人に水を浴びせました。

「てめぇふざけてんのか!」

「調子乗りやがって!」

「ぶっ潰してやる!」

 三人が一斉に、ホースを持った黒城くんに殴りかかりました。危ない!

 目を伏せていた私が恐る恐る目を開けると、三人は廊下に倒れていました。以来、私へのいじめは無くなり、しだいに友達もできるようになっていきました。

 ですが、私を助けた黒城くんは、いじめの対象になってしまったみたいです……。

 乃呑ちゃんとお弁当を食べ終えて、午後の授業も終わりました。いつもは一緒に帰るのですが、乃呑ちゃんはこの日、生徒会があるみたいで、一人で帰ることになりました。

 帰り道の途中、木下の茂みでピィピィと衰弱した声で鳴く、一羽の青いひな鳥さんを見つけました。私が戸惑っていると、黒城くんが偶然通りかかりました。

「黒城くん……!」

 私は黒城くんに、「助けて」と目で訴えかけましたが、黒城くんは無言のまま、その場を去ってしまいました。

 私は青いひな鳥さんを両手に乗せて、家まで走りました。

 待っててね……。私は冷蔵庫に入っていたリンゴを包丁で切り分けて、青いひな鳥さんの口に運びました。青いひな鳥さんは「ピィピィ」と鳴きながらリンゴを食べています。

 鳴き声から私は、青いひな鳥さんを「ピーちゃん」と呼ぶようになりました。

「ピィピィ!」

 一週間ほど経つと、ピーチャンは元気に鳴けるようになりました。

「じゃあねピーちゃん。元気でね」

「ピィ? ピィピィ!」

 それから私は、青いひな鳥さんを元いた場所へと返しにいきました。親鳥さんが心配しているかもしれませんでしたから。

 その日の朝のホームルームが終わり、私は窓の外をぼんやりと眺めていました。

 ピーちゃん、元気にしているかなぁ……。

「愛歌、大丈夫ー?」

「ヒャウッ!?」

 すると乃呑ちゃんが、後ろから私の脇に手を入れてくすぐってきました。

「やん……乃呑ちゃん……そこは……」

「そんな暗い顔してると、幸せが逃げちゃうよー? それそれー」

 活発で明るい乃呑ちゃんからは、こうしていつも元気を貰えます。

 そんな時、ガラガラっと教室のドアが開きました。ドアの方を見るとそこには、木の枝が突き刺さり、ボロボロな状態の黒城くんの姿が。黒城くんはかすれた声で叫びました。

「鴇……! 逃げ……ろ……」

 黒城くんは、そう言い残して教室に倒れこみました。クラスが騒然としています。

 突如、廊下から強い風が吹き抜けて、廊下の窓ガラスが全て割れました。得体のしれない何かが、すごいスピードで迫ってきていました。

「鴇……そいつは……お前を探して……」

 黒城くんは動かない体を必死で動かそうとしながら、私に手を伸ばしてきました。それを遮るように、廊下から飛んできた黒い影が現れました。私は怖くて目を伏せました。

 しばらくして私が目を開けると、そこには一羽の青いひな鳥さんがいました。

「ピィピィ♪」

「ピーちゃん!? どうしたの?」

 教室に入ってきた黒い影の正体は、なんとピーちゃんでした。

 私はピーちゃんを抱いて頭を撫でていると、ピーちゃんは私の手を離れて、黒城くんの方へと飛んでいきました。そして、

「くたばりなさいッ! この薄情者ッ!」

「ぐはっ……」

 ピーちゃんは、黒城くんの腹部に、渾身の一蹴りを入れました。

 こうして黒城くんは、典型的な巻き込まれ主人公になってしまったみたいです。

「それからの黒城くんの活躍は凄いんです! 悪の組織を壊滅させたり、なんだかんだで世界を救おうとしてるみたいなんです!」

(この世界の主人公か……。だとしたら、あたしは……)

「ごめんなさい……。あたしはもう一眠りするわ……」

「あっ、体調悪かったのに、話し込んでごめんなさい。ゆっくり休んでくださいね」

 パレットは迷っていた。自分がこの世界で、何をするべきなのか……。

 疲労のせいか、パレットはいつの間にか、深い眠りへと入っていった……。

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