パレットの記憶②

 

「ママも戦場に行っちゃうの……?」

「そうよ。でも、必ず帰ってくるから」

 あたしのママは、若くして軍の衛生兵に抜擢された。戦場での医療を担う仕事だ。

「すぐ帰ってくる……?」

「ええ、すぐに帰ってくるわ、クド」

 ママは優しく微笑んで、あたしの髪を撫でてくれた。あたしの名はクアドリフォリオ。

 クローバーって意味のクリスチャンネーム(神様の洗礼を受けた名前)だ。

 あたしは毎日教会に通い、神様にお祈りをしていた。「ママが早く帰ってきますように」って。そして数カ月経ったある日、ようやく神様への祈りが通じたのか、一通の封筒が家に届いた。あたしは喜々として封筒の中の手紙を見た。

 手紙には、ママが敵国の軍の攻撃に巻き込まれ、死亡したという内容が記されていた。

 そして封筒の中には、萎れた四葉のクローバーが入っていた。

(神様……どうして何もしてくれなかったの? 毎日、毎日、毎日、祈っていたのに……)

 あたしはクローバーの花言葉から、『復讐』することを心に誓った。

 そしてあたしは軍に入った。ママを殺したヤツに『復讐』するために……。

 それから年月が流れ、あたしは戦場で、紅緋色のローブの女性に出会った。

 気が付くとあたしは、見た事のないような場所へと連れて行かれていた。

「あなたは誰? ここはどこなの?」

「私はスカーレット。そしてここは、『神様』がいる正史の世界よ」

「正史の世界?」

「そうよ。ほら、あれを見て。あれが本物のあなたよ」

 紅緋色のローブの女性が指さす先を見るとそこには、長い金色の髪をサイドテールに結んだ少女が、あたしの父、母と仲睦まじく暮らしていた。

(死んだはずの母さん……? 夢でも見ているのかしら)

「あれが、本物のあなたよ」

「本物? だったら今のあたしは何なの?」

「あなたはそうね……『失敗作』といったところかしら?」

 紅緋色のローブの女性が言っていることが、理解できなかった。

「どういうこと……?」

「簡単な話よ。あなたの存在した世界そのものが、『神の失敗作』だったのよ」

 意味がわからない。この人、一体何を言っているの?

「『神』は戦争のない、完璧な世界を創りあげた。けど、科学や医療は『戦争』

 の中で発展してきた。そこで『神』は、一つの方法を考えた」

 紅緋色のローブの女性が言いたいことは、すぐに察しがついた。

「あたしの世界を、踏み台にした……」

「その通りよ。だからこの世界には、『戦争』がないのに科学も医療も発達しているの」

 『神』は、正史と呼ばれる世界のために、あたしの世界をめちゃくちゃにしたんだ。

「だから私は、あなたに提案しに来たの。一緒に『神』に復讐しない?」

 あたしは思った。これは『神』という存在に抗う、またとない機会だと。

「ええ、あたしも協力するわ。あたしの名前は、クアドリフォリオ」

「あら、『神』から授かった名前を名乗るの? 私が名前を考えてあげるわ。そうね、『パレット』なんてどうかしら?」

「『パレット』ですか……? 『バレット』ではなく……?」

「だって、そのほうが可愛いでしょう?」

 弾丸を意味する『バレット』ではない変な名前だが、不思議と悪い気はしなかった。

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