第二の封印④
扉の先には、広々とした空間が広がっていた。鋼鉄の巨像の時と一つ違ったのは、黒い革ジャンを着た赤髪の少年が、部屋の中央の台座に腰かけていたことだ。
「待ちくたびれたぜ……だがまさか、こんなところで再会するとはな、ヴァルカン」
赤髪の少年を見た瞬間、ヴァルカンの表情が険しいものへと変わった。
「何故ここにいるのだ、ラヴィエル」
「ヴァルカン、知り合いなの?」
「然り、かつての同胞だ」
ラヴィエルは、台座に置かれていた左側が赤色、右側が青色の『秘宝』を手に取った。
「元、同胞だけどね! 開宝! ツヴァイアサン!」
『秘宝』が開けられた瞬間、大量の水が室内になだれ込み始めた。
それと同時に『秘宝』の中から現れたのは、竜の鱗を纏った二頭を持つ巨大な海蛇だ。
モデルはおそらく、イスラム神話に登場する海獣、リヴァイアサンだろう。
【Sランク秘宝獣―ツヴァイアサン―】
「ボクは神様から直々に、ここを守護することを任されたんだ! 邪魔するものはヴァルカン、お前だろうと排除してやる!」
「神など、この世に存在しない」
「嘘だと思うか? なら神から貰ったこの力で、証明してやるよ!」
「……パレット、貴卿は下がっていろ」
ヴァルカンは、パレットを庇うように前に出ながら言った。だが、パレットは下がるどころか、ヴァルカンのさらに前に出た。
「いやよ。あたしも戦うわ」
「貴卿は戦える『秘宝獣』を持っているのか?」
「あたしにはこれがあるのよ!」
瞬間、ラヴィエルの顔の横を、一発の弾丸が通過した。
「いいっ!?」
パレットは躊躇なく、ラヴィエルに発砲したのだ。
「お、おいヴァルカン、そいつ頭おかしいぞ!?」
「知らん。某も手を焼いている」
涙目で訴えるラヴィエル。ヴァルカンも頭を抱えていた。
「ほらほら、早く降伏しないと蜂の巣よ?」
「ちくしょう……ツヴァイアサン、《防御態勢》だ!」
『左半身を溶岩』で、『右半身を氷塊』で覆われた海蛇の秘宝獣は、ゆっくりとした動作で、体を動かし始めた。とぐろを巻き、堅い鱗でパレットの銃弾を弾いた。
「さらにツヴァイアサンのCIP効果、《絶海領域》!」
海蛇の秘宝獣の右頭は、口から水を吐き続け、部屋を水のフィールドへと変えていく。
「させん! 大和、《帯電》!」
銀色の宝箱から飛び出したシビレエイの秘宝獣は、空中で体に電気を纏った。
「おっと、水中に電気なんて流していいのかな?」
ヴァルカンとパレットの膝下まで、室内は水で満たされ始めていた。
「くっ……有効なのだが分が悪い。戻れ、大和……」
全員感電してしまう。ヴァルカンはシビレエイの秘宝獣を銀色の宝箱の中へと戻した。
「水生生物以外の素早さを奪い、体力を奪う。これが《絶海領域》の恐ろしさだ!」
「あいにく、水生生物以外の『秘宝獣』は持ち合わせておらん」
「な、なんだって!? だ、だが、ボクの優勢に変わりはない!」
作戦が上手くいかず、ラヴィエルは激しく動揺した。
「ちっ……だったらこれでどうだ、ツヴァイアサン、《火炎弾(かえんだん)》!」
海蛇の秘宝獣の左頭は、口の中の炎の色を赤から青に変えて放出した。それを見た途端、ヴァルカンは敵であるはずのラヴィエルに、「伏せろ!」と叫んだ。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
直後、青い炎の弾丸が、ラヴィエルの頭上を通り過ぎた。
もし伏せていなければ、火傷程度ではすまなかっただろう。
「火炎弾じゃない……? どうしたツヴァイアサン、ボクの言うことを聞け!」
海蛇の秘宝獣に睨まれたまま、必死に訴えるラヴィエルに、ヴァルカンは「無駄だ」と諭した。そしてヴァルカンは海蛇の秘宝獣と対峙した。
「ラヴィエル、覚えているか? かつて『秘宝獣研究所』で起きた、あの惨劇を……」
「ああ、あれは不運な事故だったな」
(『秘宝獣研究所』の惨劇……?)
ヴァルカンは戸惑っているパレットを見て、強い口調で続けた。
「Sランク『秘宝獣』、フェンネルを『昇華』させ、研究所を壊滅させたのは、某だ!」
(フェンネルは最初から、乃呑ちゃんの『秘宝獣』じゃなかったの………?)
(ヴァルカンのやつ、どうしてそんなことを……)
衝撃を受けている二人を背に、ヴァルカンはかつてのことを思い出していた。
その記憶の中には、郵送で届けられた三つの無色透明な宝箱、その一つを自分自身に使うヴァルカンの姿、その一つを奪って逃亡する赤い髪の少年、その一つを白銀の狼に使用し、フェンリルに『昇華』させる金剛 宇利亜の姿、そして、黒猫の秘宝獣、白フクロウの秘宝獣、桃色のイルカの秘宝獣らと共に、鎖の首輪が付いたフェンリルの秘宝獣の暴走を止めようとする、乃呑の姿が鮮明に蘇っていた。
「Sランクの『秘宝獣』は、某らが遣いこなせるものではない。正しき所有者が遣うことで初めて、真の力を解放することができるのだ」
海蛇の秘宝獣は、再び青い炎の弾丸を放った。ラヴィエルに防ぐ手立てはない。
「開宝、盾持ち!」
銅色の宝箱から現れた鋼鉄のカメの甲羅が、海蛇の秘宝獣の放った弾丸を防いだ。
【Cランク秘宝獣―プロテクトータス―】
「ヴァルカン……どうして……」
(本当は分かっていたんだ。ボクがSランクの『秘宝』を盗んだ日に、もっと大きな事件が起きて、ボクの犯した罪が有耶無耶になったこと……偶然なんかじゃないって)
「研究所から、Sランクの『秘宝』を持ち逃げしたことは、決して許されることではない。だが、他の研究者から咎められるかつての同胞の姿を、見るに耐えなかった」
ヴァルカンは、フェンネルの暴走による研究所の崩壊は想定外だったと語った。
ラヴィエルにそう告げると、ヴァルカンは金色の宝箱を取り出した。
「……刻は満ちた。全て終わらせるぞ。開宝、赤城!」
金色の宝箱から赤い甲殻類が飛び出した。ヴァルカンは、パチンと自身の指を弾いた。
「いくぞ、究極奥義、《キャビテーション》!」
水中でカッチンとハサミを閉じるとともに、凄まじい爆音が響いた。
この『秘宝獣』はザリガニではなく、テッポウエビだったようだ。
【Aランク秘宝獣―キャノン・シュリンプ―】
テッポウエビは、高速でハサミを閉じることによって、水に気泡を発生させる。
水中の圧力が小さくなり、常温すら沸騰させる。その爆音はおよそ二百デシベル。
電車が通るときのガード下の騒音の、二倍に相当する。
海蛇の秘宝獣は、激しく暴れ、のたうち回っている。
「今だラヴィエル、走れ!!」
「ヴァルカン急いで! 水位が上がりすぎて、扉が開かなくなりそうよ!」
パレットは部屋の奥にある金色の扉の前で声を上げた。
「どうしたラヴィエル、なぜ立ち止まっている?」
「残念だけど……ボクは行けない……」
ラヴィエルは、弱く呟いた。ラヴィエルの周りの水は、血で真っ赤に染まっていた。
激しく暴れる海蛇の秘宝獣の鱗が、腹部に突き刺さったのだ。
「深手を負った……。ボクはここで脱落みたいだ……」
「馬鹿なことを抜かすな……!」
ヴァルカンはラヴィエルの元へと戻り、彼を背負い上げた。
ヴァルカンはふらつきながら、出口に向かって歩みを進める。
「ぐっ……これはかなり……堪えるな……」
「お、おい……ボクは敵だぞ!?」
「否、必ず助ける! 諦めるものか!」
「ヴァルカン、時間がないわ! 手荒にいくわよ!」
パレットは手榴弾を投げ、扉を破壊した。黄金の部屋にも大量の水がなだれ込んだ。
一歩ずつ足を運んでいき、ヴァルカンはようやくエレベーターの前に立った。
「これが出口か……頼む、起動してくれ……」
ボタンを押すと、エレベーターのドアが開いた。ヴァルカンとパレットは、ラヴィエルをエレベーターの中でおろし、倒れ込むように自らもエレベーターに乗り込んだ。そして地上行きのボタンを押した。
「まだだ……ラヴィエルを病院へ運ぶまで……倒れるわけには……」
だが、冷たい水に浸かっていた彼らの体力は、既に限界を超えていた。
ヴァルカンとパレットの意識は、しだいに遠ざかっていった……。
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