第二の封印③

 奈落の底まで降りていく間、パレットとヴァルカンは会話をしていた。

「パレット、貴卿はどんな動物を『秘宝獣』にするつもりだ」

「そうね、ウサギとか可愛いんじゃないかしら」

 バニー姿のパレット……。それもありかも知れない。

「ウサギか……たしかCランクに『雪ウサギ』という『秘宝獣』がいたはずだ」

「それもいいわね。けど、あたしは強い『秘宝獣』が欲しいの。『ワイルドキャット』や『レガシーホーネット』、『デザートイーグル』なんてのもいいわね」

 パレットの挙げた名前は、いずれも実在する戦闘機の名前である。

「貴卿はなにゆえ、強さを求める?」

「決まってるじゃない。相手を倒すためよ」

「パレット、『秘宝獣』は戦いの道具ではない。それが分らぬようでは、『秘宝遣い』は務まらん。その『秘宝』は某が責任を持って管理する」

「はぁ? そう言って、始めからあたしの『秘宝』が狙いだったの?」

「そうではない。貴卿のために言っているのだ」

 パレットはレッグホルスターから銃身を抜き、拳銃を構えた。

「撃ちたければ撃て。その瞬間、某の『秘宝獣』が、貴卿を振り落とす」

「ハッタリね」

「試してみるか?」

 パレットとヴァルカンは牽制し合ったまま、奈落の底へとたどり着いた。

 二人の目の前には、エメラルド色の神秘的な湖が広がっていた。

「よくやった、大和」

 ヴァルカンはシビレエイの秘宝獣を優しく撫で、銀色の宝箱に戻した。

「パレット、一つ約束して欲しい。Sランクの『秘宝』だけは、絶対に使うな……」

 ヴァルカンの忠告を無視し、パレットはムッとした顔で地底湖に飛び込んだ。

 湖の傍には、黒いジャケットとスカートが脱ぎ捨てられていた。

(もういい。人を信頼しようとしたあたしが馬鹿だった。一人で切り抜けてやるんだから)

 パレットは水面で大きく息を吸い込み、残気で三分以上も潜り続けている。

 しかし、白いぬめぬめとしたものが、パレットの足を絡め取った。

(なにこれ触手……? 身動きできない……)

 白いイカ秘宝獣の触手が、パレットの両足と両腕、お腹から胸にまで絡みついた。全身を絡めとると、今度は海底へと引きづり込もうとし始めた。パレットも必死で抵抗する。

(くっ……離れない……それに息が……)

 イカの吸盤は柄の先に付いており、ギザギザの歯があって獲物が暴れても剥がれにくくなっている。パレットは酸欠状態に陥り、泡を吹きだした。

(出でよ、赤き甲冑の武士よ! 開宝、赤城!)

 水中で追いついたヴァルカンが、甲殻類の秘宝獣に指示を与えた。白いイカの秘宝獣は触手をハサミで挟まれ、墨を吐きながら地底湖の深くに消えてしまった。

 ヴァルカンはパレットを水中で支えた。だが、パレットは意識を失ってしまっていた。

(酸欠か!? ……やむを得ん、迷っている暇などない)

 ヴァルカンは水中で、パレットの唇に自身の唇を重ねた。そして残っていた空気をパレットに送り込んだ。パレットはゴポゴポと息を吹き返した。ヴァルカンは銀色の宝箱を開け、シビレエイの秘宝獣に掴まり、パレットを抱えたまま地底湖の出口へ突き抜けた。

「ぷはぁ……ぜぇぜぇ……死ぬかと思った……」

「まったく、無茶だけはしてくれるな」

 パレットとヴァルカンは、なんとか水面に顔を出した。

 水中で行われた行為は、意識を失っていたパレットにとっては、知る由もないことだ。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 地底湖を抜けた先には、巨大な扉が鎮座していた。

 パレットは身なりを整えながら、ヴァルカンに声をかけた。

「礼は言わないわよ……」

「構わん、某が勝手に助けただけだ」

「……さっきのイカ、ただの動物じゃなかったわね」

「ああ、おそらく野生化した『秘宝獣』だろう」

「野生化? 『秘宝獣』を誰かが捨てたってこと?」

「然り。『秘宝遣い』の中には、手に負えなくなった『秘宝獣』を捨ててしまう悪しき者もいるのが現実だ」

「なるほどね……何か対策はないの?」

「前にも話したが、『秘宝獣』は登録制だ。逃した者が分かれば対策のしようはあるが、中には『秘宝獣』の登録すら行わずに動物を『昇華』させている者もいる」

 登録されていなければ、野生の『秘宝獣』の飼い主を探すことは非常に困難になる。

「逆に、登録することにメリットはないの?」

「登録さえしてあれば、外で堂々と『秘宝獣』を開宝し、レイティング戦に参加できる」

「レイティング……?」

「シーズンの勝率によって、ポイントが付くランキング戦だ。景品も出る。貴卿が最初に見た『フェンネル』の使い手、菜の花 乃呑は、現シーズン二位の実力者だ」

 パレットは、茶髪のポニーテールの少女とフェンリルの秘宝獣を思い浮かべた。あの強さなら、二位という肩書も納得だ。

(それを聞いちゃうと、なんか気になるわね)

「ねぇ、レイティング一位ってどんな『秘宝遣い』なの?」

パレットが尋ねると、ヴァルカンは一瞬、顔をしかめた。

「一位か……某も直接会ったことはないが、その者の『秘宝獣』の名は、『ダムドレオ』というらしい。ただ、あまり良い噂は聞かぬ。パレットも気を付けたほうがいい」

「そうね、せいぜい気をつけるわ」

「ちなみに某は、レイティング三位の実力者だ」

「……それが言いたかっただけかしら?」

 パレットは会話を軽く流して、黒い拳銃を抜き出し、扉をゆっくりと開けた。

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