観測者②

 二人の男の子とパレットは、陽光公園の中央にある大きな湖沿いの道を歩いていた。

「パレットさんって、外国の人ですよね。どこから来たんですか?」

「それは秘密よ」

 たくみは興味津々に聞いたが、パレットは淡々と会話を流した。

「すみません、いきなり失礼でしたね。ぼくはたくみ、彼はゆうきって言います。そうだ、目的地に着くまで、ぼくがこの公園について案内しますね!」

 たくみは、なんとかして場の空気を良くしようと一生懸命だ。

「陽光公園には五つのエリアがあって、僕たちが今いるところは『のどかな公園エリア』って呼ばれています」

 腕を組みながらそっぽを向いているパレットに、たくみは笑顔で喋り始めた。

「公園を上から見ると、真ん中にある『縁日エリア』を囲うようにして、右下に『のどかな公園エリア』、左下に『アスレチックエリア』、右上に『ふれあいエリア』、左上に『遊園地エリア』があるんです。公園内にあった案内板の受け売りですけどね」

 パレットは『観測者』として、聞いた内容を黒い手帳にメモをしていく。

「ふーん。けど、『遊園地エリア』には入れてもらえなかったわよ?」

「『遊園地エリア』だけは、入るのに『金のハッピーチケット』が必要なんですよ」

「『金のハッピーチケット』?」

「そんなことも知らないのかよ」

 パレットとたくみの一歩前を歩いていたゆうきが、振り向きながら言った。

「何よ、あたしは初めて来たばかりなんだから、知らなくて当然でしょ?」

「たくみが教えてやってんのに、偉そうな態度が気に食わねぇ」

「ゆ、ゆうくん落ち着いて。すみませんパレットさん」

「あたしは別に構わないわよ。続けて」

 ゆうきは、「チッ」と舌打ちをして、足元にあった石ころを蹴飛ばした。

「まず『ハッピーチケット』というのは、陽光町の商店街にある福引所で使える券のことです。商店街で買い物をしたり『縁日エリア』のゲームに参加すると貰えて、チケット一枚につき一回くじ引きできるんですよ!」

「ふーん。それで、『金のハッピーチケット』はどうすれば手に入るの?」

「ぼくもまだ、貰ったことないので、具体的には……」

「金のハピチケは、『良いこと』した人だけが貰えるチケットなんだぜ」

 ここで再び、ゆうきが口を挟んだ。

「ま、お前みたいな性悪じゃ一生経っても貰えないだろうけどな」

「なにそれ、どういう意味よ?」

「あっ、着きましたよパレットさん! あの石段を登ると『縁日エリア』です!」

 『のどかな公園エリア』をしばらく歩くと、脇道に山道へと続く人工の階段が見えた。

「へへん、おれが一番乗りだ!」

「ちょっと、あたしの質問に答えなさい!」

 ゆうきは一足先に、階段を勢いよく駆けあがって行った。

「待ってよ、ゆうくん! すみませんパレットさん……あれ?」

 先ほどまでたくみと並んで歩いていたパレットの姿が見当たらない。

「ガキが、あたしに勝てると思ってるの!?」

 よく見るとパレットも、既に石段を猛ダッシュで駆け上がっていた。

「あはは、二人とも元気だなぁ」

 たくみだけはマイペースに、石段を歩いて登って行った。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ 

 

 長い石段を登りきり、真っ赤な鳥居をくぐると、立派な神社の境内が広がっていた。境内は多くの人が行き交っており、幾つもの屋台が軒を連ねていた。

「へぇ、公園の裏山に、こんなスペースがあるのね」

 その光景に、パレットも思わず感嘆の声をあげる。

「当然だろ。なにせ今日は、縁日なんだからな」

「さっきから気になってたんだけど、その縁日って何よ?」

「何ってお前、縁日っていうのはだな……」

 ゆうきはズボンのポケットからスマートフォンを取り出し、検索をかける。

「縁日ってのは、……『神様の生誕を祝う日』のことだぜ」

 ゆうきは胸を張って答えた。

(神の……生誕……)

 パレットは一瞬眉を潜めたが、「ふーん」と適当に流した。

「なんだよその反応!? それより金髪、おれが買ったんだから何かおごれよ」

「ふんっ、さっきのはあんたのフライングだからノーカンよ」

「ケチッ」

「あっ、いました! ゆうくーん、パレットさーん!」

 たくみは手を振りながら、嬉しそうにパレットたちのもとへと駆け寄った。

 二人を探し回っていたかと思いきや、その手にはちゃっかりと綿菓子が握られていた。

「たくみ、いいところに来たぜ! こいつ、負けたくせに何もおごってくれないんだ」

「あんたに何か買うくらいなら、そっちの男の子に買うわよ」

 パレットは境内に並んでいる屋台を一軒ずつ注視していく。焼きそば、串カツ、焼きトウモロコシ、フライドポテト。りんご飴やクレープもある。

「お、あれで勝負しようぜ!」

 ゆうきは、また一人で駆けていき、ある屋台の前で足を止めた。

 その屋台の看板には『射的屋』と書かれていた。

 射的屋のひな壇には、たくさんの景品が所狭しと並べられていた。

 額に白い手拭いを巻いた射的屋のおじさんが、ゆうきに声をかけた。

「射的、一ゲーム五百円だよー。そこの坊主、やってくかい?」

 射的屋のおじさんはにこにこ笑いながら、コルク銃を取り出し構えて見せた。

「おじさん、一ゲームやってくぜ!」

「おうよ! 一ゲームにつき弾は三発だ。頑張りな」

 ゆうきは五百円玉を渡し、射的屋のおじさんから、コルク銃を受け取った。景品の並んでいる一メートルほど先のひな壇に向け、コルク銃を構えようとする。

「おっと坊主、身長が足りねぇな。ちと待ってくれ」

 射的屋のおじさんは背を向けて、ガサゴソとひな壇の下から踏み台を取り出した。

「ほらよ。これで足りるかい?」

「ああ! ありがとなおじさん」

 ゆうたは踏み台の上に乗り、コルク銃を構えた。狙いを定めるためか、ひな壇に並んでいる景品をざっと眺める。

「よし、決めたぜ!」

 そこにパレットとたくみが通りかかった。

「あっ、ゆうくん見つかりました!」

「あいつ、何やってんのよ?」

「おい金髪、さっきの借り、射的勝負で返すことに決めたぜ!」

 ゆうきは自信満々にそう宣言した。射的の準備が整ったようだ。

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