観測者③

 ゆうきはコルク銃を置く台の上に少しだけ身を乗り出す。景品との距離は数メートル。

(菓子やジュースなら簡単に取れそうだ。けど金髪とたくみが見ている。どうせならもっと凄いものを狙うぜ!)

 ゆうきはコルク銃を構えたまま左眼を閉じ、標的とコルク銃の射線が一直線になったのを確認し、引き金を引いた。

 放たれたコルク栓は平射弾道を描き、ひな壇に並んだ景品の中でも目を引くボードゲームをかすめた。コルク栓が当たった衝撃によって、ボードゲームは斜めに向きを変えた。

「ああ、惜しい!」

「へぇ、意外とやるじゃない」

 後ろで見ていたたくみとパレットは、それぞれ感想を口にする。

「いや、あれはだめだ」

 そう言い放ったのは、ボードゲームをかすめた、ゆうき自身だった。

「思ってたよりコルクの勢いが弱い。とてもじゃないが、あと二発じゃ落とせない」

 それを聞いた射的屋のおじさんは「ほぅ」と唸った。

「坊主、なかなか察しが良いじゃねぇか。そいつはうちの目玉商品。ちっとやそっとじゃ取れねぇ代物だ」

「おじさん、そんなことおれに教えていいのか?」

「今回限りの特別サービスよ。だがあれが取れたらかっこいいだろうなぁ。どうする? 駄目元で狙ってみるかい?」

 射的屋のおじさんは嫌らしい笑みで心理戦を仕掛けた。ゆうきはチラリと後ろを振り向き、パレットとたくみの顔を確認し、再びひな壇の方へと向き直りコルク銃を構えた。

「いや、的を変える。これは後に控える金髪との勝負だ。何を取るかより、まずは確実に何か取ることが優先だ」

「そうかい。じゃあ次はいったい、どれを狙うんだい?」

「そうだな……あのトランプセットにするぜ」

 ゆうきの視線の先にあるのは、横幅およそ六センチ、縦幅およそ十センチの市販のトランプセットだ。トランプに狙いを定めて、二発目の引き金を引いた。

 再びまっすぐな軌道を描いたコルク栓は、トランプのちょうど真ん中をとらえた。コルクが当たった衝撃によりトランプは前後にグラグラと揺れたが、落ちることなくひな壇の上で踏み留まってしまった。

「ああ、また惜しい!」

「次でラストよ? まさか喧嘩吹っ掛けといてこの程度じゃないでしょうね?」

「うっさいなー、次で決めてやるよ!」

(ってか、先に喧嘩吹っかけたのはお前だろ……)

 ゆうきは心の中でつっこみながら、拳で汗を拭って、コルク銃を構えた。

(狙いは変えない。絶対にあのトランプを落としてやる。真ん中に当てても落ちなかった。だったら、攻める場所を変えてやる!)

 ゆうきは、全神経を標的であるトランプに向けて注いでいる。イメージ通りになるまで何度も角度を調整し直し、そして最後の引き金を引いた。

 弾は狙い通りの軌道を辿ったようだ。ゆうきは小さくガッツポーズを取った。

 コルク栓はトランプのやや上方に命中し、ひな壇から地面へと落とされた。

「よっしゃ! 見たか!」

 先ほどまで険しくなっていたゆうきの表情に笑みが戻った。

 そして自慢げに、堂々と後ろを振り返った。

「すごい! すごいよ、ゆうくん!」

「まぁ、ガキにしては上出来かしら」

 たくみは自分の事のように喜び飛び跳ねていた。パレットも少しだけ表情を和らげた。

「かぁ~やられたぜ。ほらよ坊主、受け取りな」

「へへっ、ありがとな」

 射的屋のおじさんは、わざとらしく腕で涙を拭うしぐさを見せながら、ゆうきに景品のトランプセットを渡した。

「それから、おまけの『ハッピーチケット』だ。うちの屋台では、景品一つにつき一枚、こいつをサービスしているのさ」

「ふーん、それが『ハッピーチケット』ね」

 パレットは不思議そうな顔でチケットを覗きこんだ。チケットの真ん中には、にっこりと笑った太陽のデザインが施されている。

「それより金髪、次はお前の番だぜ!」

「はいはい。かるーく捻り潰してあげるわ」

 ゆうきとパレットは、すれ違いざまに互いの掌をパチンと叩いた。

 パレットは前に、ゆうきは後ろへと位置を変えた。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 パレットは踏み台を横に除け、コルク銃が置かれている台の前に立った。

 射的屋のおじさんは慣れた手つきでコルク銃にコルク栓を補充する。

「絶対に当ててやるわ」

「威勢のいい嬢ちゃんだねぇ。頑張りな」

 パレットは五百円玉を射的屋のおじさんに渡した。

「ルールはさっき見ての通りだ。このコルク銃で景品を当てて、地面に落とせば持ち帰ることができる。準備はいいか?」

「ええ、いつでもいいわよ」

「はは、頼もしいじゃねぇの。ほらよ」

 射的屋のおじさんは、コルク銃をしっかりとパレットに手渡した。しかし直後、コルク銃はパレットの手からスルリと地面に落ちた。

 パレットの腕はしきりに痙攣(けいれん)を起こしていた。

「おっと、大丈夫かい、嬢ちゃん?」

「え、ええ……」

 射的屋のおじさんだけでなく、パレット自身も困惑していた。何故急に腕が震え始めたのだろうか。パレットの視線は地面に落ちたコルク銃を見据えていた。

「なにやってんだよ。もしかしておれに負けるのが怖くなったのか?」

「はぁ!? そんな訳ないでしょ! 見てなさい!」

 ゆうきに挑発されて、パレットは戸惑いながらもコルク銃を手に取った。

(あたしが負けるですって? 冗談でしょ!)

 コルク銃を構えた瞬間、パレットの眼が鋭いものへと変わった。

 パレットはターゲットを一瞬のうちに定め、素早く引き金を引いた。

 コルク栓はまっすぐに缶ジュースの芯に直撃し、弾きだすように地面へと叩き落した。

 それはパレットが銃を手に取ってからほんの数秒の出来事だった。周りで見ていた人は「おおっ」と歓声を上げ、歓声を聞いた通行人も続々と射的屋の前で足を止めていく。

 パレットはすかさず二発目の弾丸を撃ち込んだ。放たれたコルク栓はお菓子のパッケージに命中し、地面へと落とした。

 またまた外野から「おおおおっ」と、どよめきの声がわいた。

 たくみとゆうきは、ポカーンと口を開けたまま呆然としていた。

 パレットの凍てつくような眼光は、射的屋で一番の目玉商品であるボードゲームを睨んでいた。それに危機感を覚えた射的屋のおじさんは、ルールを無視してでも阻止しようと、汗を散らしながらコルク銃の射線上とボードゲームの間に飛び込み手を伸ばした。

 スローモーションのように流れる時間の中、射的屋のおじさんは後悔していた。

(畜生、こいつはトンデモネェ逸材が現れやがったぜ……!)

 射的屋のおじさんの妨害もむなしく、パレットの放った必殺の一撃がボードゲームに直撃した。ボードゲームはゆらりと斜めに傾き、重力に引っ張られて落下した。

 外野から巻き起こった拍手の嵐。しかし、それがすぐに止むほどに、パレットの状態は常軌を逸していた。

「アハハハハハハハ」

 パレットは笑いながら、空になった銃の引き金を何度も何度も引き続けていた。

 ガックリと膝をついて落胆する射的屋のおじさんと、奇声を発しながら引き金を引き続ける少女という奇妙な光景を、ギャラリーはただじっと静観していた。

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