第9話 意地がわるいか、キタナイか

 この春のことである。

 もうじき9歳になろうという甥っ子(兄Y)とその弟(もうじき3歳R)がうちにきて喧嘩をしたとき。


 自分の身長の半分くらいしかない弟を、ゆるやかな掌底でもって、しりぞけた兄Yは、容赦がない。

(たぶん、手加減していると思いました)

 しかし、2歳児のかかんなこと。

 キィーっとわめき、つかみかかっておんおん泣いた。

 泣きながら突進していくのである。

 これが驚かずにおれようか。

 分別がつけば、つまらぬ意地の張り合いなどしなくなると思う。

 しかし、彼らは本気なのだ。


 原因はわたくしが、彼らのなげた練りゴムのボールを、”正確な”順番で投げ返したことにある。

 兄のYがまず、わたしにボールを投げた。

 そして、わたくしが彼にボールを投げ返す前に、弟のRくんがわたくしに横からボールを投げてきた。

 いちいちしゃっちょこばる癖のあるわたくしは、先にYくんにボールを投げ返し、次にRくんに投げ返した。

 ところが。

 Rくんはわたくしが、ボールを受け取ったのを確認していたので、てっきり、自分の方へボールを放ってくれると思ったらしいのである。

 それが、Yくんに放ってから、自分に放ったので、カンカンだ。

(たぶん、自分のなげたボールをYに渡してしまったと思ったのだろう)

 自分のことを後回し、もしくはないがしろにされたと思い込んでしまった。

 このRくんはいろいろな超常的現象を引き起こす、神秘的なお子である。

 大事にせねばならない。

 わたくしは、心をこめて、あやまった。

 Rくんの濡れたお目目を見て、真正面から「ねえねが悪かった。ごめんなさい」と。

 まぎらわしいことを、子供に対してしてはいけない。

 それに、Rくんは自分が優遇されるのを求めていたのだから。

 特別扱いしてあげなくてはいけなかったのだ。

 かわいそうに。


 しかし、わたくしが謝った後、妙な威厳をもって、こくんと頷いた小さなあごのかわいさよ。

 兄の方は意地が悪いとも思うが、Rくんは悪くない。

 おのれの尊厳のために戦ったのだ。

 それだけだ。

 そして、その真摯さは、きよらかで、悲しくも美しい。

 意地がわるいか、キタナイか、これは結構重大なことだと思う。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る