第5話 被爆

 これはあまり人に言ってはいけないのだろうが、時代の真実として書いておこうと思う。


 父の「会社つながり」の知り合い(親しくしている)が、胃潰瘍で父に逢いに来られなくなったという。しかしそれは、ただの胃潰瘍ではない、と父はにらんでいる。


 父のいた会社では弾道ミサイルの発射台を制作していたり、タービンを回していたりしたのだが。


 その件の知り合いというのが、高額で雇われて、原子力発電所で危険な作業を行っていたというのだ。どう危険かというと、被爆するのである。


 特別な手当てがあるわけでもなく、給料がいいというだけで、被爆を免れない作業に回され、定年後も月一で検査へ病院にいく。地獄だよね。


 原子力発電が、クリーンなエネルギーだという文句で売っていた頃、父は


「なにがクリーンなエネルギーだ」


 と、上役に一生懸命かみついていった。原子力で儲けたい会社には当然邪魔ものなのでたいへんな目にもあったであろう。


 ときどき、怪我をして帰ってきて、後々訴訟を起こそうかというところまでいった。相手は詫びを入れてきたが、父は受け取らなかったので、相当なレベルのことをされてきたし、怨み骨髄なのだろう。


 個人的怨みをおいておいても、父の正義感が「原子力反対」を唱えさせたのだから、家族にとてなにか言えることではない。時代に逆行する考えだったが、父のそれは、25年以上も未来を考えての発想だった。


 年端も行かぬ子供のころのわたくしに、なにか思慮が働くはずがない。広島・長崎の原爆資料を見て、発狂するのがせいぜいであった。


 まあ、そんなたいへんな時代の生き証人であるので、父はナーバスになっているようで。母が、


「胃潰瘍っていうのは、胃の粘膜がただれて……それで……(本当に胃潰瘍なの? と言いたかったらしい)」


 というと、父はただけわしく上から押さえつけるように、


「うるさい! おまえの言っていることは……」


 と言った。わたくしが、


「いや、潰瘍を切除したら治るんじゃないの、という話なんだよ」


 というと、少し機嫌が変わって。それで福島の原子炉の話を始めた。


 震災があって、会社の社員の中でも、「被爆」を免れない作業につく約束で雇われた300人が原子炉に向かわされた。その「予備人員」としてさらに300名が、すでに集められていたそうだ。


 なにかというと。人命が危機にさらされているのに、これが悲しくないわけあるか、という……。


「われわれの命はそんなもんなんだよ」


 しんみりしたムードをかもそうとするのを無視して、母が放射線をどれくらい浴びたの、危険域を超えていたの、と質問すると、父はまた怒る。なぜか落ちついて話してくれない。


「被爆したんだ! 彼は」


 それ以上のものでも以下でもないのだと、ただ押さえつけた。言外に、彼が死ぬのを予感してナーバスになっているのだ、と言っているように思えた。


 毎月検査にいくのは、糖尿病だと思っていたのに、とも。



 理屈抜きに、友達が去っていくのは悲しくつらいものだ。父だとて、自分ばかりが安全なところで安穏としていたわけではない。


 なのに、取り残される方にばかりなるのは、やはり苦しいのだろう。

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