第4話 適材を適所に
「背がちいさいと、なにごとも大成しない」
父が自分の背が大きくないことを卑下して言い切った。
馬鹿だな。わたくしは思った。
「スポーツでもなんでも、背が小さくちゃだめだ」
と、父が言う。
母が反論を試みる。
「バスケットで、日本の、それほど背が高くない人が世界へ行ったよ」
と。父はそれでも、反駁する。
「あれは、ものの役に立たなかった」
だいぶ失礼なものいいだが、父は陸上選手だった。それなりに記録を残してきたはずだが、駅伝をしていた頃の思い出をこう語る。
「なんで、こんなつらいことをしなきゃならないんだ、とずっと思っていた」
だから、だめなんじゃん? 背じゃなくて、志が小さいよ、父。
わたくしはかつて、自衛隊員の募集を見て、話をうかがいにいったことがあるのを母に話した。
「自衛隊も、全員が筋肉粒々というわけじゃなかったよ。そりゃあ、陸上自衛隊員は背も高かった。けど、海上自衛隊の上役の人とか、航空自衛隊のレーダー機に乗る人は小柄で上品な人だった。自衛隊も、役柄によって(整備士とか)鍛えたりしなかったりするんだって」
と。しかし、母は遠い目をしていた。
なにか別のことを、腹で考えている目だった。
で、今日「日本で初めてNBAへ行ったひと」のニュースが報道されていて。
(ああ、父はこのひとのことを知って、背が高くなくちゃ大成しないとか、言い出したのか)
と、思った。そのニュースのひとは、中学生の時から背も高く、足のサイズが30センチもあったそうな。
父、彼が背が高いだけで大成したと思っているのなら、間違いだ。才能に恵まれたところで、肝心なものが欠けていたら、ものにはならない。
先ほど、志、と書いたが。うん……そこだ。
それに父は、ひとの目立つところだけをとり上げて、自分にはないものを見て、だから、「そう」じゃないとダメなんだ、とまるで「そう」あったことだけがそのひとの全てであるかのように言う。
実に腹立たしい。だったら、父にとって、勉強も教育も、育児も、人生も、全てが無駄だ。
引退してよろしい。せいぜい隠居生活を楽しむがいい。
他者をうらやむだけの人生なんて、つまらないと思うのだ。
背丈がなくったって、頭脳で勝負すればいいじゃないか。自分オリジナルの勝負をすればいいではないか。
父の言いざまは、真面目に人生にとりくんでいる人々に、とても失礼なのである。だから、そういう父の前ではわたくしはこういうことにしている。
「才能は努力じゃしょうがないもんね。しかたがないことだよね」
もちろん、いやみである。いやみな父には、ちょうどいいカウンターだ。
父のなにが嫌だと言って、ひとつの点をとりあげて、全てを否定しにかかる了見の狭さ。背が高くなければ生きている意味はない、人間じゃない、くらいは言うのだ。
愛がなければ、スーパーヒーローじゃない、と言っているひとが昔いたが、スーパーヒーローじゃなきゃ、生きてちゃいけないのか? 健康と未来のために体を鍛えていたらいけないのか?
じゃあ、さっさと人生引退しちゃったら? と思うのだ。
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