Absolute02

【求心──まだ見ぬ群像に類推を重ねれば】

EP06-01





「そうじゃない。動かすのはお前の頭じゃなくて、ハンドガンのほうだ」


 脇に立つクレアのアドバイスに従って、およそ20ヤード先のマンターゲットに照準を合わせる。ここはナギさんの研究所ラボ内に設けられた室内射撃場。実弾射撃の経験がない私の講師役を、クレアが買って出てくれたというわけだ。


「慣れるまでは必ず両手でグリップしろ。それから、肘と膝は適度に曲げること」

「こ、こうかな」

「よし、とりあえず撃ってみな。反動リコイルの逃がし方は体で覚えるしかない」


 歯を食いしばって、恐る恐るトリガーを引いた。乾いた金属音を伴って、放たれた銃弾がマンターゲットの左肩に命中する。私の鼓膜と両腕には、ちりちりと痺れるような余韻が残っていた。


「お見事。それで、お姫様チャーミィが狙ったのは?」

「もちろん頭だよ。見てて。次は当ててみせるから」


 二発目の銃弾は、そもそも着弾することすら叶わなかった。それどころか新しい弾倉マガジンに差し掛かって初めて、私は念願の頭部を撃ち抜くことができたのである。


「見た? 見てた? ばっちり当たったよ!」

「残念な知らせだが、実は二発前のショットでターゲットは死亡していた。度重なる腹部損傷による失血死だ」


 くつくつと冷笑するクレアはどこか楽しげだった。彼女はどうやら、人を素直に祝福することを知らないらしい。


「ねぇクレア。もしかすると先生の教え方レクチャーが良くないのかも」


 ふてくされた態度で、クレアにハンドガンを手渡す。よくよく考えてみれば、私はまだ彼女の銃の腕前を知らないのだ。


「あー、これだから甘ったれは……」


 クレアは右手でハンドガンを構えると、大して狙いも定めずに銃弾を放った。それから同じ要領でもう一発をトリガー。更には左手に持ち替えてもう一度トリガーする。流れるような一連の動作を終えた彼女は、「なるほど良い銃だ」と 悦に入った表情を浮かべた。


 私は目を白黒させながら、クレアの正面のマンターゲットを確認する。彼女の放った三発の銃弾はすべて頭部に命中ヘッドショット。それも寸分違わぬ位置に着弾していた。


「いいか? 俺は針の穴でも通す」

「悔しいけどちょっと見蕩れた。っていうか、自分に見蕩れるとかナルシストかな」


 いつぞやのアンの言葉を思い返す。『寝て過ごしてばかりの貴女にも、あれほど高度な戦闘技術を身につける伸びしろがあるということですね』、というやつだ。一体どれほど過酷な訓練を積めば、クレアの領域に至れるのだろう。後天的因子エピジェネティックの重要性を見直すべきか、彼女の歩んできた人生を憂うべきか。


「俺の愛用している自動小銃アサルトライフルも含めて、実弾を放つ銃器は総じて扱いが難しい。電撃銃テーザー熱照射器ブラスタと違って、反動緩和も照準補正もないからな」

「……だからその分、信用できるって言うのね」

「物分かりが良いじゃないか。システム面での妨害工作ジャミングも、電極エーテルの互換性も気にする必要はない。どんなジレンマが支配するエリアでも、実弾銃ライフルは守りたいものを守る手段になる」


 クレアの昔話を聞き出すなら、きっと今が最高のタイミングだった。けれど彼女の遠い眼差しが、私にあと一歩を踏み止まらせる。


「私が間違ってた。クレアは最高の先生だったよ。もうちょっと続けてみる」

「ああ、気の済むまでやるといい」

「ありがとうクレア。その……ほら、色々とね」


 何のことだか分からないと言わんばかりに、クレアは大袈裟に首を傾げてみせた。テラテクスが眠りに就いてからの二日間、彼女はあれこれと適当な理由をつけては、こうして私と同じ時間を過ごしてくれているのだ。


 ナギさんから"脱走の意思ナシ"と判断された私は、施設内での自由を保障された。T-6011の解析を始めた件について、小言の山やいっそうの束縛を覚悟していただけに、拍子抜けした感は否めなかった。


 しかし昨日も今日も、私は悪夢に魘された。ねっとりとした寝汗と違って、夢見の悪さはシャワーでは洗い流せない。拡張絵馬カレイドスコープなんてなくても、人間ヒト脳内記憶痕跡エングラムの幻影に迷い込むことができるのだ。


 繰り返しトリガーを引いて、マンターゲットをハチの巣にしていく。意識して何かをしていないと、テラテクスに厄介事リスクを押し付けた自分自身を許せなくなるのだった。彼がもしもアンであったなら、私は同じ決断を下しただろうか。利己的な選択に苦しむ私を、クレアは見抜いているに違いなかった。


「あらあら、今度はずいぶんと可愛らしい印象バージョンのホムラなのね」


 見知らぬ声にふり返ると、大人びた印象の女性が微笑んでいた。肩先まで伸ばされたストレートの黒髪から、ふんわりとした良い香りが漂ってくる。


「なんだ、下見から戻っていたのか」

「ええ、今しがたね。それにしても戸惑いました。テラテクスは突然反応を示さなくなるし、だからこそ研究所ラボの入口も開けられないしで──」


 彼女は片手で口を覆うと、私に向き直った。


「ごめんなさい、自己紹介が遅れてしまいました。私は天語あまことサヨと申します。雪白ホムラの生き方に、強く共感する者の一人です」

「えっと、私はエリカといいます。つい先日、エリア096から連れ去られてきました」


 私の言い方が可笑しかったのか、サヨさんは声を上げて笑った。あくまでも上品なのに、飾り気のない仕草がとても魅力的に映る。彼女から滲み出る品性は、私たち三人トリプルの誰しもに欠けている要素だった。




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