EP05-03
テラテクスの集積回路上に、T-6011の
「他の方法は? こんなの間違ってる。私たちに置き換えれば、人体実験みたいな方法だよ」
「落ち着けホムラ。安全性については、とっくに神奈木が証明してる」
クレアの言う通り、ナギさんがすでに同じ工程を終えている可能性は高い。もちろんクレアがナギさんに覚えている違和感が、T-6011を解析した結果と直結しているのであれば、という前提条件付きだけれど。
「いい? 何度も言うけど、ナギは"
ホムラがその二つ名を口にするのはこれで二度目で、大仰な響きが私の記憶のどこかに引っかかった。
「ナギは優れた頭脳で、いつだってこの世の摂理を塗り替えてきた。あくまでも
「いいや、同じだね。テラテクスもお前がセックスしている相手も、薄皮を剥けばここにいるガラクタと何も変わらない」
クレアは蔑むような目で、T-6011の無機質な亡骸を見据える。そんな彼女の頬に、強烈な平手打ちが見舞われた。さらにホムラは、クレアの胸ぐらを両手で締め上げて言う。
「今の発言を取り消して。たとえクレアでも、絶対に許さないから」
「取り消さない。お前は他人を身勝手に助けたり見捨てたり、本当に忙しい女だな」
一触即発の空気の中、私はなんとか二人を引き離して言う。
「じゃ、じゃあこうしたらどうかな。二人は今すぐに私を、エリア096に強制送還する。そしたら私は、今後一切
いつものようにアンの判断を仰いでいれば、私が彼女たちにさらわれることはなかった。CUBEの
「エリカ、気を遣わせてごめんね。でも私が譲れないのはそこじゃないの」
ホムラはそう言って、剣呑にクレアを睨みつけた。すると今度はクレアが、ホムラの襟首に掴みかかって力任せに揺さぶる。
「そうやってお前は、ひとりよがりの理想に酔ってるだけだろ。お前の
ナギさんが再生した
私がそのピースの中のひとつだと教えられてさえ、私はどこか半信半疑でいた。結局のところ何の現実味も感じられないまま、私の毎日は永遠のようにだらしなく流れていくだけだっただろう。
だけど、今は違う。
恫喝にも似たクレアの悲痛な訴えは、私の胸の深い場所にまでちゃんと届いている。
「……あのねホムラ、やっぱり嘘。このやり方が道徳的に正しくなかったとしても、私は真実に触れてみたい。クレアはね、この目に見渡す限りの大草原を見せてくれたの。荒れ果てた砂漠も、巨大な
腕の力を緩めたクレアが、呆けた顔で私を見た。
「私はこう思うよ。勝手な想像だけどね、いつかのホムラがクレアに同じことをしたんじゃないかなって。だってあなたは、私にこう言った。『だけど私には、私たちを導く義務があって』って。『エリカが下す
捲し立てるように一気に告げると、いつの間にか視界が滲んでいた。こんなにもありのままの感情をぶつけたのは、私の人生で初めての経験に違いなかった。
「……はは、ダメだね。完全に論破されちゃった」
「俺だって最初は、子鹿のような
力なく項垂れるホムラの背を、クレアがそっと支えた。相容れない信念をお互いに抱えていても、寄り添う姿は死線を共にするツーマンセル以外のなにものでもなかった。
すっかり忘れ去られているこの論争の主役に、私は静かに話しかける。
「テラテクス、身勝手な頼み事だって分かってる。決して百パーセントの安全が保証されてないことも、理解してるつもり。ねぇそれでも、あなたにこの役目をお願いしていいかな」
「やれやれだね。俺の愛した
「……そんなことはない。私は今だって迷子だよ。クレアとエリカが、私の思い上がりを教えてくれたんだ」
そうだ、私も同じ気持ちだ。ホムラとクレアが、"知りたい"という欲求を教えてくれたのだ。柔弱なホームシックに浸ることなく、私は自らの意志で彼女たちと行動を共にする。
「私はね、ホムラとクレアの馴れ初めも知りたい」
「おい馴れ初めとか言うなよ。本気で気持ち悪い」
悪態をつくクレアが、自らの両肩を抱いて震えてみせた。
和やかな雰囲気の中で、テラテクスが名残惜しそうに口を開く。
「それじゃあ俺は、しばらく眠りに就くけれど──」
彼の言葉に心臓が波打つ。決して忘れてはならない。目の前の
「
いかにも彼らしい冗談に、ホムラが複雑な笑みで応える。私たちの罪悪感を少しでも軽減しようと配慮するテラテクスは、
そしてテラテクスは、安堵の表情を浮かべながら切れ長の目を閉じる。そのあまりの人間らしさに、私は思わずこの胸を掻きむしりたくなった。
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